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4部
セレナーデの知らない話(アニデス)
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「へぇー。本当にピンクの頭してるんだな」
その日、強制労働の仕事場から修道院へと戻る途中、キャンベラに声をかける者があった。
北の地で強制労働をさせられ1年半が過ぎ、美しかったピンクの髪は色褪せて傷みでボサボサ。白い肌はくすみ、愛らしい、可愛いと言われた顔も衰えて、澄んだ空のようだと男達に見つめられた瞳も輝きを失っている。
この地に来て、キャンベラに声をかける男は監守役人か破落戸ぐらいだ。
だが、この男は違う。
多少ほこりを被っていても、見ればわかる上質なローブ。所作にもどこか品がある。貴族だ。
「…だれ?」
男は頭に被っていたローブを下ろし、キャンベラに向かって笑みを見せる。
キャンベラはその男を知っていた。
会ったことはない。だが、知っている。
「アニデス…!?」
「ああ、やっぱり俺のことがわかるのか。なんだっけ…あ。『攻略対象者』だ」
「!!」
キャンベラはその言葉に目を見開いた。
ーーなぜ、彼がゲームのことを知っているの!?
アニデスは乙女ゲームに出てくる攻略対象者だ。街に買い物に出て攫われかける主人公を助けてくれる遊び人な子爵子息。
だが、遊び人なアニデスよりも学園の攻略対象者の方が好みだったキャンベラは街へは行かず、イベントは発生しなかった。
だから、出会うことのないはずの攻略対象者。
「一度見てみたかったんだ、妹を苦しめたモノを」
「…妹?」
「ん?俺のことを知ってるんじゃないのか?俺はアニデス。アニデス・バーンハイムだ」
「それは知って……バーン…ハイム?」
キャンベラの脳裏にチョコレート色の髪の娘が過る。我知らず憎悪に表情が歪んだ。
「こわ…!」
「…っ、あのバグ女の…そうだわ!」
キャンベラはアニデスルートを切り捨てていた為、忘れていた。
アニデスを選びストーリーを進めると妹が悪役令嬢として登場する。
そして、妹はキャンベラへの意地悪で断罪され、アニデスの手によって殺されるのだ。
「バグ女か。『バグ』の意味はよくわからないが、セレナが特殊だということだろう」
「特殊なんてもんじゃないわ。あの女のせいでめちゃくちゃよ!…どうして、あんな女が…っ」
忌々しげに言うキャンベラをアニデスはカラカラと笑う。
「ピンクの髪がコンプレックスで引っ込み思案、うつむいてばかりいたロックハート男爵令嬢が
原因不明の高熱で死にかけ、目覚めたら積極的で天真爛漫な性格に変わっていたとか。
あんたの事を少し調べたが、覚醒したのは学園に入学する少し前か?」
「…そうよ。目が覚めたら乙女ゲームの主人公キャンベラ・ロックハートになっていたの」
「乙女ゲームの主人公ねぇ」
「貴方はいつ、覚醒したの?」
「俺は覚醒なんかしちゃいない」
「嘘!だって、おかしいじゃない。その知識は…」
キャンベラの目には救いを求めて縋るような光があり、アニデスは苦笑するしかなかった。
「俺はただ、話を聞いただけだ」
「話って…でも!」
「隣国で会った男はこの世界は『ラノベ』の世界だと言っていた。事故で死んで、転生したのだそうだ」
「『ラノベ』の世界!?」
「面白だろう?この国は『乙女ゲーム』あちらの国は『ラノベ』だそうだ
俺達はこうして息をして、日々を懸命に生きているというのに可笑しな話だろう」
意味がわからず愕然としているキャンベラを他所に、アニデスは昔のことを思い出していた。
セレナーデがまだ幼かった頃、5つになった辺りで夜泣きをするようになった。
子供部屋は並んでいて、隣室のアニデスは誰よりも早く泣き声に気づいて、セレナーデの元へ駆けつけた。
「セレナなにもしてないのに、にーさまに、殺される」
「僕がセレナを殺したりするわけないじゃない!」
「にーさまが、死ねっていって、剣で斬る」
はじめはただの悪夢かと思ったが、セレナーデは毎夜同じ夢を見て泣くようになった。
そのくせ、翌朝起きれば夢のことも夜中に泣いて起きたことも忘れてケロリとしている。
「どうして、セレナは殺されちゃうの?」
その夜もセレナーデは夜泣きした。
セレナーデの目はどこか虚ろで、焦点が合っていないようだった。
「にーさまがおうちにピンクの髪の女の子を連れてきて…私がその女の子をいじめたって、にーさまは怒るの…それで…」
それは全く信じられないような話だった。だが、妙に具体的で
「セレナ、その女の子は誰?」
「んー…だんしゃく令じょうのキャンベラ…乙女げーむの主人公」
「乙女げーむって何?」
「んー……わかんない…でも、げーむなの」
気になったアニデスはセレナが言うことを紙に記録するようにし、繰り返し尋ねた。
そして実際に調べると、確かにロックハート男爵家にはピンクの髪をしたキャンベラという令嬢がいた。
まだ幼く、外に出る機会も少ないセレナーデが出会うはずのない男爵令嬢をなぜ知っているのか。
「…セレナ、教えて。僕がそのキャンベラ嬢を好きにならない方法ってないの?」
「ないよ。だってキョーセーリョクがあるから。好きになっちゃうの。だから、セレナを殺すの」
「でも、僕はセレナを殺したくないよ」
「ちかくにいたら、会っちゃうの。会うと、一番好きになるの…セレナは死ぬの」
幼い妹が虚ろな目で「死ぬ」「殺す」と言う度、アニデスの不安が増した。
親に相談しようかとも思ったが、さすがにこんな話は信じてはもらえないだろう。
「僕が女の子を連れてくるのはいつ?」
「…おっきくなってから」
「どのぐらい?女の子は何歳ぐらい?」
「んー……女の子は、お姉さんの学校の服着てる」
アニデスは以前セレナと出かけた時に見かけた、貴族令嬢達を思い出した。
カフェでお茶をしている数人の令嬢は王立学園の制服姿。
「大きくなったらセレナもあの制服を着て学校に通うんだよ」と教えた。
数年先を夢に見ているのか…?
もっと情報が欲しい。確かめるための…
毎夜繰り返し繰り返し質問する日々が続いた。すると次第にセレナーデの様子がおかしくなっていった。
昼間でもぼーっとして、突然眠りだしたり、ピタリと動きを止めて虚ろな目をしたり。
気づいた両親が医者に診せたが、異常はないと診断された。
「目の下にクマができていますので熟睡できていないのかもしれません。軽い睡眠薬を出しましょう」
薬を飲むようになってから、セレナーデの夜泣きはなくなり、日中突然眠りだす異常事態も無くなった。
アニデスはセレナーデに夢の話を聞くことを止めた。
本来、眠って忘れるはずのことを自分が掘り下げて繰り返し聞いた為に異常を起こしたのでは、と焦ったからだ。
それからも稀にではあるがセレナーデはおかしなことを言って、自分で首を傾げていた。
「セレナ。この世界は不思議なことがいっぱいだ」
「不思議なことがいっぱい?」
「そう。だから、わからないことがあるのは当たり前なんだよ」
「よくわからない言葉が浮かぶの…それも当たり前?」
「そ。この世界は不思議なことがいっぱいだからね。深く考える必要はない」
アニデスはセレナーデに暗示をかけるように言い聞かせた。
「この世界は不思議なことがいっぱいだ」
そのうちセレナーデは少しばかり変わった所はあれど、概ね普通のご令嬢として落ち着いた。
アニデスはセレナーデに日記帳を贈り、その日の出来事や思ったことを記録する癖をつけさせた。
「何かする時はできるだけ第三者を伴って行動しろ。証人は大事だ」
「証人って、兄様?」
「いいな。できれば大人を巻き込め。間違っても冤罪を被ることがないように」
「冤罪!?」
そして、妹殺しを回避するためアニデスは留学を決意したのだ。
ーー今思えば、眠っている間に修復される小さな綻びを自分が広げ、『バグ』が修正されずに残ってしまったのでは…
「オリオン殿が『攻略対象者』だったとは知らなかった」
「オリオンのルートは比較的簡単なのよ。
私に恋をして自分から婚約者に婚約の解消を申し出るから、障害も少ないし」
「婚約解消?…その場合セレナーデは卒業の夜会には出席しないのか」
「そうよ。そもそも名前しか出てこないようなモブ中のモブよ!
断罪劇の後、万民の祝福を受けて私が王太子殿下と結婚し、
王太子妃になってもオリオンは私への想いを秘めたまま生涯忠誠を尽くして、
近衛騎士として侍る。これが本当のハッピーエンドなのに」
くすんだピンクの髪の女が爪を噛む。
セレナーデからこぼれ落ちる知識は完全ではない。
本人にも深く考えることなく忘れるように促しているため、把握していない。
何も知らず強制力に支配されていた筈のオリオンだが『乙女ゲーム』の渦中からセレナーデを遠ざけ、婚約解消を申し出ることは無かった。
結果、セレナーデは夜会に出席し断罪劇をひっくり返した。
「想いを秘めたままって…だいぶ公の秘密になっているようだが?」
「あれは!あのバグ女の所為よ。オリオンが喋るわけないんだから、二人だけの秘密で終わる筈だった」
「ああ『ご都合』というやつか」
王位継承権を持つものの伴侶には純潔が求められるが、
その辺も『ご都合』で誤魔化される筈だったか、
それとも体を繋げたのは『シナリオ』を無視したこの女の勝手な行動か。
「エンド。ということは『乙女ゲーム』は第一王子殿下と結婚した時点で終了ということだったのか」
「…私の記憶ではそこまでよ」
アニデスは聞きたかった答えをもらい、安堵のため息を吐いた。
ーー妹殺しは回避できた。もう、セレナーデが泣くことはない
「邪魔したな」
「待ちなさいよ!それだけ知識があるなら知ってるんでしょ」
「何を?」
「ココから出る方法よ。その隣国の『ラノベ』だと言った男はどうなったの?」
「…ココを出る?お前の中身が誰かは知らないが、お前はキャンベラ・ロックハートだ。
罪を犯したのはお前自身、処罰を受け罪を贖うのも当然お前自身だ」
「……っ」
「この世界を『ラノベ』だと言った男は、男爵子息として役割を果たし、この世界を満喫している」
後はもうこの女に用はない。アニデスはひらひらと手を振って背を向ける。
背後の修道院から微かに甲高い赤ん坊の泣き声がしていた。
アニデスは振り返ることなくローブを被り直し、立ち去った。
その日、強制労働の仕事場から修道院へと戻る途中、キャンベラに声をかける者があった。
北の地で強制労働をさせられ1年半が過ぎ、美しかったピンクの髪は色褪せて傷みでボサボサ。白い肌はくすみ、愛らしい、可愛いと言われた顔も衰えて、澄んだ空のようだと男達に見つめられた瞳も輝きを失っている。
この地に来て、キャンベラに声をかける男は監守役人か破落戸ぐらいだ。
だが、この男は違う。
多少ほこりを被っていても、見ればわかる上質なローブ。所作にもどこか品がある。貴族だ。
「…だれ?」
男は頭に被っていたローブを下ろし、キャンベラに向かって笑みを見せる。
キャンベラはその男を知っていた。
会ったことはない。だが、知っている。
「アニデス…!?」
「ああ、やっぱり俺のことがわかるのか。なんだっけ…あ。『攻略対象者』だ」
「!!」
キャンベラはその言葉に目を見開いた。
ーーなぜ、彼がゲームのことを知っているの!?
アニデスは乙女ゲームに出てくる攻略対象者だ。街に買い物に出て攫われかける主人公を助けてくれる遊び人な子爵子息。
だが、遊び人なアニデスよりも学園の攻略対象者の方が好みだったキャンベラは街へは行かず、イベントは発生しなかった。
だから、出会うことのないはずの攻略対象者。
「一度見てみたかったんだ、妹を苦しめたモノを」
「…妹?」
「ん?俺のことを知ってるんじゃないのか?俺はアニデス。アニデス・バーンハイムだ」
「それは知って……バーン…ハイム?」
キャンベラの脳裏にチョコレート色の髪の娘が過る。我知らず憎悪に表情が歪んだ。
「こわ…!」
「…っ、あのバグ女の…そうだわ!」
キャンベラはアニデスルートを切り捨てていた為、忘れていた。
アニデスを選びストーリーを進めると妹が悪役令嬢として登場する。
そして、妹はキャンベラへの意地悪で断罪され、アニデスの手によって殺されるのだ。
「バグ女か。『バグ』の意味はよくわからないが、セレナが特殊だということだろう」
「特殊なんてもんじゃないわ。あの女のせいでめちゃくちゃよ!…どうして、あんな女が…っ」
忌々しげに言うキャンベラをアニデスはカラカラと笑う。
「ピンクの髪がコンプレックスで引っ込み思案、うつむいてばかりいたロックハート男爵令嬢が
原因不明の高熱で死にかけ、目覚めたら積極的で天真爛漫な性格に変わっていたとか。
あんたの事を少し調べたが、覚醒したのは学園に入学する少し前か?」
「…そうよ。目が覚めたら乙女ゲームの主人公キャンベラ・ロックハートになっていたの」
「乙女ゲームの主人公ねぇ」
「貴方はいつ、覚醒したの?」
「俺は覚醒なんかしちゃいない」
「嘘!だって、おかしいじゃない。その知識は…」
キャンベラの目には救いを求めて縋るような光があり、アニデスは苦笑するしかなかった。
「俺はただ、話を聞いただけだ」
「話って…でも!」
「隣国で会った男はこの世界は『ラノベ』の世界だと言っていた。事故で死んで、転生したのだそうだ」
「『ラノベ』の世界!?」
「面白だろう?この国は『乙女ゲーム』あちらの国は『ラノベ』だそうだ
俺達はこうして息をして、日々を懸命に生きているというのに可笑しな話だろう」
意味がわからず愕然としているキャンベラを他所に、アニデスは昔のことを思い出していた。
セレナーデがまだ幼かった頃、5つになった辺りで夜泣きをするようになった。
子供部屋は並んでいて、隣室のアニデスは誰よりも早く泣き声に気づいて、セレナーデの元へ駆けつけた。
「セレナなにもしてないのに、にーさまに、殺される」
「僕がセレナを殺したりするわけないじゃない!」
「にーさまが、死ねっていって、剣で斬る」
はじめはただの悪夢かと思ったが、セレナーデは毎夜同じ夢を見て泣くようになった。
そのくせ、翌朝起きれば夢のことも夜中に泣いて起きたことも忘れてケロリとしている。
「どうして、セレナは殺されちゃうの?」
その夜もセレナーデは夜泣きした。
セレナーデの目はどこか虚ろで、焦点が合っていないようだった。
「にーさまがおうちにピンクの髪の女の子を連れてきて…私がその女の子をいじめたって、にーさまは怒るの…それで…」
それは全く信じられないような話だった。だが、妙に具体的で
「セレナ、その女の子は誰?」
「んー…だんしゃく令じょうのキャンベラ…乙女げーむの主人公」
「乙女げーむって何?」
「んー……わかんない…でも、げーむなの」
気になったアニデスはセレナが言うことを紙に記録するようにし、繰り返し尋ねた。
そして実際に調べると、確かにロックハート男爵家にはピンクの髪をしたキャンベラという令嬢がいた。
まだ幼く、外に出る機会も少ないセレナーデが出会うはずのない男爵令嬢をなぜ知っているのか。
「…セレナ、教えて。僕がそのキャンベラ嬢を好きにならない方法ってないの?」
「ないよ。だってキョーセーリョクがあるから。好きになっちゃうの。だから、セレナを殺すの」
「でも、僕はセレナを殺したくないよ」
「ちかくにいたら、会っちゃうの。会うと、一番好きになるの…セレナは死ぬの」
幼い妹が虚ろな目で「死ぬ」「殺す」と言う度、アニデスの不安が増した。
親に相談しようかとも思ったが、さすがにこんな話は信じてはもらえないだろう。
「僕が女の子を連れてくるのはいつ?」
「…おっきくなってから」
「どのぐらい?女の子は何歳ぐらい?」
「んー……女の子は、お姉さんの学校の服着てる」
アニデスは以前セレナと出かけた時に見かけた、貴族令嬢達を思い出した。
カフェでお茶をしている数人の令嬢は王立学園の制服姿。
「大きくなったらセレナもあの制服を着て学校に通うんだよ」と教えた。
数年先を夢に見ているのか…?
もっと情報が欲しい。確かめるための…
毎夜繰り返し繰り返し質問する日々が続いた。すると次第にセレナーデの様子がおかしくなっていった。
昼間でもぼーっとして、突然眠りだしたり、ピタリと動きを止めて虚ろな目をしたり。
気づいた両親が医者に診せたが、異常はないと診断された。
「目の下にクマができていますので熟睡できていないのかもしれません。軽い睡眠薬を出しましょう」
薬を飲むようになってから、セレナーデの夜泣きはなくなり、日中突然眠りだす異常事態も無くなった。
アニデスはセレナーデに夢の話を聞くことを止めた。
本来、眠って忘れるはずのことを自分が掘り下げて繰り返し聞いた為に異常を起こしたのでは、と焦ったからだ。
それからも稀にではあるがセレナーデはおかしなことを言って、自分で首を傾げていた。
「セレナ。この世界は不思議なことがいっぱいだ」
「不思議なことがいっぱい?」
「そう。だから、わからないことがあるのは当たり前なんだよ」
「よくわからない言葉が浮かぶの…それも当たり前?」
「そ。この世界は不思議なことがいっぱいだからね。深く考える必要はない」
アニデスはセレナーデに暗示をかけるように言い聞かせた。
「この世界は不思議なことがいっぱいだ」
そのうちセレナーデは少しばかり変わった所はあれど、概ね普通のご令嬢として落ち着いた。
アニデスはセレナーデに日記帳を贈り、その日の出来事や思ったことを記録する癖をつけさせた。
「何かする時はできるだけ第三者を伴って行動しろ。証人は大事だ」
「証人って、兄様?」
「いいな。できれば大人を巻き込め。間違っても冤罪を被ることがないように」
「冤罪!?」
そして、妹殺しを回避するためアニデスは留学を決意したのだ。
ーー今思えば、眠っている間に修復される小さな綻びを自分が広げ、『バグ』が修正されずに残ってしまったのでは…
「オリオン殿が『攻略対象者』だったとは知らなかった」
「オリオンのルートは比較的簡単なのよ。
私に恋をして自分から婚約者に婚約の解消を申し出るから、障害も少ないし」
「婚約解消?…その場合セレナーデは卒業の夜会には出席しないのか」
「そうよ。そもそも名前しか出てこないようなモブ中のモブよ!
断罪劇の後、万民の祝福を受けて私が王太子殿下と結婚し、
王太子妃になってもオリオンは私への想いを秘めたまま生涯忠誠を尽くして、
近衛騎士として侍る。これが本当のハッピーエンドなのに」
くすんだピンクの髪の女が爪を噛む。
セレナーデからこぼれ落ちる知識は完全ではない。
本人にも深く考えることなく忘れるように促しているため、把握していない。
何も知らず強制力に支配されていた筈のオリオンだが『乙女ゲーム』の渦中からセレナーデを遠ざけ、婚約解消を申し出ることは無かった。
結果、セレナーデは夜会に出席し断罪劇をひっくり返した。
「想いを秘めたままって…だいぶ公の秘密になっているようだが?」
「あれは!あのバグ女の所為よ。オリオンが喋るわけないんだから、二人だけの秘密で終わる筈だった」
「ああ『ご都合』というやつか」
王位継承権を持つものの伴侶には純潔が求められるが、
その辺も『ご都合』で誤魔化される筈だったか、
それとも体を繋げたのは『シナリオ』を無視したこの女の勝手な行動か。
「エンド。ということは『乙女ゲーム』は第一王子殿下と結婚した時点で終了ということだったのか」
「…私の記憶ではそこまでよ」
アニデスは聞きたかった答えをもらい、安堵のため息を吐いた。
ーー妹殺しは回避できた。もう、セレナーデが泣くことはない
「邪魔したな」
「待ちなさいよ!それだけ知識があるなら知ってるんでしょ」
「何を?」
「ココから出る方法よ。その隣国の『ラノベ』だと言った男はどうなったの?」
「…ココを出る?お前の中身が誰かは知らないが、お前はキャンベラ・ロックハートだ。
罪を犯したのはお前自身、処罰を受け罪を贖うのも当然お前自身だ」
「……っ」
「この世界を『ラノベ』だと言った男は、男爵子息として役割を果たし、この世界を満喫している」
後はもうこの女に用はない。アニデスはひらひらと手を振って背を向ける。
背後の修道院から微かに甲高い赤ん坊の泣き声がしていた。
アニデスは振り返ることなくローブを被り直し、立ち去った。
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