トップランカーだったゲームに転生した俺、クソみたいな国を滅ぼす悪役集団の団長になる。

黒野マル

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78話  クロエをよこせ

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歩く災い。

その表現がピッタリだと思えるほど、すべてが吹き飛ばされていた。すべてが、かき消されていた。


「クソ、クソ……!!」


帝国の騎士団長、ゲーリングは半分気絶しているクロエを連れて必死に皇室の中に逃げ込む。

ニアの大技で死んだ兵士たちは、帝国軍のほんの一部。ここまで来ればなんとかやつらを追い込んで、袋叩きにできるのではないかと希望を抱いていたのだ。

精神操作をされた兵士たちは、基本的に恐怖を知らないはずだから。また、皇子の黒魔法によってより強化された騎士たちも多いから。

しかし、後ろにいる二人はそのすべての計画を、破壊していた。


「くはっ……!!あがっ、あがががががっ………!!」
「あ…………………ぁ」


精神操作をされてもなお感じてしまう、本能的な恐怖。

すべてが、圧倒的な武力でねじ伏せられていた。凄まじい爆発音と吹き飛ぶ兵士たちの死体が、二人の憤怒を説明している。

悪魔の形相をした、巨人みたいな思念隊。

その巨人の目が光れば、飛び掛かっていた兵士たちは己の剣で腹を切った。

涙を流している少女が拳を握れば、空から隕石のような魔力の塊りが落ちて、辺りのすべてを破滅させた。

正に、地獄。悪魔の力が呼び寄せた地獄の風景が、皇室の中で広がっていた。


「何をやってるんだ、戦え!!騎士たちはできる限り時間を稼いで、魔法部隊はやつらの隙を狙って魔法をぶち込め!!敵はたった二人だぞ!!」


普段なら恐怖に怯えて逃げるはずの兵士たちも、なんとか陣形を組んで抵抗を試みる。

なにせ、ここは皇室。帝国の心臓部であり、普段から駐屯ちゅうとんしている兵士もいくらでもあるのだ。仲間の数が勇気を呼び起こした。

そして、少しくらいだが精神操作で恐怖が薄まった軍隊は、戦おうとする。兵士たちの目が次々と赤く光始めた。

そのまま、悪魔を仕留めるための攻撃が放たれる。魔法部隊の様々な属性の魔法、死を恐れない騎士たちの、獣みたいな勢い――――しかし。


「………………………………………………………………………」


カイが一度立ち止まって、力強く腕を振った瞬間に。

彼の動作に倣うように、悪魔の姿をした巨人が腕を振って、目の前の騎士たちを吹き飛ばした。文字通り、吹き飛ばした。

台風のような黒い風が起こって、腕に当たった兵士たちはただちに命を落とす。それにとどまらず、黒い旋風は狂ったように吹き荒れてすべてを飲み込んで行った。

それはもう、黒魔法を超越した何かだった。言い換えれば―――真の、悪魔の力だった。


「なん………だ、あれは……!!」


ゲーリングは驚愕する。自分の主君―――アドルフ皇子は、この事態を前々から予測し、備えていた。

偽物の悪魔たちを倒すための作戦。精神操作で兵士たちの恐怖を殺し、カルツや自分といった優秀な精鋭を作り出して黒魔法を注ぎ、不死身にする。

悪魔の力は半分に分かれているから、数の利点を活かせば一人ずつでも倒せる。

それに、この前の教会で起きた戦いの情報を元に、やつらの能力も分析し尽くしたじゃないか。

自信があったのだ。偽物の悪魔だから。皇子は自分を不死身の体にし、一度死んでいたカルツも復活させ、数百に至る兵士たちに精神操作までかけたじゃないか。

正に、真の悪魔じゃないとできない偉業だから、自分たちが勝つと信じて疑わなかったのだ。でも――――


「…………クロエを」
「ひ、ひっ………!!」
「クロエを、よこせ」


目の前の悪魔は、そんな常識の域を超えていた。自分の仲間が傷ついたその瞬間、ヤツは人間から一気に怪物になった。

疲れているように見えていた少女も、一気に悪魔を召喚してすべてを壊滅させていた。

少女は絶え間なく涙を流して、その怒りを解き放つかのように兵士たちを踏みにじんだ。

いつの間に目の前まで迫った少年を見て、ゲーリングは体を震わせる。本能が叫んだ。

今すぐ、この女をよこして逃げた方がいいんじゃないのか。精神操作がかけられいると言うのに、本能的な恐怖がその思考を可能にさせていた。


「クロエを、よこせ」


しかし、今こいつを開放したらどうせ後で死ぬのではないか。それくらいのことを思う理性は残っていて、ゲーリングは歯を食いしばる。

そうだ、どうせ自分は不死身。また皇子様に復活させてもらえるんだ。そして、この女にかけた呪いは時限爆弾のようなもの。

3時間くらい経てば、この女は呪いで死ぬ。

それをヤツに知らせて、少しでも精神を混乱させれば―――――――


「ぐるぁあああああああああああああああああああ!!」


そこまで計算した瞬間に、彼の後ろから獣の鳴き声が聞こえてくる。カルツだった。

聖剣から放たれる巨大なオーラ。強力な一突きは恐ろしいくらいに真っすぐ、カイの体を貫こうとする。

死の恐怖を忘れ、執念とがめつさだけが残っている狂犬の攻撃。そして、カイは後ろをチラッと見た瞬間に、手を上げて………


「カハッ!?ぐるっ!?!?」


素手で聖剣を掴んでから、もう片方の手でカルツの首を掴んで、地面にねじ込んだ。

そして、暴力が始まった。


「―――――――――――――――」
「あ、あがっ――――――」


ガン!ガン!ガン!ガン!

人を殴っているとは思えないほどの音が鳴り響き、ゲーリングはただただぼうっとするしかなくなる。

地面が激しく揺れて、崩れ始めた。下手したら聖剣で指が切られたかもしれないというのに、その苦痛も恐れも何も感じられないとばかりに、カイはカルツを殴った。

手のひらから血を流してながらも、拳を握りしめてカルツを殴り続けた。赤く光っている目には瞳が見えず、ただの憤怒がすべてを支配していた。


「あ――――――あ、ぁ……あぁ…………」


ゲーリングは思わず、その場で倒れ込みそうになる。目の前のヤツはもはや人間じゃなかった。偽物の悪魔でもなかった。

これは、悪鬼。

これは本物の悪魔で――――自分が信じてきたすべてが崩れ去るような感覚に、彼は襲われていた。


「…………………………………………」
「ひ、ひぃっ……!」


そして、皮膚がむけて白目をむいたカルツの首を、踏みにじりながら。

カイはゆっくり立ち上がってから、言う。


「…………………………………………………クロエ」


手に血を流しながらもなんの痛みも感じないように、静かに言う。


「クロエを、よこせ」
「あ、あぁ………!」
「クロエをよこさなかったら、お前を殺す」


赤い目がもう一度光って、カイはゲーリングに近づきながら言う。


「ズタズタに噛みちぎって殺す。片っ端から切り刻んで殺す。殺す…………殺す」
「ひ、ひいいいいっ!?!?」
「クロエを、よこせ」


ゲーリングにもはや理性など残っていなかった。クロエをよこしたところで何も変わらないというのに―――彼は何も言えなかった。

真の悪魔が目の前にいるから。見たことのない悪霊が、目の前まで迫っているから。


「う……ぁ、あ………」
「…………………………」
「く、くっそぉ……!くっそがぁああああああ!!」


叫びながら、ゲーリングはクロエをかかえていた腕をほどこうとする。

そして、その時。


「何をやっている!!」


ちょうど後ろから飛んできた主君の声を聞いて。

ゲーリングは、びくっと肩を跳ねさせてから振り返った。


「やぁ、偽悪魔」


アドルフ皇子は、冷や汗を一滴流しながら声を絞り出す。


「取引を、しないか?」
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