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最終章 人族編
繁栄の加護
しおりを挟む「同じ日本人と会える事を今日は楽しみにしていたのです。玲林さんは何かご不便なことは?僕は人族の王をしております。なるべく日本風になる様に色々としておりまして。何かお役に立てるかもしれません」
家族四人と陛下、堤さんとおじさん神官二人。
いつもなら陛下がお誕生日席なのにお誕生日席の上座は空けてある。
二人の子供を含めた私たち竜族側と、人間族側が向かいあって夕食を共にしている。
堤さんは始終私に話しかけてきているけれど、リヒト様は怒ったりしない。
和やかな当たり障りのない会話が続く。
陛下もリヒト様もやっぱり気を遣っている。
下手に出る訳ではないけれど、高圧的な態度は絶対に取らない。
「特には…………夫が色々な食材をプレゼントしてくれていて、あまり不便はないのです……」
「それは良かった。僕はパソコンとスマホが恋しいですよ」
「あ、それはありますね……」
堤さんはニコッと笑い、私の顔をじっと見つめる。
何だろう。じっとりとした視線も、やけににこやかな顔も、不安ばかりを煽る。
何も言えない私の背をリヒト様が撫でてくださる。外されない視線は何を意味しているのだろうか。
———「玲林さんを我が国にお連れしたい」
堤さんが唐突に言った。
唐突すぎて一瞬何を言ったのかよくわからなかった。
驚いて彼を見ると柔らかい笑みで私に笑いかけてから陛下とリヒト様の方に目線を戻した。
「それは……できかねる」
リヒト様が苦渋の顔で答え、陛下は腕を組んで真面目な顔をしている。
「実は人族はもうすでに百人もいないのです。年々数が減っている。私は狼の国の王族とは懇意にしていましてね、玲林さんが繁栄の女神アフネスの加護を受けている事は把握しております。どうか人族を助けて頂きたい」
「それは…………どういう?」
話が全く見えない。
繁栄が、何?
リヒト様は青い顔をしている。
何で?いつもなら即答で断る話だと思うのに。
「竜国王陛下、我ら人族は現在絶滅の危機に瀕している。もう一度申します。人族を、助けて頂きたい」
「リヒト、さま?」
「紬は俺の番だ。離れることはあり得ない」
私の方は見ずにリヒト様は堤さんに答える。
「それは、竜国は神約を反故にすると解釈してよろしいか」
さっきまでにこにこしていた堤さんが急に鋭いお顔になっている。
「……王弟妃に、何をさせるつもりだい?」
陛下が真剣なお顔でゆっくりと問う。
私を招待する事がそんなに深刻な話なの?
「何も?玲林さんがいるだけで加護が振りまかれている事は竜国も把握しておられるのでしょう?我が国で、ゆっくりと過ごして頂くだけですよ」
「私?私が……何?」
「おや、ご本人には話をされていなかったのですね?」
「我らとて知ったのは最近だ」
「ではご本人に説明の時間を。我らは一度自室に下がらせて頂く。一時間ほとで、戻ります故」
堤さんと神官二人が立ち上がり、私に一礼してから部屋を辞して行った。
「な、何?」
二人の子竜が食べる手を止めて私の顔を不安そうに見ている。
隣に座っていたクロム君がよじよじと移動してコアラの様に膝の上でくっついてくる。
レスターはクロム君の席に移動して私の着物の袂を掴む。
何でみんなそんなに不安そうにするの?
「つむぎちゃん、リヒトから過去の竜人と人間の番の話を聞いたね?」
上座に座り直した陛下が、いつになく真剣な顔で私に問う。
「あ、はい……天空領をあげたとか……」
「国宝の浮遊地だけでは怒りを治めてはもらえなかったんだ。何しろ理不尽に百人程殺してしまったのだから。当時の竜国王、僕らの祖父はダメ押しで人間国が困った時は必ず助けると神に奏上し約束してしまっている」
それもなんか聞いたな。
「祖父は……他国に攻め入られたとか、干ばつで食糧難とか、国庫が足りないとかそういう事で頼ってくると思っていたのだろうね」
普通はそう思うよね。
私でもそう思う。
「私と、絶滅と、何の関わりが?」
「つむぎ、お前は女神アフネスの加護がある」
私を召喚するのに力を貸したとかいう女神様?繁栄の女神とかいったっけ。
「お前は商会や店の話だと思っているだろうが…………それも間違いではないが…………」
なんだろう、リヒト様、すごく歯切れが悪い。
「つむぎちゃんは家族を繁栄させる力を持っていると我々は考えている。クロムの母になったことも、レスターを異例のスピードで授かった事も普通ならあり得ない」
家族?クロム君は大切すぎて息子にしたのだし、レスターはリヒト様にあんなに愛されてれば出来るのが普通だと思うのだけれど。
私の疑問が顔に出ていたのか、陛下が続ける。
「天馬にしたってそうだよ。天馬は人間以上に絶滅の危機に瀕している生き物だよ。紬ちゃんのそばで、天馬同士が引き合わされて子供が産まれ数が増えている。これも女神アフネスの加護のおかげなんだ。君の周りは縁が生まれ家族が繁栄していく」
それで堤さんは私を人間の領地につれていきたいの?
「でも私はそんなつもりで行動していた訳じゃなくて……」
「君に生命の繁栄の意思があろうとなかろうと、君がいるだけで君の周りには縁ができていくのだろうね。リヒトに大切にされて幸せでいてくれているのも大きいと僕は思う。君が自由に幸せであれば加護は周りに伝染していく」
だんだんとパズルのピースがはまっていく。
「神約は反故にできないから、私にあちらで生活してもらいたいということですか?」
「………………これを断れば当時のエルダゾルク神の采配がこちらに降りかかる。百人の竜人の命を捧げる事になる」
陛下に聞いたつもりが陛下は押し黙り、代わりにリヒト様が答えた。
「では、参ります」
「つむぎちゃん!やつらは期限を定めていない!いつ帰れるかも分からないんだ!」
「それでも、行く以外の選択肢はないのでしょう?百人の命と、わたしの生活の場所では、百人の命の方が重いです」
沈黙ばかりが流れていく。
子供達も不安なのか大人しく、リヒト様は黙ってる。
リヒト様の握った拳から血が滲んでいるのが見えた。
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