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第30話「男爵令嬢 アネット③」

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 そう、アタシが王子様と再会する事になったパーティー。

 このパーティーは本当はメルシエ男爵家みたいな低い家柄の人間は呼ばれないらしいんだけど、男爵がコネとお金でねじ込んだらしいわ。

 正直、行きたくなかった。

 行ってもロクな扱いはされないし。

 まあ、当たり前よね、アタシは成金男爵家の庶子で、しかも最近まで市井で暮らしていたんだからさ。

 しかもそんな事情はとっくに皆知ってて、当然だけど社交界でのアタシの扱いは酷かった。

 中でも高位貴族は特に冷たかったわ。

 そんな中でアタシはすぐに気づいた。

 溶け込む為にどんなに努力しようが、無駄なんだって。

 ここは血筋と家柄が全てなんだって。

 社交界とはそう言う場所なんだって。

 と、言うことでアタシはパーティーには出席したけど、早々に壁の花になることにしたの。

 似たような立場の新興や成金なんかの弱小貴族の子達と大人しくね。

 そしたら、暫くして急に会場が騒がしくなったの。

 何事かと思って近くの給仕に聞いてみたら、なんと王子様が急に参加することになったって言うじゃない。

 周りの子達は滅多に見られない王子様が見られるって喜んでたけど、アタシの心は複雑だった。

 久しぶりに王子様を間近で見られて凄く嬉しい反面、この間の婚約のお披露目での嫉妬や憎悪を思い出し、そして……自分が惨めだったから。

 もうアタシは王子様に会う資格はない。

 だから、王子様が来ても出来るだけ見ないようにしようと決めて顔を背けていたの。

 でも、そうはいかなかった。

 会場が再びざわつき王子様が入ってきた。

 そちらを見ないようにしたけど、視界の端に入ってしまったらもう目を背けてはいられなくなっちゃった。

 視線を向け、はっきりと目に王子様が映った瞬間アタシは動けなくなり、次いで感極まって泣いてしまった。

 そこにはこの数年で立派に成長した王子様がいたわ。

 初めて会ってから今日までの色々な想いが溢れてきた。

 涙が止まらなかった。

 と、ここで更に驚きの事態が起こった。

 完全に思考停止していたアタシは気付かなかったんだけど、王子様一行が近くに来ていたの。

 そして、なんと王子様が泣いているアタシを見て声を掛けてくれたの。

「君、泣いているようだが、どうかしたのかい?」

 王子様は心配そうにこちらを見ながらそう言ったわ。

 正直、この瞬間嬉し過ぎてもう死んでもいいと本気で思ったわ。

「い、いえ、その、あの……


 だけどバカなアタシはテンパって上手く返事が出来なかったのよね……。

 それでも王子様は相変わらず優しかった。

「落ち着いて」

「は、はい、殿下。お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありませんでした!」

「いや、気にしなくていい」

「はうっ」

 益々イケメンになった王子様の笑顔は破壊力抜群で思わず意識が飛びかけたわ。

「それで、どうして泣いていたんだい?」

「はい、実は……殿下のお姿を拝見したら涙が止まらなくなってしまって……」

「私を見て?」

「はい、実は私は以前、殿下に命をお救い頂いたことがありまして」

 もしかして思い出してくれたらな、なんて淡い期待を抱きながらアタシは答えた。

「なるほど、そう言うことか」

「はい」

「そうか……だが、すまないな。私は君の事を、いや昔のことを覚えていないんだ」

 残念ながら現実は甘くなかった。

 でも済まなそうな顔の王子様も良かったからオッケーよ!

「左様でございますか……」

 取り敢えずアタシはしおらしくしておいた。

「だが、これも何かの縁だ。良かったらそのうち私を訪ねて来なさい……えーと、君名前は?」

 え!?マジ!?ホントにいいの!?って、社交辞令よね……。

「はい。私はメルシエ男爵家の娘、アネット・メルシエと申します」

「そうかアネット。私の所為で泣かせてしまい、済まなかったね」

「いいえ、そんな……」

「これを使ってくれ。その可愛い顔に涙は似合わないからね。では、また」

 そう言って王子様はアタシにハンカチを渡して去って行った。

 ああ、めちゃくちゃクサい台詞だけどイケメンが言うと違うわぁ。

 嬉しすぎて死にそう。

 人生で最高の瞬間だったかもしれない。

 ハンカチは家宝にしよう!……いや、返しに行くことを口実に会いに行く方が賢いかな。

 まあ、それは後で考えよう。

 ただアタシのことを覚えていなかったのは残念だけど、所詮平民の一人だったし仕方ないわよね。

 と、そのぐらいに思ってたんだけど実は違ったのよ。

 隣にいた娘が教えてくれたんだけど王子様は事故で昔の記憶が無いらしいの。

 だがらアタシのことも覚えていなくて当然だった訳。

 それを聞いてアタシはちょっと安心しちゃった。

 どうでもいい存在だから忘れられてた訳じゃなかったから。

 あと、もう一つ合点がいったことがあったの。

 それは違和感。

 嬉しすぎて途中まで気づかなかったんだけど、なんて言うか……上手く表現出来ないんだけど、何か王子様に違和感があったのよ。

 見た目は同じ、と言うか寧ろ成長して更にイケメンになってたけど、昔みたいなオーラがあんまりない……みたいな感じ?だったの。

 でも、これで納得。

 ま、アタシ的にはそれでもいいけどね!

 久しぶりに心から幸せな気分だったし。

 こんな気分一体いつぶりだろう。

 そんなことを考えていると、不意に声を掛けられた。

「そこの貴方、少し宜しいかしら?」

「あ、はい……」

 慌てて返事をしつつ、そちらに振り向くと……そこには一人の令嬢がいた。

 アタシはすぐにそれが誰だか分かった。

 そいつはアタシが世界で一番嫌いな女だった。

 セシル=スービーズ。

 名門公爵家の一人娘で、ランスの白百合と呼ばれる美貌を持ち、社交界の頂点に君臨する女、そして……王子様の婚約者。

 まさに全てを持っている女。

 幸せな気分に浸っていたのに一瞬で醒めた。

 最悪のタイミングだったわ。

 よりによって何でこいつが!

 一体アタシなんかに何の用だ?

「初めまして。私、スービーズ公爵家の娘、セシルと申します。貴方は?」

 そんなこと知ってる!と叫びたくなるのを我慢しつつ、アタシも名乗る。

「はい、お初にお目にかかりますセシル様。私はメルシエ男爵家の娘、アネットと申します」

「そう、アネットと言うのね。ではアネット」

 馴れ馴れしくアタシを呼ぶな小娘が!

「はい」

「先程、殿下に声を掛けられていたようですが」

 うわー、嫉妬かな?これは陰険な嫌がらせが始まりそうね……。

「はい」

「あれではいけません。淑女として礼儀、作法がなっていません。日頃からもっと勉強しておきなさい」

 と、思ったら何か違う感じ?

「は、はい。申し訳ありませんでした!」

 取り敢えず下手に出ておこう。

「別に貴方を責めている訳ではないのですよ?私はむしろ貴方の為に言っているのです。ああいった部分を疎かにすると、この世界では厳しい目で見られますから」

「はい、心得ました」

「見たところ社交界での日が浅いようですが、これからこの世界で生きていかなければならないのですから精進なさいね?」

 あ、あれ、なんかアドバイスくれた?

「はい」

「宜しい。では私はこれで」

「はい」

「あ、アネット。これも何かの縁です。何かあれば遠慮なく私に相談して下さいね。では、ご機嫌よう」

 そう言い残すとセシルは優しく微笑み、殿下の元へ向かった。

「はい、ありがとうございます。セシル様」

 そう言ってアタシは深々と頭を下げた。

 必死で、感情を顔に出さないように取り繕いながら。

 ああ、ムカつく。

 他の高位貴族の娘達と違って本心から善意で言っているのが分かるのが余計に勘に触る。

 アタシにはセシルの清く美しい心が眩し過ぎたんだ。

 ……ああ、そうか、だがらアタシはこいつが嫌いなんだ。

 見てるとイライラするんだ。

 最悪の気分だった。

 そして、アタシの心はあっという間にドス黒いものに覆われていった。

 王子様の言葉で頑張って生きてきたのに、人の為に汚れたのに、それなのにアタシはなんで、なんであの女とこうも違うの!?いっぱい色んなこと我慢して生きてきたのに!何でこんな惨めな思いしなきゃいけないの!?

 そんなのおかしいでしょ!?

 絶対おかしい!

 特にあの女の存在。

 アタシを不快にさせる存在。

 そう、全部あの女が悪いのよ。

 だからアタシは……あの女に復讐してやる。

 地獄を味わせてやる!

 こうしてアタシはセシルを地獄に落としてやりたくて、その為に一番大切なものを奪ってやることに決めた。

 そう、王子様だ。

 絶対に王子様をあの女から奪い取って絶望のどん底に突き落としてやるわ!

 その為なら、王子様だって利用してやる!

 そして、アタシは動き出した。

 まあ、ここからはあんた達も知ってるわよね?

 まずアタシは王子様の言葉を鵜呑みにした振りをして本当に会いに行ったの。

 これはちょっと賭けだったけど、上手くいったわ。

 そしたら快く迎え入れてくれて楽しくお話し出来た。

 最後には、是非また来て欲しいと言われた。

 こうなればもうアタシの勝ち。

 今度は今まで培った手練手管を使って取り巻き達を籠絡した。

 百戦錬磨のアタシに掛かれば高位貴族のボンボン達を虜にするなんて簡単だったわ。

 ちょっと体の接触を増やして、甘い声で囁いて、胸元を少し目せればそれだけで後は……。

 全く、バカな奴らだったわ。

 でも、王子様にはそんなことしなかったわ。

 正直なところ、アタシが本気で強引に迫れば間違いなく本懐を遂げられた。

 でも、アタシにとって憧れの王子様は綺麗なままでいて欲しかったから、そんなこと出来なかったの。

 それに王子様はチャンスがあっても他の男と違って直ぐに迫って来たりしなかったし。

 そこは嬉しかったな。

 やっぱりアタシの王子様は他の男共とは違うんだって思えて。

 でも、一回我慢出来なくなってほっぺにキスだけしちゃった☆

 た、多分、セーフ!

 こうして王子様とその取り巻き達のグループに入り込んだアタシは、いよいよセシルを貶めていく。

 最初はなんでもないような小さな話をでっち上げたり、セシルが親切で色々と教えようとしてくる場面を虐めだと誇張したりした。

 少しづつ男達にあの女への不信感が増していく。

 更にアタシは自らの立場を盤石にする為に、今度は第二王子フィリップ様に近づいた。

 この人も落すのは簡単だった。

 しかも、セシルの事が死ぬほど嫌いだと言ったら、なんと自分からセシルを貶める為の偽の証拠をくれた。

 なんでも第一王子が死ぬほど嫌いで、セシルの事は昔から好きだから奪ってやりたいんだってさ。

 ま、そんなことはどうでもいい話だけど。

 とまあ、そんな感じで準備を進めて迎えたのが昨日の舞踏会。

 いやぁ、あれは見ものだったわ。

 あの女が大衆の眼前で貶められたのよ!

 あの全てを持っている女が!

 ランス社交界の頂点にいるあの女が!

 大広間の真ん中で情け無く崩れ落ち、泣きながら王子様に追いすがる姿は最高だった!

 最底辺にいたアタシが頂点にいたあの女に勝った瞬間だった!

 アタシは勝ったの!

 …………。

 でも、そんな気持ちは長続きしなかった。

 アタシ達があの女を断罪して舞踏会の会場を出た頃には気持ちが醒め始めてた。

 そして倒れそうになるぐらい緊張しながら国王との直談判に臨む王子様を見送った。

 因みに、その直後にアタシと取り巻き達は一緒に逮捕されたわ。

 その時にはもう完全に気持ちは醒めてたわ。

 ただ、虚しかった。

 アタシは目的を達成したはずなのに。

 アタシは牢に入れられて一人になって、そこで改めて考えたの。

 自分がしたことを。

 いや、考えるまでもなかったわね。

 本当は自分がしてきたことが間違ってたのは……気付いてたから。

 セシルが何も悪くない事は分かってた。

 それどころか、一生懸命に頑張ってた。

 王子様の横にいる為、王妃になる為に努力してた。

 他の貴族達と違って公明正大、清廉潔白な心の持ち主で、アタシなんかにも本気で色々教えてくれようとしてた。

 話しててアタシには直ぐ分かった。

 この娘はアタシを見下してない、差別してないって。

 でも、そんなセシルの姿が眩し過ぎてアタシは……。

 なんて事をしたんだろうと思った。

 もう遅いけど。

 アタシの所為で皆不幸になっちゃった……。

 王子様も、セシルも、取り巻き達も、孤児院の皆も、家の使用人達も、そしてアタシも。

 ああ、なんて事をしたんだろう。

 お母さんの願いを、幸せになって欲しいと言う願いをアタシは自分の意志で踏みにじっちゃった。

 アタシ、これからどうしたらいいのかな。

 ……まあ、どうするもこうするもないけどね、間違いなく縛り首だし。

 悪党の最期なんて、こんなものかな……。

 とまあ、こんな感じで一晩過ごして今に至る訳。

 一晩たって頭も冷えたわ。

 アタシは自分の罪をきちんと償おうと思う。

 だから、どんな罰でも受け入れるつもり。

 あと、セシルにちゃんと謝ろ……ん?

 あら、足音がするわね、尋問の時間かしら?

 出来れば痛いのは嫌だなぁ。

 特に腹パンとか。

 じゃ、行ってくるわね。

 ご機嫌よう。
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