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ヒマリ③
しおりを挟むヒナタ先輩のことは入学した時から一方的に知っていた。
別に目立つようなことをしているわけじゃないのに先輩の周りにはいつも笑い声があって、太陽を連想させる名前のとおりの明るい人なんだろうと勝手に憧れていた。そんな先輩と初めて話した時のことを、今でも鮮明に覚えている。
図書室で本棚の整理をしていたとき、自分よりも高い位置にあった本を取り出すのに脚立を使うのを面倒くさがって、つま先立ちでぷるぷる震えながら本を掴んだ。ホッとしたのも束の間、芋蔓のように隣の本もバランスを崩し、そのまた隣の本も、というように頭上に落ちてきた。咄嗟に頭を下げて目を閉じたけれど、幸い衝撃は感じずに、怪我しなくて済んだと自分のラッキーに心で親指を立てた。だけどそれは自分の日頃の行いなんかではなくて、わたしと本の間に人が入ったことで回避出来たことだった。
上を見上げると「いたた、」と後頭部を撫でながらヒナタ先輩がこちらの様子を窺っていた。
「大丈夫?」
「…あ、はい、ダイジョウブ、デス」
状況を把握すればするほど恥ずかしさでどうしようもなくなる。脚立を用意するのを面倒くさがったせいで本を落とし、更には関係のない人に庇ってもらうなんて。小さくスミマセンと呟くと、先輩がポンと頭に手を置いて応えてくれた。
「ヒマリちゃんが怪我しなくて良かった」
触れている髪の毛が震える。まるでそこだけ別の生き物になったように、髪の毛一本一本に意思があるみたいいソワソワと動き出す。なんでわたしなんかの名前を知っているんだろう、という疑問も浮かばずに、ただうるさい心臓の音がバレないように祈ることしか出来なかった。
その日から先輩はリンと話すついでにわたしにも話しかけてくれるようになった。リンが目当てなんだろうけど、たまたま隣にいるからなんだろうけど、おこぼれなんだろうけど、それでも嬉しいことに変わりはない。今日もリンと一緒だったからこうして先輩とアイスを食べて帰ることが出来ている。もし二人が付き合うことになったら…。
考えることをやめて、甘くて冷たいミルク味で飲み込んだ。
先輩と別れた帰り道、リンが唐突に核心を突く。
「ヒマリってヒナタ先輩のこと、好きなの?」
溶け切ったスポーツドリンクを飲もうとしていたわたしは驚いてペットボトルを地面に落としてしまった。
「あ、やっぱり」
リンがニヤリと笑って近づいてくる。よりによって一番気付かれたくない相手にバレてしまったと、逃げ場もなく狼狽えていると、リンは優しく手を握ってくれた。
「…応援させて!」
頭の中でクエスチョンマークがぐるぐると回る。
応援?なんで?先輩はリンが好きなのに?先輩とお付き合いをするのはリンでしょ?
本人に意図を聞けるはずもなく呆然としていると、握った手がもう一段階強くなってリンが真剣に見つめてくる。澄んだ海みたいな瞳に吸い込まれそうになって、慌てて瞬きをしてふるふると頭を振った。
「いい!いいよ、わたしなんか」
「なんかじゃないよ、ヒマリは可愛い」
「な、なに言って、」
「ヒマリは可愛いって言ったの」
大真面目に言うリンがなんだか必死に見えて、それ以上言い返せなくなる。からかわれているのとは違う、本気で可愛いと言っている。リンの方が可愛いのに。
「とにかく、ヒマリが変わりたいって思うなら、手伝わせて」
瞳の中の海は静かに揺れて、またしてもわたしを吸い込もうとする。ぼんやり眺めているうちにいつの間にか頷いていて、気付いたときには大海原に飛び込んでいた。
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