雨と僕と、君たちと。

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第三話

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(流石にキツいなぁ)

 大学の図書館で、相変わらず一人自習していた紗紀は、深くため息を吐いた。
 不意に紗紀を襲った発情期。
 三日間も続いたそれは、身も心も柊に支配され乱される。強いて言えば一生分の快楽に満たされた、そんな気分にさせられる。その幸福感とは反比例して、三日間、快楽に晒された紗紀の体は至る所にガタが来ていた。
 ほぼ飲まず食わずの情事は、紗紀の体を一回り小さくさせたし、体中にできた愛撫の跡はその激しさを現している。未だに腹の中に柊が入っているんじゃないか、と錯覚するくらい行為の熱が引かない。体中の関節は紗紀の不意を突いて悲鳴を上げ、鈍い痛みがしばしば表情を歪ませる。
 急激に気温が上がった初夏の日差しに似つかわしくないタートルネックのシャツと長袖姿は、その情事を隠すためのものだ。紗紀は手の甲で額に滲む汗を拭った。

(発情期って、終わった後もこんなにっけ?)

 紗紀は再び深くため息をつく。
 晒され続けた快楽の余韻と、ガタがきている体のせいなのか。特に感じないように努めてはいたが、紗紀は改めてオメガの特性にうんざりした。
 勉強をするにも何一つ集中できない。紗紀はノートを閉じると、半ば諦めたようにバッグの中に突っ込んだ。そして、柊にもらったイヤホンを探す。雨の日でなくとも、何か聞いて気を紛らわせたかった。バッグの中の指先が、お目当てのものをなかなか捉えない。その時、紗紀の胸がドクンと大きくなった。

(あぁ……そっか。あの時落としたんだっけ)

 イヤホンがどこかへ行ったなんて、忘れてしまうくらいの衝撃だった。
 あの高校生の意思の強そうな目と、真っ直ぐな鋭い声。かなり鮮明に紗紀の脳裏に蘇る。発情による激しい情事ですら、あの高校生を忘れることができなかった。
 紗紀の肩が小さく震える。
 きっとあの高校生は、アルファなのだろう。刃物のようなあの気迫は、オメガの紗紀を最もいとも簡単に萎縮させた。

(あの子……。僕の知らない僕のこと、知ってるのかな?)

 そう思うと、怖いだけだったあの高校生への感情に少し変化が起きたのを感じた。

 何を知ってる? 
 いや、違う。
 きっと別人のことだ。
 でも、次は? 
 会えたらちゃんと話せるだろうか? 
 怖くない? 
 いや、怖い。
 また、あんな風になったらどうしよう。
 でも……知りたい。
 僕が何者なのかを。僕は知りたい。



(流石にキツいよなぁ)

 三日間の発情明け。独特の倦怠感を体に抱きながら、柊は六コマ目の授業を無事終えた。
 だいぶ西に傾いた陽光が、大きく伸びをした柊の頬を照らす。だいぶ新緑が目立ってきた桜並木に季節の移り変わりの速さを感じた瞬間、ポケットに入れたスマートフォンが小さく震えた。柊は少し目を見開き、素早くスマートフォンの画面を人差し指で押す。

『ねぇ、柊。今日、大学まで迎えに来てくれないかな? 少し疲れが残っちゃってて』

 ポップアップで表示される愛しい番のメッセージに、思わず顔が緩んだ。

〝もちろん。すぐ行くから待ってて〟

 紗紀からのメッセージが来ても来なくても、どのみち柊は迎えに行くつもりだった。三日間の深すぎる情事の後、ということもある。
 しかし、それよりも。
 柊の胸の内は、重大な懸念を抱えていた。その懸念は、無意識に柊の足を急がせる。早歩きから速度が上がり、気持ちに比例して体が前へ前へと動き出した。

(まさか、アイツが現れるなんて……!)



(やっぱり、いた)

 大学の正門の前には、学ランを着たあの高校生が夕陽を背に佇んでいた。少し眩しくて、紗紀は目を細めた。同時に胸の鼓動が早くなる。  
 発情で通えなかった三日間も、こうして待っていたのだろうか? 
 話しかける勇気すら持てない。
 ましてや近くまで行く一歩も踏み出せない。
 肝心なところで足が止まってしまう。
 
 紗紀はハッとして目を見開いた。全身の血液が、一気に足元に降下する感覚。冷たく体温を失った体の奥底から、得体の知れない震えが湧き上がる。

……? って、なんだ……?」

 浅くなる呼吸。視界がグラグラし始め、真っ直ぐ立つこともままならない。紗紀は堪らず、その場に膝をついた。

「紗紀!?」

 意識が朦朧としていく紗紀の思考に、嫌に真っ直ぐな刃の声が紗紀の聴覚に突き刺さる。二度と味わいたくない鋭い頭痛が、再び紗紀の体を強張らせた。同時にあの高校生が己に近づくその気配に、堪らず身を捩る。
 やっぱり、無理だ……! 
 近づいたら、彼に近づいたら……いけない!!

「紗紀!? 大丈夫? 紗紀!!」
「触ら、ないで……お願い」
「どうして!? 紗紀!! ちゃんとオレを見て!? オレだよ、蒼だよ!! 紗紀」
「やめて、来ないで……お願い」
「紗紀!!」
「う……っあぁ!」

 容赦なく紗紀の腕を掴む熱。服を透過し火傷をしてしまいそうな熱さほどに、紗紀は叫んだ。朦朧とする意識の下、熱い腕を振り払う力すら湧かない。
 彼と……蒼と話したい。
 そう思ったのは紗紀自身だ。頭では理解していても、体が全力で蒼を拒絶する。

「柊……助けて」

 やっぱり一歩を踏み出せなかった。柊、助けて……。紗紀は薄れていく意識で、愛しい人の名前を呼び続けた。



「んっ……あぁ、あっ」

 蜜を含んだような、甘い香りが部屋中に満ちる。ベッドに横たわる紗紀は甘美な声をあげながら、発情の熱に身を捩った。足の間から漏れ出す蜜。紗紀の体の中を貫くディルドが、仕切りなく振動し犯していく。
 発情に身悶えする紗紀の肢体は、まるで熟れた果物のような淡い桃色をしていた。それでもまだ足りない、と。紗紀の体は、さらに熟していく。蜜の粘りが強くなり、香りが一層濃くなった。

「あ、ん……んぁあ」

 その様子を蒼は、黙って見ているしかなかった。自ら黙っている、というわけではない。声を発することも、体を動かすことも物理的に不可能な状態にあった。猿轡さるぐつわをかまされ、両手両足を縛られ拘束される。蒼はその拘束を解こうと必死にもがいていた。

「いい加減にしろよ、蒼」

 冷たい、いつもとは違う柊の声が、もがく蒼に容赦なく突き刺さる。蒼は堪らず頭上の柊を睨んだ。

「もう、俺と紗紀は番になったんだ。諦めろよ」
「ゔっ! ゔーっ!!」
「何だ? まだ〝運命の番〟とかほざいているのか?」
「ゔー! ゔゔーっ!」
「紗紀の〝運命の番〟は俺だ」
「ゔっ!!」

 柊は冷たい眼差しで、蒼を見下ろした。その目の中には、侮蔑や怒りの色が混ざる。瞬間、蒼は背中がヒヤッとするのを感じた。

「そうやって、意地を張って困らせて。またお前は、紗紀を傷つけるのか?」
「……」
「そこで見てろよ、蒼。俺が紗紀の番である事実を」

 柊は一言、蒼に冷たく言葉を投げつけると、ベッドで身悶える紗紀に近づく。そして、紗紀を犯していたディルドを一気に抜いた。
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