この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

文字の大きさ
113 / 169
第三章 砂漠の魔女編

33.甘美な鳴き声

しおりを挟む
 暴走する白蛇を守るため、立ち塞がったエルフの生き残りと褐色肌の鳥使い。だがラボンの操る圧倒的な魔術を前に、二人は身体の自由を奪われてしまう。

 拒む意識とは裏腹に、レンリはその手を白蛇へ向けトドメの一撃を放とうとしていた。危機的状況の中、シキの一声でネオンは洗脳されたオームギとレンリに触れる。

 ネオンに触れられた二人は、せき止められていた川が溢れ出すように多量の汗を頬へ伝わせた。

「間に合った、か……」

「…………」

 息を取り乱しながらも、落ち着きを取り戻すオームギとレンリ。あと一歩のところで作戦を邪魔されたラボンは、眉間にしわを寄せ歪んだ表情で邪魔をしたシキとネオンを睨み付けた。

「おやおや……本当に邪魔な人達です。ミネルバ君!!」

「はぁいラボン様っ。欲深き双武器アワリティア・ハルバード!!」

「させない、氷結精製:フリージングビルド:氷柱の監獄アイシクルプリズン!!」

 ラボンの一声により、エルフ型の魔物を薙ぎ払っていたミネルバが飛び込む。放たれた赤い閃光はネオンを目掛けて一直線に伸び、ラボンの能力を解いてしまう彼女の無効化を図った。だがネオンのピンチにいち早く反応したのは、同じくエルフ型の魔物に囲まれていたエリーゼであった。

 離れた戦場から真っ直ぐ伸びるミネルバの動きを予測し、彼女の前へ氷で出来た多数の檻を設置する。斧と槍双方の衝撃を起こす斧槍も、刃先が当たるまではただの刺突に変わりない。
 不規則に設置された氷の檻はそれぞれに歪な隙間を持っており、真っ直ぐに突き進むミネルバの斧槍が直撃する物もあれば、隙間を通り抜けミネルバの身体のみに当たる物も混在していた。

 立ち塞がる檻を壊すため斧での斬撃に切り替えざるを得ないミネルバは、ラボンの呼びかけに答えるまでにタイムラグを要してしまう。

 協力関係にあった相手には裏切られ、寡黙な部下は気を失い、一番の側近はここぞという時に間に合わない。刺客達が役に立たないと判断するや否や、ラボンは抱えていた長毛の猫を野に放つ。

「にゃー」

 長毛の猫は呑気な声を戦場へと響かせる。同時に、倒れていた獣型の魔物が血肉を漏らしながら立ち上がる。立ち上がった魔物達は長毛の猫を中心として鋭い牙を剥き出しにし、取り囲むシキやレンリ達へ睨みを利かせていた。

「まさか、この猫が操っていたとでも言うのか……!?」

 本来絶命しているはずの魔物すら操る、新たなる刺客。ラボンという男の長寿の血に対する異様な執着を目の当たりにして、シキはどうすればこの男に勝てるのか思考を張り巡らせる。

 覆せない数的有利に暴走する白蛇のタイムリミット。そして洗脳という圧倒的な制圧力を誇る術を前に、シキが今勝利を掴むために出来る事とは。

 答えの見えないギリギリの状況下で、彼の考えを一瞬にして吹き飛ばしたのは、それを隣で見ていたレンリの言葉であった。

「お、お前は……まさか……!!」

 驚きの声を抑えきれないレンリ。シキが彼へ視線を向けてみると、レンリが驚いているのはどうやら長毛の猫の存在のようであった。
 仲間にすら見せていなかった切り札を切ったのか。レンリは想定を超える刺客の存在に驚いているのだと思った。だが実際はまるで違っていた。

 レンリは相棒達を助けるためにやり方の気に入らないラボンへ協力していた。だがその正体は、彼らへ協力すればハロエリとハルウェルを助けられる。そう思い込まされていたに過ぎなかった。そもそも赤の国の刺客である彼らは、レンリと相棒達の協力をする気すら無かったのだ。

 ラボンの言葉と行動の矛盾によりレンリの洗脳に歪みが生じ、結果として彼はラボンを裏切る選択を取った。だが、それだけではなかった。レンリが騙されていたのは、相棒の治療方法だけではなかった。もっと残酷な真実。今までの自分の行動に吐き気すら覚える嫌悪。騙され続けた、彼らの正体。それは。


「ハロエリとハルウェルをこんな状態にしたのは、お前じゃないか……ヴァーミリオン!!」


 ネオンに触れられ、レンリにかかっていた全ての洗脳が解ける。

 レンリの言葉に返事をしたのは、目を真っ赤にして白蛇を睨んでいた貴族風の男ではない。彼よりもっと下の位置。後ろ足で呑気に身体を掻く小さな毛玉にして、刺客達を取りまとめる真のボス。

 男の腕に抱えられていた長毛の猫こそが、生物兵器の第一人者にして赤の国グラナートの幹部が内の一人。この事件の真の黒幕、ヴァーミリオンであった。


「おやおや、バレてしまいましたか」


 長毛の猫は、甘い鳴き声を上げレンリの言葉を嘲笑っていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

異世界でぼっち生活をしてたら幼女×2を拾ったので養うことにした【改稿版】

きたーの(旧名:せんせい)
ファンタジー
自身のクラスが勇者召喚として呼ばれたのに乗り遅れてお亡くなりになってしまった主人公。 その瞬間を偶然にも神が見ていたことでほぼ不老不死に近い能力を貰い異世界へ! 約2万年の時を、ぼっちで過ごしていたある日、いつも通り森を闊歩していると2人の子供(幼女)に遭遇し、そこから主人公の物語が始まって行く……。 ――― 当作品は過去作品の改稿版です。情景描写等を厚くしております。 なお、投稿規約に基づき既存作品に関しては非公開としておりますためご理解のほどよろしくお願いいたします。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

処理中です...