この世界には『私』が眠っている。〜記憶喪失で魔術の使えない男は、一言も喋らない少女と共に『魔力』を取り戻す旅に出る〜

夜葉@佳作受賞

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第三章 砂漠の魔女編

35.全ては貴方のために

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「そ、そんな、逃げられた!?」

 欲深き双武器アワリティア・ハルバードを天へと掲げたミネルバは、真の黒幕であった長毛の猫ヴァーミリオンを肩に乗せ地下空間から脱出した。

 オームギの恐れていた事態。エルフという種族の存在が、己という生き残りの存在が外部に漏れる。
 オームギは後一歩のところで、最後の砂漠へ眠る遺物を見つけ自身の存在を消し去る直前で、百年以上費やしたその野望は失敗へと終わってしまった。

 どうしようもない絶望を受けてなお、救いの手はまだ差し伸べられていない。

「奴らより先に今はこの白蛇だ! オームギ、お前の大鎌でこいつのエーテルを回収出来ないのか!?」

「無理よ……量が膨大過ぎて何度斬り突ければいいのか。それに、これ以上この子を傷つけるなんて私には出来ない」

「ならばどうする!? 一か八か、ネオンへ触れさせて暴走を止めればあるいは……!」

 橙のエーテルコアも一緒に消滅してしまうかもしれない。しかし今ここから生き延びるには。
 どうにかして現状を打破する術はないか、シキ達は総出で知識を捻り出そうとする。しかしそこへ襲い掛かったのは、気を失い動けなくなっていたスワンプであった。

「ゥゥゥゥゥ……スワンプ・スタンプゥ!!」

 まとわりついていた氷を砕き、スワンプは再び暴れ出す。衝撃波は固まっていたシキ達へと襲い掛かり、白蛇の対策を考えていた彼らの邪魔をする。

「っ、こいつ、捨てられてなお襲い掛かって来るのか!?」

「違う!! こいつも俺のように操られているんだ!!」

 脱出したヴァーミリオンは、最後の妨害として動けなくなっていたスワンプを無理やり起こし暴れさせていた。彼らがこのまま脱出出来なければ、赤のコアも青のコアも、オームギやネオンの亡骸もこの地で眠る事になるのだ。
 ヴァーミリオンは最後まで自分の利益になる事しか考えていない。全てを手に入れるため、彼は利用出来る全てを支配する。

「俺と相棒達で奴の動きを抑える! 氷の女! 身動きが取れない間に封じ込めろ!!」

「は、はい!!」

「無口のお前はその後すぐ奴に触れるんだ!!」

「…………!」

 レンリ達とエリーゼ、ネオンは協力し暴れ狂うスワンプを封じ込める作戦に出る。その間にシキとオームギは白蛇の対策を必死に考えていた。

「……そうだ。シキ、これ。この短剣ならあの子のエーテルをどうにか出来るんじゃないの……!?」

 オームギは懐から、シキから預かっていた短剣を取り出す。その名は『大食らいの少身物グラットン・ダガー』。その斬撃は記憶をエーテルごと吹き飛ばし、その刃は記憶ごとエーテルを食らう大罪武具が内の一つである。だがシキはオームギの提案を否定する。この短剣では、過度なエーテルの出力によって悶え苦しむ白蛇を救い出す事は出来ない。

「その短剣では無理だ。その刃の効力は二つ。触れた相手のエーテルを削り直前の記憶を消し去るのと、特定のエーテルを断ち記憶の一部を欠落させる事しか出来ない。そしてお前に伝えた通り、私には後者の使い方は分からない。お前の大鎌と同じように、奴を何度も傷つけるしか使い道は無いのだ……」

「そんな……なら他に、何か他にあの子を救い出す方法は無いの……? あの子すら、私には助け出す事なんて出来ないって言うの……?」

 隠し通したかった情報は持ち出され、オームギのために生まれた存在すら助ける事が出来ない。何も無い地下空間で、崩壊する恐れのあるタイムリミットの中で、数多の知識を持つ賢人には、出来る事なんて何も無かった。

 大鎌や短剣で白蛇から余剰なエーテルを取り除くか、洗脳を解くためネオンが触れ白蛇を構成するエーテルごと吸収するか、それとも刺客達のようにこの場から逃げ出すか。どの手法を取っても後味の悪い策しか思いつかず、オームギはただただ絶望するしかなかった。

 だがそんな中。オームギと同じような策しか思いつかないシキであったが、彼はまだ諦めていなかった。
 白蛇の暴走を止めるには、ヴァーミリオンの洗脳を解き理性を取り戻させるだけではもう間に合わない。白蛇の持つ膨大なエーテルを制御せねば、この空間ごと崩壊するに他ならないからだ。

 だがエーテルを制御するにも策がない。大鎌や短剣では時間がかかる上にさらに白蛇を刺激してしまう。
 かといってネオンが触れるものなら、エーテルコアと共に白蛇へ貯め込まれたエーテルの制御が効かなくなってしまう。そして何より、白蛇の持つ橙のエーテルコアが壊れてしまうかもしれないのだ。

 膨大なエルフのエーテルが貯め込まれたエーテルコア。そんなものが壊れてしまえば、エルフのエーテルは再びこの世界へ放たれ彷徨い続ける事になる。ネオンが触れてしまっては、エルフの魂すら救う事が出来ないのだ。そう、触れるのがネオンだったなら。

「…………私には。私の体内には、二つのエーテルコアが眠っている。その二つは私が触れ、私の中へと取り込まれたものだ」

「貴方の記憶がコアの中に眠っている。初めて会った時、貴方はそう言ってたわね。でもどうして今それを……」

「私が白蛇のコアへと触れ、奴の持つ膨大なエーテルごと私が取り込む。そうすれば、暴走するエーテルも蓄積された記憶も私の中へと眠って行く。エーテルを私の中へ取り込めたのなら、あの白蛇は貯め込まれたエーテルを失い、元の姿へと戻るのではないか?」

「……!! 確かに、コアを壊さずあの子も傷つけず取り除けるなら、これ以上の暴走はせずあの子も力を失って大人しくなるかもしれない」

 シキの提案は、絶望的な状況下で先の見えなくなっていたオームギを驚かせた。賢人である彼女すら知らない未知の能力をもってして、シキは暴れ狂う白蛇からコアを吸収しようと言い出したのだ。

「賢人の見分も得られた事で、今一度聞くぞ。オームギ」

「なにを……」

「オームギ。お前の仲間達の記憶が眠るエーテルコアを、今私は回収すると言っている。もし私が回収をしたなら、お前が最初に言っていた記憶を集め歴史から姿を消すという目的とは反する結果になるだろう。それでも。奴を止めるために、私はあのコアに触れて良いのだな?」

 シキは改めてオームギの顔を見つめる。エルフの記憶を譲渡するというこの判断は、過去に囚われ身を隠したいと思っていたオームギにとっては最悪の結果であるだろう。
 しかし、オームギが新たな出会いを歓迎するというのなら。百年以上のしがらみから解き放たれ、新たな人生を歩みたいと言うのなら。シキの提案は、他でもない始まりの一歩になるのであった。

 オームギは考える。深く目を閉じ、過去に想いをはせて。大切な仲間達はもういない。仲間達の記憶も、残された遺物も、今目の前のコアをもって砂漠へ眠る全ての遺産は回収されるだろう。
 そして、隠したかった自身の存在は外部へと持ち出されてしまった。再び姿を隠し世界から忍び暮らしたいと言うのなら、オームギは逃げた刺客達を追わなければならない。

 過去へと消えた仲間達の事を想って。残された自身の事を考えて。オームギはもう、他の答えなんて微塵も考えていなかった。

「もちろんよ。必ずあの子を助け出す。同胞の魂を眠らせるために貴方達と協力していたのだから、他の答えなんてある訳ないでしょ」

 オームギはもう、迷わない。

 いつだって一番に考えていたのは、亡くなった仲間達の事だったのだから。

 仲間達のために動けるのなら、オームギは何者にだってなれるのだから。
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