Stockholm syndrome

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一話完結

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掴まれた手が、痛い。

僕を真っ直ぐ見つめる瞳が、苦しい。

その表情が切実で、動けない....。

「....痛い....んだけど」

ようやく絞りだした声は、すごく小さくて。

それでも掴まれた手が、痛みから解放されることはなくって。
真っ直ぐ見つめる瞳から、目をそらすことができなくて。
その切実な表情から、そのまま涙がこぼれ落ちて。

この状況が、すごく現実味がないから、夢みたいな感じがするのに、手の痛さで現実に引き戻されて。

どうしたらいいのか、分からなくなる。

「どうしたらいいか....分からない。
制御が効かなくなるくらい純弥が好きだ....。
この気持ちは、もう、止められない」

「どうして?....あなたはお金目的で、僕を誘拐してるんだよ....?」





✴︎

その日の学校帰り、迎えにきた車に違和感を感じた。
いつもと違う雰囲気の運転手。

「今日は、岡部さんじゃないの?」
「....今日は、お休みで」
「そっか........ねぇ、いつもと道が違うよ?」
「....大丈夫です」
「.......ねぇ、本当に、代わりの人?」

僕は、車のドアに手をかける。

カタカタカタ。

ドアを引くけど、ドアは軽い音を立てるだけで、全く開こうとしない。

さらに力を入れてドアを開けようとするけど、やっぱりビクともしない。

「そんな事しても無駄だよ、純弥」
「....!....」

聞いたこともない低い声。

この時、はじめて気がついた。


僕は、誘拐されたんだ....。


鼓動が激しくなって、呼吸が苦しくなる。
胸が痛い....手に力が入って、震えてくる....。

「ハァ、ハァ、苦....し....ハァ、ハァ、ハァ」

息を吸っても、吸っても、全然肺が満たされない....。

どうしよう....過呼吸の発作だ....。

苦しくて、苦しくて、意識が遠のきそうになった時、僕は口を塞がれた。

柔らかで、あたったかくて....そして、僕の口の中を何かがかき回す....。

「......ん....んん.」

呼吸が一瞬止まって、次第に鼓動も呼吸も落ち着いてきた。
僕は、圧迫されていた温かい感触から解放されて、後部座席に崩れるように横たわる。

体に力が入らない....。

「大事な人質だからな。
今、死なれたら困るんだよ。菱沼財閥のご子息さま」

その人の深い輝きの瞳が、僕をとらえて離さない....。

その瞳の余韻を残したまま、僕の視界は、真っ暗になってしまった。







「........そう、10億。
天下の財閥様ならすぐご準備できるでしょう?
..........また場所は、後から連絡する。
下手な真似したら、ご子息の無事は保証しないから」

....遠くから、声が響くカンジ。

視界も意識もはっきりしだして、ようやく、周りが見えてきた。

薄暗くて、殺風景な....部屋。

机の上にパソコンがあって、そのブルーライトは辺りをうっすら照らしてる。
天井には少し大きな天窓があって、そこからまるい月が見えるから....なんか、妙にホッとして、落ち着いてしまった。

「なんだ、気がついてたんだ」

背が高くて、深く輝く瞳がキレイで。
その人は横になっている僕を、見下ろしている。

「さっきは、ありがとう」
「え?」

その人は、目を見開いて驚いた顔をした。

「過呼吸の発作、止めてくれて。
すごく苦しかったから、助かっちゃった。
ありがとう」
「....自分の立場、分かってる?」
「....わかってるよ。
....ねぇ、上見て。月がキレイでしょ?
....あの月見てたら、なんか落ち着いちゃって。
なんだか、あなたのキレイな瞳に似てるんだよ。だから、あんまり怖くないよ。あなたのこと」
「........そんなこと言って、隙をついて逃げようとしても無駄だから。
変なマネしたら、痛い目、みるよ?」
「そんなことしないよ。
体格差がありすぎて、肩パンされただけでも、僕、吹っ飛んじゃうよ」

僕の言葉にその人が軽く笑うから、つられて僕も笑ってしまう。

「やっぱり、名前とか聞いちゃ。ダメだよね?」
「..........」
「.......僕さ、なんか.....疲れちゃって.......もう一度、寝ていい?」

発作が起きた日はいつもこうだ。
まぶたが重くて仕方がない。
ぼやける意識の中で、僕の耳にかすかに声が刺さった。

「....ユタカ、ユタカだよ」



 


 
周りの明るさに、目が覚めた。
天窓の空は、すでに青空に変わっている。
僕は、上体を起こした。
穏やかすぎて、誘拐されたこと自体夢だったんじゃないか?って、錯覚してしまう。

「起きたのか?」

この声、この顔、やっぱり夢じゃない。
心がざわざわして、急に不安になる。

「....うん」
「これでも食えよ」

ユタカは、ペットボトルの水とパンを僕の横に置いた。

「....うん。ありがとう。
でも、今は、食欲ないからいいや」
「....具合、悪い?」
「ううん。そうじゃないよ。
本当に、食欲がないだけ」
「昨日から、何も口にしていないじゃないか。
....水くらい口にしろよ」

そう言ってユタカは、僕にペットボトルの水を差しだす。

「....本当に、大丈夫だから」

僕は、なるべく笑って答えた。


この状況がいつまで続くのか。

不安で、水すら体が受け付けないくらいのは事実で。
落ち着いてはいるんだけど、心の中の気持ちを悟られたくなくて、ユタカの顔をまともに見れなかった。

ーすると、ユタカは急に僕の手を強く、掴んだ。






✴︎

「どうして?....あなたはお金目的で、僕を誘拐してるんだよ....?」


僕の言葉をさえぎるように、ユタカは僕に強く唇を重ねた。

口の中で、舌が乱暴に絡まる....。

ユタカのキスから逃れたくて、必死に抵抗するけど、その腕は僕の体をがっちり捕まえて、離してくれない。

ユタカのその体は、微かに震えている....。

ようやく唇を離してくれた時は、お互い息が上がって、そして、僕をキツく抱きしめた。

僕は、変だ。
こわいのに、こわくて仕方がないのに......。

気持ちいい......。

なんか、気持ちが良くなっちゃって、ユタカに体を預けてしまう。

「こんなつもりじゃ....こんなつもりじゃ、なかったんだ....。
君の声が、君の笑顔が.....俺の計画を、俺自身を.....狂わせた.....」

ユタカは、さらにキツく僕を抱きしめると、再び、むさぼるようにキスをした....。








「....あっ....ん......」

ユタカの指や手に、いちいちカンジてしまって声が出る。
ユタカが、僕の耳たぶから僕のつま先まで愛撫するたびに、恥ずかしさを忘れるくらい、気持ちよくなってしまって....とろけてしまう.....。
そして、ユタカをより一層、求めてしまう....。 

....どうして.....?

僕、どうにかなっちゃいそうだ....。

だから、ユタカが後ろから僕の中に入ってきても、痛さなんか感じなかった。
ユタカの動きが激しければ激しいほど、僕を突き抜ける快感が襲う。

「純弥、なんでそんなに.......俺を狂わせるの.....?」
「.......ん、や....ユタ......んっ....カ.......」

カンジすぎて、言葉にもならない.....。

僕に触れる、ユタカのすべてが....。
僕は、ユタカのすべてを愛してしまって。

ユタカしか、いらない.....。

ユタカ、ずっと、そばにいて欲しい.....。







ユタカと何回も肌を重ねて、僕は、体に力が入らないくらい、ぐったりしてしまった。

そんな僕を、ユタカは肩を抱き寄せて、優しく包んでくれた。

「.....純弥......大丈夫?」

僕は、ただうなずく。

ユタカの余韻が残る体は、ぐったりして力が入らないはずなのに、ユタカを求めてまだうずいてる....だから、声が出せなかった。

僕は、ユタカの肩におでこくっつける。

「....純弥?」
「.......どうしてかな?
......僕がおかしくなったのかな?
......ユタカすべてが欲しい.......ユタカ以外いらない......」

僕の言葉に、ユタカは優しく笑った、

そして、また激しく唇を重ねる.....。



僕は、誘拐された。

でも、犯人を愛してしまって、離れられない。

このまま、ユタカにずっと、愛されてたい。

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