“魔剣" リルムリート

さよなら本塁打

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序章2 運命の夏の日! 美少年と謎の男

第3話 “魔剣"の声

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『……私を……探してみない?……』 


 隼人が聴いたその声は、耳を通したものではない。彼の頭に直接響いてくる。 


『……とても……おもしろい力を……持っているのね……』 


(誰?) 


 隼人の問いは口に出したものではなかったが、それでも疎通した。 


『……私は……わりと近くにいるのよ……探しだせれば……大きな力に』 


 声は若い女のものだ。だが、ねっとりと絡みつくような声質と、挑発的なイントネーションが年齢の推測を困難にする。少女にも大人にも聴こえる。 





「ん?どうしたね、隼人君」 


 現実に聴こえるその声で、隼人は我に返った。どうやら、一郎には聴こえなかったらしい。 


「日射病にでもかかったか?ぼーっとしとったぞ」 


 あわてて首を振る隼人。 


「あ……いや、なんでもないです」 


 もう一度、冷たい川の水で顔を洗った。昨日までの逃走劇で疲れていたのかもしれない。 





 一郎の家に戻ると、啓子が出迎えた。 


「おかえりなさい……」 


 小さな声は、自分の祖父に向けたものなのか、正体不明の客人に向けたものなのかはわからなかったが、さきほど隼人の脳内に聴こえた声に比べると、クセのない素直なものである。そして、優しい。よく日に焼けているが、それが見た目を損なってはいない。おさげがかわいらしい娘である。 





「ところで、さっきも言ったが、行くところがないのなら今夜はここに泊まりなさい。子供が野宿なんて危ないからの」 


 昼食は、啓子が用意した冷や素麺だった。さきほど、たらふく食った上に、暑さもあいまって、隼人はさほど腹がすいていなかった。軽くとれるものがありがたかった。それをすすりながら、一郎が言った。 


「あの……本当にいいんですか?」 


 隼人の言葉は遠慮したものでもあり、一郎の考えをさぐってみたものでもあった。どこの誰かもわからない少年を家に入れて、不安はないのだろうか。しかも、女の子がいるというのに。 


「構わんよ。あんたが悪いことをする子だとは思えんしの」 


 一郎の言葉に隼人は驚いた。こちらの思ってることを読まれているように感じたからだ。それが年の功ならば、とても子供が太刀打ちできる相手ではない。 


 傍らの啓子は、祖父に目を合わせてふたりの話を聞いていたが、何も言わなかった。いつも通りの穏やかなふたり暮らしに、ひとりの珍客が交じることには小さな抵抗を感じたが、ワケありそうな隼人を追い出すことには、大きな抵抗を感じたからだ。年上なのに自分より体が細く、小さいことも安心点だが、なにより、尊敬する祖父の判断にミスはないという絶対の信頼がある。 


「じゃあ、今日だけ。明日は……」 


 隼人の言葉をみなまで言わせず、一郎が遮った。 


「馬鹿言え。明日も行くところはないじゃろうが。“数日"としときなさい。どうせタダではないからな」 





 結局、その後、隼人は下宿の対価として、朝、ほったらかしになっていた公民館の掃除を手伝わされることになった。一郎とふたりで出掛け、帰ってきたころには夕方になっていた。 


 疲れたのか、扇風機に当たりながらソファーで眠ってしまった隼人の姿を啓子が見つけた。 


(もう……こんなところで……) 


 そう思いながらも、彼女は夏掛けを取り出し、その体に被せる。無防備な寝顔すら美しい少年の白い肌を、少女は羨ましく感じていた。





「隼人君は啓子の部屋でいっしょに寝てくれ。布団はあるからの」 

 四年生の啓子が、一郎のその言葉を聴いて慌てた、ということはなかった。小学生同士ならそんなに意識することでもないし、広い家のわりに、寝るのに適した部屋が他にないという事情を考えれば当然だと彼女は思ったからだ。ちなみに、一郎はイビキが大きく、とても同じ部屋では寝られないだろうということも理解していた。 


 もっとも、最低限のデリカシーみたいなものは五年生の隼人のほうも持ち合わせていて、夜、部屋に入るとき、きちんとノックはした。 


「どうぞ」 


 はい。ではなく、そのように啓子が答えたのは、遠慮しなくても良い、というサインだったのだが、隼人にわかっただろうか。 


 ドアを開けた少年の目に少女の部屋が映る。八畳ほどの広さにはベッドと本棚、学習机があり、女の子らしくぬいぐるみやマスコット人形が置かれていた。外から見た一郎の家は日本風の建築だが、中は木床で構成された現代風の作りで、収納もクローゼットである。 


 ピンクのパジャマに着替えていた啓子は、机に座り日記をつけていた。それも夏休みの宿題なのだろう。 


 一方、ベッドの脇に敷かれた自分の布団を確認した隼人の格好は、啓子に借りたベージュのパジャマであり、やはり彼の体には大きかった。パンツも啓子のものである。 


「その……迷惑かけてごめん」 


 なんとなく、気まずくなる前に隼人のほうから話しかけた。啓子は日記を閉じると振り向いた。 


「いえ、迷惑だなんて思ってません。今朝は驚いたけど……」 


 思えば今朝、隼人は公民館の外で寝ていたところを、一郎と啓子に発見されたのだ。そして三日前まで、彼は奈美坂精神病院にいた。境遇とは、ほんの短時間で変わるものである。 


「おじいさん、とってもいい人だね。おかげで助かったよ」 


 隼人の言葉は本心だった。見ず知らずの人間に飯を食わせ、寝床まで提供してくれたことは大恩であろう。 


 啓子はその言葉を聞き、ちょっとだけ嬉しく思った。祖父に育てられている自分にとって、一郎は祖父であり父でもある。それに対するストレートな感謝が聞けたのなら、彼女が隼人を拒む理由はなかった。 


「あ、いや、その……もちろん啓子ちゃんも。服を貸してくれて……」 


 啓子に対する感謝も慌てて付け加えた隼人の素直さに、彼女は安心もした。一郎の言うとおり、悪い子ではないようだ。 


「わたしは、何もしてないから……」 


 小さな声で啓子は笑った。その顔に隼人は、ある少女の笑顔を重ね、思った。今はもう、この世にいない香代のことを。





『……私は、意外と近くにいるのよ……探してみない? あなたの……とても大きな力になれるわ』 


(誰? )


 昼間、川岸で聴こえた声が、またも脳内に響く。 


『私は……“魔剣"……』 


(魔剣?)


『……探してごらんなさいな……私は……あなたに、とても興味があるのよ……』 


(どこに?)


『さぁ……どこかしら……』 





 隼人は目を覚ました。外はまだ暗いらしく、啓子の部屋の中も真ッ暗闇に包まれている。夜が明けるまでは時間がありそうだ。 


「どうしたの?」 


 ベッドの上の啓子が起き上がり、隼人を見ていた。暗くとも、なんとなく彼女の顔の造形は見てとれる。 


「なんか……寝言言ってたけど……」 


 啓子の問いに、隼人は首を振った。 


「ううん、なんでもないよ。起こした?ごめん」 


 今度は、啓子が首を振る。 


「いいえ、なんでもないのならいいけれど……」 


 おやすみと言って、隼人はタオルケットを被った。おかしな声の正体はわからないが、気のせいではないようだ。


「なにかあるのか?この村に……」 


 隼人はつぶやいた。啓子には聴こえない大きさで。 




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