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番 編
殿下
しおりを挟むお兄さんに惣菜パンを作ってあげようと思って早めに起きたら、家の前の湖の方から数人の男の人の声がするのが聞こえた。
何か揉めているような声なのが気になって玄関からそっと覗くと、お兄さんと二人の男の人が話しているのがみえた。
「殿下、こんなお泊まりセットみたいなもん俺に用意させないで下さいよ。いつも女性が用意してくれてるでしょうに。何すか、テルガードの埋葬に来たと思ったら、また変な場所で女性に絡まれて」
ガタイのいい、ハシビロコウみたいな目つきの茶色の髪をした男の人が、お兄さんの事を殿下と呼んでる。
「あ゛ぁ?ちげーよ俺が口説いてんだよ邪魔すんな。いいからお前は街から獣医を引っ張ってこい。テルガードを見せたい」
「はぁ?まだ楽にしてやってないんすか!?可哀想でしょうが!!」
「リツ、待て、今殿下が口説いてると聞こえましたが幻聴でしょうか?」
もう一人の細身の男の人は、藍色の長い髪をきっちり後ろで結い、エルフみたいな綺麗な顔をしている。二人とも、お兄さんと同じ黒い軍服姿だ。軍服のボタンや装飾の金色が朝日に反射して眩しい。
「ユアンさん、幻聴ッス。何か変なもんでも食いましたか?まーた女性に媚薬でも盛られましたか。はぁ、解毒薬はこちらですよ。羨ましい!!!」
「お前らは俺を何だと思ってんだ」
「「 不良竜 」」
ドゴッとリツと呼ばれた人をお兄さんが殴って黙らせている。
「痛え!何で俺だけ!!」
出るに出られなくてまごまごしていたらテトの蹄の音がして、少し開けたドアの隙間からヌッとテトの顔が出て来た。
「わわっ!テト!おはよう!迎えに来てくれたの?ふふ、ありがとう」
今日もテトのスリスリが可愛い。
大きく開いたドアから唖然とした三人が見えた。
「つむぎお前!何つー格好してんだっ!!」
お兄さんがツカツカとすごいスピードでこっちに来て、着ていた軍服の上着を脱いで私に巻きつけた。
「?ふつうの、キャミソールワンピースだよ?」
お家に残っていたヒルデさんの若い時のワンピースを借りたのだ。
「お前らは見るな!!紬が減る!!!」
「は?あれ誰すか!?殿下の皮被った何か?」
「リツしっかりしろ、洗脳されているのかもしれません!——!?あれはテルガードか!?」
二人がテトに駆け寄り、お兄さんは上着を巻きつけた私を抱き上げて、ぐいと顔を胸に押し付けて私を隠してしまう。
「な、何!?」
「殿下、ご説明頂けますか」
「殿下!!テルガードが!!あとその天女誰!!?」
「はぁ~紬、嫌だと思うが場所を貸してくれ。家に入れてもいいか?」
お兄さんが抱き込んだ私の耳元に顔を寄せて聞いてくる。
「あ、うん、いいよ。私はキッチンにいるから、居間にどうぞ?お茶入れるね?」
「何もいらん、すぐ帰す」
「天女さん!是非俺にお茶を!!!」
「うるせぇリツ!だまってろ!!俺の紬としゃべるな!!!」
「殿下、とりあえず説明を」
「はぁ、分かったよ」
お兄さんはそう言って私を抱いたままキッチンまで来るとふんわりと下ろしてくれた。
「つむぎ、あの二人は俺の部下で信頼できる。お前の事、話してもいいか?」
「それは、大丈夫だけど……私、テトのことどうやって治したのか自分でも分からなくって……だからっ!だからっ、偽者かもしれなくて……!!」
「大丈夫だ、俺を信じろ」
お兄さんの紺色の瞳が真っ直ぐ私を見る。
「う、うん……」
お兄さんは私の頭をポンポンとすると居間に去っていった。不安だけど、ウジウジ考えても仕方がないのでお茶の準備をしよう。
お湯を沸かして、待っている間にパン生地の準備をする。発酵時間の長いものは作れないのでフォカッチョにしよう。上に具をたくさん乗せて、お兄さんの好きそうな惣菜パンにしよう。
トマトピザ風と、卵サラダを乗せたのと、醤油に似た調味料で照り焼きチキンを作ろう。
昨日の残りのグラタンも出したら喜ぶかな?
部下の人も食べるかもしれないからいっぱい作ろう!
一度お茶を淹れて運んだら、三人ともが私をジロジロと見るのでそそくさとキッチンに戻ってきた。お兄さんの軍服は汚しちゃうといけないからもう脱ごう。
◇◆◇
「殿下、どういう事ですか。あのご令嬢は?」
副官のユアンが紬のいるキッチンの方へ視線を送りながら言う。
「はぁ~ラディアンの聖女だ、紬がテルガードを治した。まだ魔力は安定していないようだが」
「元あった所に返して来てください」
聖女とは召喚された異世界の人間の事だ、召喚されたという事はこの世界と繋がりがあるということで必ずその国の番があてがわれる。
「捨て犬じゃねぇよ。いや、言い得て妙だな。文字通り、捨てられたんだよ紬は」
紬に起こった事をかいつまんで二人の侍従に説明する。言葉に出すと改めて狼の野郎とラディアン国に怒りが湧く。
「何それ!天女さん可哀想!!俺が慰めてあげたい!!」
図体がデカい割に涙もろいリツが嘆く。
「リツ、つむぎに触ったら殺すぞ。俺のだ」
「あんたほんとに誰だよ!!!女に興味ありませーんって顔してやることはやってた極悪人のくせに!!」
リツがうるさく吠える。他の女とは違うあの小さくて可愛い生き物に傾倒している自覚はある。
「第二の番などとバカな事を。今に焦って取り返しに参りますよ。この地にいては危険では?ラディアンの領土となるのも時間の問題かと」
ユアンのもっともな意見に頷いてみせる。
「うちの国に連れていく。駄犬に手出しはさせない。ユアンは紬の相手だった馬鹿犬を調べろ。リツ、お前は広い鞍と馬車を準備しておけ」
「テルガードに同乗して、馬車でもイチャイチャする気かよ!!!」
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