4 / 173
番 編
花祭り
しおりを挟む一週間はあっという間に過ぎて、休日に開催される花祭りの日が来た。
因みに、街歩きのドレスを贈ると言っていたユリウス様からは何も贈られてはこなかった。
召喚された日に急遽用意したと贈られた三着の普段着のワンピースをローテーションで毎日着ているので、今日もそこから選んだ。
贈ると約束された物が贈られて来た事は無いので、今回も別に落胆したわけでは無い。平日があまりにも楽しくて、きっと忘れてしまうのだろう。
そのユリウス様は昼過ぎにやってきて、青い顔をして私に向き合っている。
お茶をしてから街に出掛けてお祭りを楽しもうと、私に真っ赤な薔薇の花を一本くれた。恋人や夫婦は女性の髪と、男性の上衣のポケットに同じ花を飾ってお祭りを楽しむのが主流らしく、ユリウス様のポケットには既に赤い薔薇が飾られている。
薔薇の似合う人だなぁとぼんやり思いながら目の前で笛文を見つめるユリウス様を見る。
~~ いつもの場所でまってる レイ ~~
メッセージはすぐに消えて、また新しいメッセージが来る。
~~ 今年の花祭りの思い出だけ私に下さい ~~
ユリウス様はメッセージから目を離す事ができない様で、ご自分が私の前で悲痛なお顔をしている事まで気が回ってない。
「近衛騎士様のお仕事は、大変なんですね。私なら大丈夫ですので行ってください。お祭りなら来年もありますし」
「あ、あぁ、そうだな。来年も再来年もずっと君は行けるんだ。今年は仕事が入って…………すまない。行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ。お見送りをしても?」
普段お見送りなんてした事はない。(だっていそいそと素早くでていってしまうし)
ユリウス様はそんな私を戸惑いながらもエスコートして正門まで来ると、馬に乗って去っていった。一度も振り返らずに。
(馬に乗りながら振り返る事ができるかどうかは知らないけど)
「仕事だって言うなら、近衛騎士の隊服に着替えてから行くぐらいの気概を見せてよね」
今日こうなることはうすうす分かっていた事だけれど、もうどうでも良くなって来ていて、自分がなぜここにいるのかも分からなくなってくる。
「そっか、私別にここにいなくてもいいのか」
一人ごちてからそのまま歩き出す。
街に行くと二人のデートに遭遇してしまうかもしれないので、逆方向へ。
とぼとぼ歩いて、途中街に牛乳の配達に来た帰りだと言う狼獣人に運良く荷馬車に乗せてもらう事が出来た。
どこへ行ったらいいかも分からないけれど、とりあえず侯爵邸じゃなければなんでもいいやと、心はどんどん晴れ晴れとしてきている。
二時間ほど馬車に揺られて着いた田舎町で降ろしてもらい、お礼を言って小さな町を見て回った。
久しぶりに自由で、晴れやかで、楽しい。
パン屋さんに、果物と野菜のお店、古着屋もあって、のどかな町の雰囲気が楽しい。
本当に小さいけれどアクセサリーショップがあったので、これもユリウス様から初日に頂いたルビーの指輪を売ってお金に変えた。これで少しは生きていけると思う。
お祭りを見て歩く用に少しでもと指につけておいて良かった。
宿屋が見つからなかったのでまずは腹ごしらえをしようとパン屋さんのドアをくぐると、ドアは開いていたものの、お店にパンは全く置いてなく、カウンターで店員らしき人と誰かが揉めている。
「お願いします!お願いします!!わざわざあなたを王都から呼んだんです!!必ずお支払い致しますから!何年かかっても必ず!!」
「~~~ですから!!分割など受け付けてはいないと言っているではないですか!払えないとわかってる者に高価な薬を出せるわけないでしょう!!!」
エプロンをした女性が泣きながら白衣の男性に頭を下げて懇願している。
「このままではあの子が!!お願いします!どうかこの通りです!!」
「何を言われても支払いができない者に薬は出せません。金貨五枚、キッチリご用意下さい」
「そんな…………」
女性がその場にヘナヘナと座り込む。
悲痛な顔に涙が溢れている。
私のあぶく銭、金貨五枚だったな……とぼんやり考えた所で声をかけていた。どうせあぶく銭だし。パーッと行こう。
「私が払います。お薬代ですよね?これを」
そう言って、ポケットから金貨を五枚カウンターに置いた。
女の人は座り込んだまま唖然とした顔で私を見てる。
白衣の医者らしきおじさんはカウンターと私を見比べたあと金貨をしまい、カバンを持って無言で店の二階に上がっていった。
「お子さんですか?二階に?」
「はい、何と、何とお礼を言ったらいいか……」
女性は震える声で焦点の合わない目で答える。
「とにかく、様子を見に行っても?」
私の言葉に弾かれた様に顔を上げ、すごい勢いで階段を登っていった。
私も勝手に上がらせてもらうと、小さなベットに栗色の髪と耳をした可愛らしい女の子の狼獣人が眠っていて、先ほどの白衣のおじさんが彼女に注射を打っていた。
「魔力抗生物質です。これで急激に良くなるはず。私の診察はここまでです。あとは町医者に引き継いでも問題ありません。では私は帰らせていただく」
何故か私に説明をして、開いたドアから出ていってしまった。
「あぁ、あぁっ……!マリセラ!良かったっ……!よか、良かった……!!」
もう大丈夫なら邪魔をしては悪いかなと思いドアの方に向かおうとしたら、腕を掴まれた。
「名乗りもせず、申し訳ありません。私はヒルデ、この子はマリセラと申します」
「つむぎと申します。マリセラちゃん、良かったですね」
もう良くなるとあの医者が言っていた。なんの病気かは知らないけれど。
「つむぎ様のおかげでございます!このご恩は決して!」
「あの、様はやめてもらっても……?敬語も必要ありません。どうせ、要らないものを売ったあぶく銭でしたから」
「…………つむぎ、おねぃちゃん?あ、ありがとう、私、治るの?」
小さなベットから声がかかり、まん丸な緑の瞳とめがあう。十歳ぐらいだろうか、可愛らしい栗色の三角耳。
「そうだよ。沢山たべて、お母さんを安心させてあげようね?」
「ママ、ママ!痛くない、体、痛くないよ!」
ヒルデさんはまたベットにかけより、声を殺して泣いている。
「では、私はこれで」
「お待ちくだ……待って!つむぎちゃんにお礼を!この村の人じゃないでしょう!?この村には宿がないから、もしまだこの村にいるのなら泊まっていって!」
「わぁ、ありがたいです!実は行くあてがなくて」
あぶく銭は無くなったけど、今夜の宿を手に入れたぞ!
2,052
あなたにおすすめの小説
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!!
打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました
成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。
天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。
学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる