49 / 173
婚約者編
最後のデート
しおりを挟む私が熱を出した日から、お兄さんとアイラさんが何やら話しをしている姿を見る事が増えた。
気まずいのは相変わらずなので、それはそれで都合が良かった。私は自分の事に集中できる。
一週間はあっという間に過ぎて今日もまた私はマフィンを作っている。
今日のは木苺と、プレーンのと、ココアクッキーをザックリ砕いて混ぜ込んだ物。
一つ一つ薄い紙で包んで籠に詰める。
毎回クロム君の分を取っておいているけれど、一度来た時以来まだ会えていない。
「お嬢ちゃん、あんたは私に似て可愛いんだからそんな顔おしでないよ!いいかい、股間か顔面だよ!まぁでも、ちっとは話を聞いておやり」
私がきょとんとしていると、アイラさんはまたすごい量の荷物を持って街に行ってしまった。
「つむぎ、少し歩かないか」
後から、低い優しい声がする。
「えと……」
お兄さんといると決意が揺らぐ。なるべく顔を合わせたくないし、話すのもそわそわする。
「俺は諦めないからな。お前の気持ちがどうであれ、ガンガン口説く」
「……………………」
お兄さんはそう言ってひょいと私を横抱きに抱き上げて——————空を飛んだ。
黒い軍服の背中でバサバサと黒い翼が羽ばたく。
「つ、翼がっ!獣化!?」
「は!獣化だけど、自分の意思で出してるから前のとは違うよ」
羽があるわけじゃなく、ドラゴンの翼って感じ。
「私にも、お兄さんみたいな翼があれば良かったのに」
「俺がいるだろ。俺がどこでも連れていく」
逃げる時に便利そうだなと思った事は黙っておこう。
「怖くはないんだな」
「高いところは、好きだよ。特に、この世界に来てからは」
「そうか」
すごいスピードが出ているけれど風の抵抗は感じない。お兄さんが魔法で何かしているのかもしれない。景色がどんどん変わっていく。
ついたのは高台に立つこじんまりした小さな教会の様な建物で、お兄さんは二階の大きな窓から中に入って私を降ろした。
「えぇ?不法侵入だよ」
「んなわけあるか。ちゃんと貸し切ってある。カルネクアの辺境伯の持ち物らしい。」
両開きのアーチ型の窓からは丘の下の小さな湖と牧場が見えて、大きな果実の木の下で牛に似た生き物が昼寝をしている。
そよそよと入る風は草の匂いがして気持ちがいい。
「こういう所に住めたらいいのに」
「俺の邸は嫌いか?」
「そういうわけじゃないけど……アイラさんにずっとお世話になる訳にはいかないし、家、探さなきゃだから」
「……………………エルダゾルクにも似た様な場所は沢山ある」
「そうなんだ」
お兄さんは私を見て、それからため息をついて言った。
「紬がぼんやりなのを忘れてた。何言っても響かねえ」
「悪口」
お兄さんの紺色の目が細まって、眩しいものを見るように優しく私を見る。
「なぜ俺から逃げる」
「何でって、七股最低男だからだよ」
「グハッっっっ!!!おまっ、なんて事言うんだ!!!」
「え?真実を……言っただけだけど……?」
だから私は逃げたのに。何言ってるんだろ。
「はぁ……はぁ……俺の番怖い!俺はお前と出会ってから他の女に触った事はねぇよ!!!」
「国外に居たからでしょ?それに沢山の彼女がいるのに私に言い寄っちゃだめだよ」
「そこ!?」
「当たり前だよ。最低だよ」
「~~~~~~~~っ!!」
「謝った方がいいよ。彼女達に」
「もう全員切ったと言っただろうが!お前を連れ帰る時点で清算してたんだよ!!!」
「そうなんだ。じゃあ次の彼女は大切にしてあげなね?」
お兄さんは目を白黒させて、ワナワナしている。
もう私だって分かってる。彼は私と出会ってから浮気をしたわけじゃない。清算だってしてくれていたはず。上手くいかなかっただけで。
「俺は諦めないぞ」
「うん」
自分の気持ちの制御すらできていない私が、人の気持ちの制御をする余裕などあるはずもない。
私の返答が意外だったのか、驚いた顔をしたお兄さんがひょいと私を抱き上げてベットに座った。
「キスしていいか?」
「それはだめ」
「ふぅん、聞いてやんねぇ」
「七股男とそういう事はしたくない。嫌い」
キスのために近づいた顔が、そのまま肩にポスッと落ちた。
「ごめん……ゆるして」
「………………私と付き合って、ゆくゆくは結婚しても、私に子供ができなければまた沢山の彼女を作るんでしょう?国策とかいって」
「それ……は……」
お兄さんの戸惑いが答えだ。
——結局行き着くのはそこになってしまう。
私には、大勢とお兄さんを共有するなんて耐えられない。
「ね?前の彼女達はそういうの平気そうだったし、大切にした方がいい」
自分で言って、自分で傷ついている。
それ程、この人が好きだった。
「私ね、お兄さんの事本当に好きだった。最後を楽しい思い出にできて良かった。だから、これでおしまい」
「……………………」
「何とか元の世界に帰る方法があればいいのに」
「っ…………」
「それを探す旅に出るのもいいかもね。どうせ国民権がないのなら、どの国でも同じだし」
その後は二人とも普通に過ごした。私も最後を楽しく過ごそうとがんばったし、お兄さんも何も言わないでいてくれた。
触れ合いのない、デート。
牧場をお散歩したり、小さな湖に足まで浸かって遊んだり。
手だけ繋いだ、中学生みたいなデート。
2,830
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる