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92話 世界線の運命
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「……ここ、か」
誰もいない夜中。俺はふうとため息をついた後、山の頂上から眺められる皇室の外壁に目を向けた。
ブリエンの言う通りだった。外壁には赤黒い霧がかかっていて、それは確かに黒魔法によるものに見える。
「まさか、あんな大規模な魔法なんてな」
皇子が瀕死状態に見えたのはただのいかさまだったんだろうか。それとも、あの怪物となんらかの取引があって……?
そこまで考えた時、ふと風が吹いて髪の毛を乱す。俺はしばらく目を閉じてから深呼吸をした後に、振り返った。
「やぁ、偽悪魔」
「……やぁ、怪物」
俺たちは一度も会ったことはないけど、まるで昔馴染みのように挨拶を交わした。
目の前にいる怪物を見て、俺はブリエンの言葉を思い出す。なるほど、別世界から来たって表現がピッタリ合うような見た目だった。
身長は俺より二回り以上大きくて、体は筋みたいなものが全部浮き出ている。目は黄色く光っていて、口元は裂けられていて。
これは確かに、怪物と言うしかないなと思いながら俺は口を開いた。
「それで、用件は?」
「ははっ、冷たいな。俺はゆっくり話がしたいんだが」
「俺はゆっくり話したくないな。用件だけ言え。なんで俺をここに呼び出した?」
怪物は仕方ないとばかりに両手を広げて見せた後に、ちょうどいいサイズの岩に腰かける。殺気は感じられなかった。
……しかし、得体の知れないオーラみたいなものは確かに伝わってくる。ブリエンの言う通り、ヤツが只者じゃないのは確かだ。
俺が内心緊張していると、怪物は裂けた口元を吊り上げながら言う。
「さっき言った通り、話がしたくてここに呼んだんだ。お前は非常に興味深い存在だからな」
「興味深い存在?」
「そうだ。世界の運命を揺るがす存在……と言った方がいいだろうか?ははっ、なんにせよお前には感謝しているぞ。お前のおかげで俺が生まれたんだからな」
「………は?どういうことだ?」
俺のおかげで、ヤツが生まれたと?どういうことだ?
驚いて目を見開いていると、ヤツは肩をすくめた後に指を鳴らす。次第に、回りの風景が変わっていった。
やがて、パノラマ写真みたいに新たな風景が広がる。現実にある赤黒い霧も皇室の城壁も消えて、現れたのは――――
「………………は?」
火の海になった、街の風景だった。
それがオーデルの街、すなわち俺たちが拠点としている街の風景だってことは一目で見て分かった。そして、その街が………燃えていた。
一匹の巨大なモンスターによって、小さな家が燃やされている。建物も、人も、木も、全部。
「…………………」
「これが、この世界が歩むべき運命だった」
急に晒された悲劇に圧倒されていると、怪物が淡々と説明を始める。
「知っているか?この宇宙には数百万、数千万の世界線が存在する。そして……その数百万の世界のどれもが、この運命にたどり着いた」
「……お前、なにを言っている?」
「ははっ、お前には分かるだろう?次元を破ったお前には――――世界の決まっているストーリーを破壊して、新たな運命を開拓したお前なら、分かるはずだ」
「…………………………」
最初はヤツがなにを言っているのか、一つも分からなかった。
だけど、最後に決まっているストーリーを破壊しているという話を聞いたとたんに、俺の脳裏にはある仮説がよぎる。
そっか、俺がゲームのシナリオに介入したから。
「その表情、既に察したようだな?そうだ――――元はとなら、この世界の主人公役はお前じゃなく、カルツという人間に与えられるべきだった」
「…………は?」
「実際に、この宇宙に存在する数千万の世界の主人公は全部、カルツだった。そう、この物語はあいつのための物語なのだ」
「………カルツが、すべての世界線の主人公だと?」
「そうだ」
「………」
俺が押し黙っていると、怪物はしばらく俺を見つめた後にまたもや指を鳴らす。次第に、回りに浮かんでいる風景が変わって―――
「……これ、は!」
火に燃えている街の代わりに、地下の実験室で繰り広げられる戦闘シーンが目の前に訪れる。
俺はこの風景を覚えていた。忘れるはずがない。
だって、これはゲームの中で何度も見た……クロエがカルツに殺されるシーンだから。
「クロエという娘は、カルツという英雄に殺される。これが彼女に与えられた運命だった。数千万を超えるすべての世界線の中で一つの例外もなく、あいつは殺される」
「……………」
「ゲベルスによって化け物にされて、元仲間だったカルツに殺されるのだ……これこそが、この世界の決まったストーリーだった」
頭の中のピースが集まっていく。俺がなにかを言うも前に、怪物はまた指を鳴らした。
次に広がったのは見覚えのある空間―――リエルの屋敷の部屋だった。
呆れるほど広々とした空間の中では、一人の少女が血を流しながら倒れている。
「そして、リエルという娘もまた死ぬ運命だった。自分の家業も復讐心もすべて教皇に奪われ、彼に徹底的に犯され、汚された後に自ら死を選ぶ。それこそが、あの娘に与えられたストーリーだ」
「……………………」
ああ……なるほど。そういうことか。今俺が見ているのは―――ゲームの本来のシナリオ。
俺じゃなく、カルツが主人公として活躍する時のストーリーなのだ。ならば、次に出てくるのは―――
「お前が名付けたニアという娘も、同じだ」
……涙の魔女になったニアが、カルツに殺される風景なのだろう。
「シュビッツ収容所で悪魔として覚醒した彼女は、この世界の最大の敵として見なされることになる。そして、あいつはカルツを含めた勇者パーティーに倒され、可憐に死んで行く運命にある。死ぬ瞬間まで、不幸の涙をこぼしながらな」
「…………………………………」
「気づいているだろう?これが元のあるべき展開だった。既に数百万、数千万の世界線でこのストーリーが流れている。この世界もまた、そうあるべきだった……次元を破ったある異種が登場するまではな」
……ようやく、ヤツが言っていることすべてに合点が行く。
たぶん、数百万、数千万という数字は―――ゲームのユーザー数を指しているのだろう。ゲームをプレイした人数の分だけ、世界線もまた増える仕組みだとするなら。
「この世界線は、最初からなにもかもがおかしかった。涙の魔女として覚醒するはずの娘は、お前に力を半分こにされて世界の敵ではなくなってしまった。怪物になって殺されるはずだったクロエは、何故か未だに生きている」
「……………」
「リエルという娘も、体を汚されることなく無事に生きている。かえって、主人公であるはずのカルツが死んでしまった。いや、ヤツは死んでもなおグールにされて、変な形で復活まで成し遂げた。色々と……色々と、この世界は歪み過ぎている」
「………………ははっ」
俺は失笑をこぼす。段々と、この怪物の目的がなんなのかが目に見えてきたからだ。
すべてのピースが集まって、残るのは本人の自白だけ。俺は笑いながらヤツに聞く。
「それで、お前の目的は?」
「…………ふふっ、あはははっ」
「お前の目的は、なんだ?」
「そんなもの、決まっているだろう」
怪物は不気味に笑みを浮かべて、俺を直視してきた。その言葉の待っていたと言わんばかりの表情だ。
間もなくして―――俺が予想した通りの言葉が聞こえてくる。
「この世界を、元のあるべき姿に案内すること―――それこそが、俺の使命だ」
誰もいない夜中。俺はふうとため息をついた後、山の頂上から眺められる皇室の外壁に目を向けた。
ブリエンの言う通りだった。外壁には赤黒い霧がかかっていて、それは確かに黒魔法によるものに見える。
「まさか、あんな大規模な魔法なんてな」
皇子が瀕死状態に見えたのはただのいかさまだったんだろうか。それとも、あの怪物となんらかの取引があって……?
そこまで考えた時、ふと風が吹いて髪の毛を乱す。俺はしばらく目を閉じてから深呼吸をした後に、振り返った。
「やぁ、偽悪魔」
「……やぁ、怪物」
俺たちは一度も会ったことはないけど、まるで昔馴染みのように挨拶を交わした。
目の前にいる怪物を見て、俺はブリエンの言葉を思い出す。なるほど、別世界から来たって表現がピッタリ合うような見た目だった。
身長は俺より二回り以上大きくて、体は筋みたいなものが全部浮き出ている。目は黄色く光っていて、口元は裂けられていて。
これは確かに、怪物と言うしかないなと思いながら俺は口を開いた。
「それで、用件は?」
「ははっ、冷たいな。俺はゆっくり話がしたいんだが」
「俺はゆっくり話したくないな。用件だけ言え。なんで俺をここに呼び出した?」
怪物は仕方ないとばかりに両手を広げて見せた後に、ちょうどいいサイズの岩に腰かける。殺気は感じられなかった。
……しかし、得体の知れないオーラみたいなものは確かに伝わってくる。ブリエンの言う通り、ヤツが只者じゃないのは確かだ。
俺が内心緊張していると、怪物は裂けた口元を吊り上げながら言う。
「さっき言った通り、話がしたくてここに呼んだんだ。お前は非常に興味深い存在だからな」
「興味深い存在?」
「そうだ。世界の運命を揺るがす存在……と言った方がいいだろうか?ははっ、なんにせよお前には感謝しているぞ。お前のおかげで俺が生まれたんだからな」
「………は?どういうことだ?」
俺のおかげで、ヤツが生まれたと?どういうことだ?
驚いて目を見開いていると、ヤツは肩をすくめた後に指を鳴らす。次第に、回りの風景が変わっていった。
やがて、パノラマ写真みたいに新たな風景が広がる。現実にある赤黒い霧も皇室の城壁も消えて、現れたのは――――
「………………は?」
火の海になった、街の風景だった。
それがオーデルの街、すなわち俺たちが拠点としている街の風景だってことは一目で見て分かった。そして、その街が………燃えていた。
一匹の巨大なモンスターによって、小さな家が燃やされている。建物も、人も、木も、全部。
「…………………」
「これが、この世界が歩むべき運命だった」
急に晒された悲劇に圧倒されていると、怪物が淡々と説明を始める。
「知っているか?この宇宙には数百万、数千万の世界線が存在する。そして……その数百万の世界のどれもが、この運命にたどり着いた」
「……お前、なにを言っている?」
「ははっ、お前には分かるだろう?次元を破ったお前には――――世界の決まっているストーリーを破壊して、新たな運命を開拓したお前なら、分かるはずだ」
「…………………………」
最初はヤツがなにを言っているのか、一つも分からなかった。
だけど、最後に決まっているストーリーを破壊しているという話を聞いたとたんに、俺の脳裏にはある仮説がよぎる。
そっか、俺がゲームのシナリオに介入したから。
「その表情、既に察したようだな?そうだ――――元はとなら、この世界の主人公役はお前じゃなく、カルツという人間に与えられるべきだった」
「…………は?」
「実際に、この宇宙に存在する数千万の世界の主人公は全部、カルツだった。そう、この物語はあいつのための物語なのだ」
「………カルツが、すべての世界線の主人公だと?」
「そうだ」
「………」
俺が押し黙っていると、怪物はしばらく俺を見つめた後にまたもや指を鳴らす。次第に、回りに浮かんでいる風景が変わって―――
「……これ、は!」
火に燃えている街の代わりに、地下の実験室で繰り広げられる戦闘シーンが目の前に訪れる。
俺はこの風景を覚えていた。忘れるはずがない。
だって、これはゲームの中で何度も見た……クロエがカルツに殺されるシーンだから。
「クロエという娘は、カルツという英雄に殺される。これが彼女に与えられた運命だった。数千万を超えるすべての世界線の中で一つの例外もなく、あいつは殺される」
「……………」
「ゲベルスによって化け物にされて、元仲間だったカルツに殺されるのだ……これこそが、この世界の決まったストーリーだった」
頭の中のピースが集まっていく。俺がなにかを言うも前に、怪物はまた指を鳴らした。
次に広がったのは見覚えのある空間―――リエルの屋敷の部屋だった。
呆れるほど広々とした空間の中では、一人の少女が血を流しながら倒れている。
「そして、リエルという娘もまた死ぬ運命だった。自分の家業も復讐心もすべて教皇に奪われ、彼に徹底的に犯され、汚された後に自ら死を選ぶ。それこそが、あの娘に与えられたストーリーだ」
「……………………」
ああ……なるほど。そういうことか。今俺が見ているのは―――ゲームの本来のシナリオ。
俺じゃなく、カルツが主人公として活躍する時のストーリーなのだ。ならば、次に出てくるのは―――
「お前が名付けたニアという娘も、同じだ」
……涙の魔女になったニアが、カルツに殺される風景なのだろう。
「シュビッツ収容所で悪魔として覚醒した彼女は、この世界の最大の敵として見なされることになる。そして、あいつはカルツを含めた勇者パーティーに倒され、可憐に死んで行く運命にある。死ぬ瞬間まで、不幸の涙をこぼしながらな」
「…………………………………」
「気づいているだろう?これが元のあるべき展開だった。既に数百万、数千万の世界線でこのストーリーが流れている。この世界もまた、そうあるべきだった……次元を破ったある異種が登場するまではな」
……ようやく、ヤツが言っていることすべてに合点が行く。
たぶん、数百万、数千万という数字は―――ゲームのユーザー数を指しているのだろう。ゲームをプレイした人数の分だけ、世界線もまた増える仕組みだとするなら。
「この世界線は、最初からなにもかもがおかしかった。涙の魔女として覚醒するはずの娘は、お前に力を半分こにされて世界の敵ではなくなってしまった。怪物になって殺されるはずだったクロエは、何故か未だに生きている」
「……………」
「リエルという娘も、体を汚されることなく無事に生きている。かえって、主人公であるはずのカルツが死んでしまった。いや、ヤツは死んでもなおグールにされて、変な形で復活まで成し遂げた。色々と……色々と、この世界は歪み過ぎている」
「………………ははっ」
俺は失笑をこぼす。段々と、この怪物の目的がなんなのかが目に見えてきたからだ。
すべてのピースが集まって、残るのは本人の自白だけ。俺は笑いながらヤツに聞く。
「それで、お前の目的は?」
「…………ふふっ、あはははっ」
「お前の目的は、なんだ?」
「そんなもの、決まっているだろう」
怪物は不気味に笑みを浮かべて、俺を直視してきた。その言葉の待っていたと言わんばかりの表情だ。
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