ソドムの御子〜my little hope〜

文字の大きさ
上 下
39 / 42

26th episode②

しおりを挟む
「そこで何をしている!!」
神祠の入り口から、怒号が響き。驚いた僕は、結界に伸ばしていた左手を引っ込めた。うっすらと自らを光らせて明かりを灯す大理石の円形の梁の下。白いマントを纏った男が五人。太陽のように放射状に金属が鋭く外に飛び出した、モーニングスターと呼ばれるドーンゲートの教えを象徴とする神聖なるその武器の先端が、紫色の光を反射して僕たちに向けられる。
……白燭の番人!!左目が見開いて、ゴクッと喉が鳴る。次の瞬間、カリマが右手をスッと動かして。蔓で自由を奪われているアスラを、番人の前に差し出した。アスラの顔が、強張る……。はみ出した足が、小刻みに震えている……。
「カリマ! おまえ、何を!?」
『邪神だ、受け取れ。白蝋燭』
「なっ!?」
信じられない……!! ヴァジュラを横取りするだけじゃなく、アスラを番人に差し出すなんて!! 左目に、左手に……血が集まるように、熱をおびてくる。
「やめろ……! カリマ……!!」
『そのかわり私を見逃せ。なぁに、悪さはしないさ』
「や、やめろーッ!!」
やめろ……やめてくれ……。アスラ……。
「アスラーッ!!」
僕が大切な名前を叫んだ瞬間。

ドシュ――。

アスラとカリマを繋いでいた束になっていた蔓が、バラバラっと落ちた。番人のモーニングスターが空を震わしてうねり、青々とした蔓を引き裂いたんだ。弾みでアスラが硬い大理石の床に落とされ、カリマが右手を勢いよく引いた。モーニングスターを振り回した番人は、距離をつめるように近づくと、身動きがとれないアスラの体を踏みつけて、声高に叫ぶ。
「ふざけるな!! 邪神カリマ!! 我々は、おまえを野放しにするほど落ちぶれてなどいない!!」
『ほう……こちらの正体までお見通しとはな……』
声の勢いそのまま。アスラを踏みつけていた番人が、アスラの小さな体を蹴飛ばして。「……うっ」と痛みと衝撃を我慢するアスラの小さな声がして、アスラの体は力なく僕の足元にゴロゴロと転がってきた。
「アスラ!!」
五人の番人のうち二人がモーニングスターを振り回しながら僕との間合いを詰めると、残る三人は素早く印を結び、古い言葉を詠唱しだした。強い風と眩しい光がモーニングスターの勢いを増幅させて、白い閃光となって僕に襲いかかる。右手の先から、ところどころに赤い花をつけたカリマの蔓が放射状に伸び、モーニングスターの攻撃を防いだ。
『……ちょっとは、できる奴等か』
そう呟いたカリマが番人の勢いに押されて体ごと押し戻されると、ガクッと膝を床についた。
……自らが発し、肌に触れる圧が。今までの番人と桁違いだ……。このままだと、カリマはおろかアスラまで……。芽吹いた不安と恐怖が、ジワっと体に染み込んでいく。……ヴァジュラが、必要なんだ。必要なのに……カリマには渡せない!! アスラに……アスラに……!!
「!?」
考えあぐねて焦りが体を固くしていたその時、僕の左手に何かがしがみつく感覚がした。
「アスラ!?」
アスラがボロボロの体を起こして、僕の手に体をあずけるようにしがみついている。僕の声など届くはずはないのに。僕の頬に手を添えて。ジッと、紫色の瞳を逸らすことなく僕を見つめて、にっこり笑った……。
「Et recordabor fœderis mei(契約を思い出せ)」
微かな、吐息まじりのアスラの声にのった、古い言葉。その声とその言葉が、すごく近くに感じた……。
「……ッ!?」
感覚のないはずの唇に、柔らかな感触がする。重なる……僕の唇とアスラの唇。その重なった感触は、体温と愛しさを取り戻すかのようにじんわりと広がっていく。……懐かしい、この感じ。アスラに出会ってまだ間もない頃の。ウィンディガシュタットからの帰り道、アスラを抱えて一本道を歩いていた時に交わした……キス。辛いこととかが、アスラの存在で和らいで。無条件に僕を愛してくれるアスラがいて。
……一番、幸せな時間だった。ずいぶん昔のことのように感じるあのひと時が、あの一瞬が、僕にとって一番の幸せで。記憶とそれを包んだあたたかさが、体の底から一気に押し寄せてきた。
「……アスラ」
意識しなくても、感情にまかせなくても。声が、自然にでた。……縛っていた蔓が、枯れてなくなったみたいに。僕の声はアスラに伝わって、それに応えるようにアスラがまた、にっこりと笑った。
……今だ……今なら……!! 目の前で繰り広げられる攻防など関係ないように、輝きを放ちながらゆっくりと漂うヴァジュラ。僕は躊躇なく手を伸ばした。薄い被膜のように、グニャリとして何の手応えもない結界。僕の腕に纏わり付きパチパチと小さな音を立てると、ピリピリとした痛さが強くなって。
……外へと、弾かれる!! ここで……こんなところで……。負けるわけにはいかないッ!!
「ッ……! うぁー!!」
足を踏ん張らせて。全身に力をこめ。気合いを声にのせて、左手に伝播させる。ガタガタにぶれる腕を鎮めるように、ギュッと拳を握りしめた。
刹那に。僕の腕に纏わりついていた被膜が一気に硬化し、ヴァジュラを覆っていた歪んだ空間に広がると、パリンと薄氷が砕けちる音がした。

――ドゥゥン。

薄氷の下に淀んで溜まっていた水が、閉じ込められていた窮屈さを一斉に吐き出すように。今までに感じたことのない、嵐のような圧力が体にぶつかる。稲妻のような青白いの光と、その光を帯びた風が。渦をまいて上昇すると、天井のステンドグラスをぶち抜いて、僕たちに向かって急降下した。
まるで、竜のような。竜は怒りを剥き出しにして、僕たちに襲いかかってくる……。頭から降り注ぐ風と光に、耐えかねた左手が大きく震えながらも。僕は左手に握られた、冷たい貴石の感触を逃さないと必死に踏ん張っていたんだ。……アスラのヴァジュラが。あれほど欲して、僕とアスラの小さな希望だったヴァジュラが……。今、僕の手の中に……ある!!
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

底辺αは箱庭で溺愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:5,729pt お気に入り:1,144

【完結】PKゲーム【R18】

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:19

αとβ、そしてΩ

BL / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

兄ちゃん、これって普通?

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:210

君の声が届くまで。

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:8

【完結】悪役令嬢、ヒロインはいじめない

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:334

処理中です...