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第41話「悪役令嬢爆誕⑧」

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 場面は冒頭のモブ令嬢の悲劇の直後に戻る。

 エリーズに後を任せた悪役令嬢セシルは配下を引き連れトゥリアーノン宮殿の廊下を迷い無く進んで行く。

 途中、先程と同様の悲劇が何件か発生したが、大した問題ではないので割愛する。

 そして、目的のサロンの前に着いたセシル一行を待っていたのは……。

「あら、これはこれはセシル様。ご機嫌よう。先日の件はさぞかしショックでしたでしょうに。もうお茶会に出て来られるとは、流石ですわ」

「今日は随分と思い切った格好をされているようですこと。やはり先日のことが余程、堪えていらっしゃるのね、ククク」

「まあ、あんなにお慕いしていた殿下に袖にされたら、おかしくもなりますわよね。ホホホ」

 ジャブ代わりの嫌味と共に、敵対派閥の幹部級の令嬢数人と、モブ令嬢が多数登場した。

 どうやら、セシルを出迎える(迎え撃つ)為に、こうしてわざわざサロンの前で待っていたようだ。

 セシルの格好を見ても動じなかったのは、既に他の令嬢から報告が来ていたからだろう。

「ご機嫌よう、皆さん。相変わらずお優しいことで。では、アタクシは先を急ぎますので、失礼」

 だが、当のセシルは全く動じず、それらの一切を受け流し、サロンへと繋がる扉に近づく。

 令嬢達は何故か大人しく道を開けたが、傍からそれを嘲笑うように見物している。

 エリーズはそれに怒りと、そして違和感を感じていたが、顔には出さず、セシルの為に扉を開けようとするが……。

 ガチャガチャ。

 分厚い扉のノブは全く動かない。

「な!?扉が開かない?」

 すると、周りの令嬢の一人が嫌味たらしく話しかけてきた。

「あら、大変!このままではセシル様がお茶会に遅れてしまうわね!可哀想に」

「貴方達、こんな下らないことをして何が楽しいの?」

 エリーズは何とか平静を保ちつつ、言葉を返す。

「私達は何もしておりませんが?言い掛かりはよしてくださる?」

「くっ!」

 (ああ、いつもことながら陰険な連中だわ!)

 エリーズは心の中で毒づいた。

「ああ、もしかしたらセシル様が先日殿下にしたように、扉に泣きながら縋れば中から開けてくださるかも知れませんわよ?プッ、アッハッハ」

 そんなエリーズの心中をわかっているのか、更に令嬢は煽ってくる。

 だが、エリーズは何も出来ず、耐えるしかない。

 何故なら、令嬢達はそれを待っているのだから。

 現在、セシルは先日の婚約破棄の件で社交界での立場が弱まっていた。

 だからエリーズに手を出させて一悶着起こさせようとしてくるのだ。

 そして、こちらを悪く仕立て上げようとしてくるに違いない。

「さあ、早く!お茶会に遅れてしまいますわよ?ククク」

 更なる煽りと嘲笑が響く。

「……」

 しかし、セシルは黙っている。

 それを勘違いした令嬢達がはやし立てる。

「あら?セシル様?泣きたければ遠慮なく泣いてくださいな。セシル様ほどの方は泣いている姿も絵になりますし」

「まあ、身の程を弁えて、私達にお願いをすれば開けて差し上げても良くてよ?その代わり、今後は大人しくステファニー様の言うことを聞いて頂きますが」

 などと。

 因みにステファニーとは、一番大きな反セシル派閥の長であるステファニー=デュラン公爵令嬢のことである。

 そして、今ここでエリーズに絡んでいるのは、そのステファニー派閥の幹部、ロザリーと言う名の伯爵令嬢で、セシル一派への嫌がらせの第一人者。

 全く、嫌な第一人者もあったものである。

 閑話休題。

 だが、ここで隣にいたリアーヌが遂に堪えきれなくなって吠えた。

「テメーらいい加減にしろ!叩き斬られたいか!?」

 だが、それを聞いた令嬢達はものともしない。

 それどころか、ニヤリと嫌らしく笑った。

「あら怖い。相変わらず貴方は下品で野蛮ですわね」

 ロザリーがわざとらしく肩を抱いて怖がった。

 そして、周りのモブ令嬢が調子に乗ってセシルのことまで言及し始めた。

「全くですわ、派閥の長が長なら下も下ですわね!オーホッホッホ


「く、この野郎、もう我慢できねぇ……」

 セシルの事までバカにされ、リアーヌは我慢の限界だった。

 寧ろ血の気が多い彼女にしてはセシルの為によく耐えた方だろう。

 それに、我慢が限界なのはリアーヌだけではない。

 セシルの親衛隊全員がリアーヌと同じ気持ちなのだ。

 何故なら、彼女達は事情は違えどセシルに救われた者達ばかりで、心から彼女を慕っているからだ。

 セシルの為ならどんなことも厭わない、それが彼女達親衛隊。

 だからこそ、敬愛するセシルがここまで馬鹿にされ、全員が我慢の限界だったのだ。

 つまり、リアーヌの言葉はそれを代弁したに過ぎない。

 そして、遂に我慢の限界を超えたリアーヌが拳を固め、一歩踏み出そうとした、その時。

「おやめなさい、リアーヌ。全く、貴方と言う人は……」

 ここで初めて口を開いたセシルに制止された。

「セシル様の言う通りですわ、すべてこの女が悪いのです!」

 それを聞いて調子に乗るロザリー。

 そして、セシルは言葉を続けた。

「こんな品性のカケラもない下劣な人間と話したら貴方にそれが移ってしまいますわ」

「あ、姉御!俺は……え?」

「は?」

 予想外の言葉に、二人とも一瞬理解できずに固まってしまった。

「な、なななななな、何ですって?無礼な!幾らセシル様と言えど……」

 先に我を取り戻して動いたのはロザリー。

「無礼?貴方、無礼と言う単語の意味を知ってる?一度辞書を引いて勉強なさい。そして、幾ら私でも、何?」

 しかし、言いかけた台詞をセシルが遮った。

「くっ、幾らセシル様でもただで済むとお思いで?私はステファニー様の庇護下にあるのですよ?お分かりでしょう?」

 ロザリーは怒り心頭でセシルに言い返した。

「だから、それが何か?」

 しかし、セシルは今までとは違い全く動じず、涼しい顔で平然と返す。

「……は?」

 ロザリーにはこの事態が理解できなかった。

 何故なら、いつものセシルであれば必ずこの辺りで折れたから。

 融和や協調を望み、争いや衝突は避ける、それがセシルと言う令嬢の方針だった筈なのだ。

 だから、ロザリーは今までと同じように強気でセシルに応じたのだが、まさかの予想外。

「だから、それがどうかしたのか?と聞いているのですわ。そして、貴方は一体、誰に向かってそんな口を利いているのですか?」

 セシルは同じ質問を繰り返し、そして、遂に反撃に転じた。

 お前如きが、公爵令嬢たるアタクシに、一体何様のつもりだ?ああん?と。

「あ、いや……だから……」

 ロザリーは初めての反撃に狼狽する。

「全く、仕方ありません。頭の悪い貴方達に説明してさしあげましょう。心して聞きなさい」

 やれやれ、と言う感じでセシルは話し始めた。

「ではまず、私は誰?」

「は?」

 突然の質問にポカンとしてフリーズするロザリー。

「いいから答えなさい」

 しかし、セシルはそれを許さず、答えを促す。

「スービーズ公爵家のご令嬢、セ、セシル=スービーズ様、です……」

 ロザリーは何とか答えた、が。

「それが答えです」

 これで全て分かったでしょう?と言う顔のセシル。

「?」

 が、ロザリーを始め、その場にいた令嬢達は誰一人意味を理解出来ていなかった。

「全く、貴方は本当におバカなのね。仕方ないから丁寧に全て説明してあげるわ」

 お前達は無知で哀れな存在だ、と視線で語りながらセシルは仕方なく説明を続ける。

「……」

 それに対して令嬢達は言葉がない。

「スービーズ公爵家の一人娘たるアタクシが、貴方達のような羽虫に負けると本気で思っているのかしら?」

 セシルは平然と、とんでもない事を言い出した。

「なっ!羽虫ですって!?」

 モブ令嬢達は驚き、騒ぎ出した。

「セ、セシル様!」

「姉御、流石にそれは……」

 そして、親衛隊の二人も驚いた。

「お黙り!」

 一喝。

「「ひっ!」」

 哀れエリーズとリアーヌは、モブ令嬢と共に黙らされてしまった。

「だってそうでしょう?我がスービーズ家にとって貴方達の家なんて吹けば飛ぶような存在だもの。貴方が頼りにしているステファニーも含めてね。違う?」

「……違いません」

 ロザリーは否定することが出来ない。

 何故なら、それは本当ことだから。

「でしょう?それを貴方達おバカさんは勘違いしているのよ」

「勘違い?」

 ロザリーは訳が分からず、先を促した。

「だってそうでしょう?今まで私はスービーズ公爵家の娘として、またマクシミリアン様の婚約者として、相応しい振舞いをしようと心掛けてきた。特に、貴方達の様に爵位や権力を笠に着るような真似は大嫌いだったし。だから、アタクシは何かあっても我慢したり、妥協や調整をしたりして、場を収めてきた訳。一度も権力で強引に何かをしたことはなかったでしょう?それを貴方達が勝手に勘違いしたのよ。アタクシは気が弱くて、世間知らずで、何も出来ないと無能だとね」

 皮肉げな笑みを浮かべながら、セシルは丁寧に説明をした。

「っ!そんな!」

 そして、ロザリーはそれを聞いて思い出した。

 今まではセシルが自制して権力を持ち出さなかっただけで、本当はいつでもそれが出来たのだと。

 自分は、自分達はそれをいつの間に忘れていたのだと。

 彼女はそれを悟った瞬間、血の気が引いた。

「そして、調子に乗ったおバカな貴方達は、アタクシが先日の件で評判を落としたことで更につけ上がった。それが今回のお茶会」

 微笑を浮かべながらセシルは続ける。

「で、でも殿下に袖にされてもう婚約者では……」

 だが、ここでロザリーは愚かにも、いつもの癖で口答えしようとしてしまう。

「ええ、そうね。残念ながらもうすぐ婚約者ではなくなるけど、だから何だと言うの?」

「……」

 しかし、即座にカウンターで黙らされてしまった。

 少しでも相手の弱点を攻撃しようとしたロザリーだが、全てが無駄で、無力なのだと無理矢理気付かされたのだ。

 セシルは更に続ける。

「それで私が弱くなった訳ではないのよ?私は何も変わらない。いえ、貴方達にとっては不幸かも知れないわね」

「ふ、不幸?」

 ロザリーはまた理解できない。

「さっきの話、聞いていたのおバカさん?だから、今まではリアン様の婚約者と言う立場があったのと、アタクシが嫌いだからそう言うことをしてこなかっただけなの。つまり、殿下の婚約者で無くなると言うことは、もうアタクシを縛るものは何も無いのよ」

「あっ!」

 その瞬間、彼女は、いや彼女達は真っ青になった。

 婚約破棄によりセシルを縛っていたものが全て無くなり、完全に心のリミッターが外れてしまったことを理解したから。

 例えるなら、安全装置を外した拳銃を突き付けられていることに今更気付いた、と言うところだろうか。

「漸く理解したようね。さて、話を戻しましょうか」
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