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第95話「少女の皮を被った化け物12」
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「さあ、私とお話しましょうか」
弱ったフィリップに、笑顔のマリーがそう告げた。
彼女の目は全く笑っていないが。
「……」
しかし、メンタル的にフルボッコにされたフィリップは、虚な目で両膝をついたまま動かない。
「さて、ではお聞きします。貴方がルビオンの連中と付き合い始めたのは、七年前の『あの事件』からですね?」
無言の彼を気にせず、マリーは少し硬い声で質問をするが、
「……」
問われたフィリップはまだ放心しているのか、無言のままだ。
「……聞こえていますよね?答えなさい!」
それを見たマリーは突然激昂し、怒りに肩を震わせながら、重ねて問うた。
「え!?」
「マリー様ぁ!?」
「殿下!?」
その姿は全く彼女らしくないものだった。
そして、激しく、生々しい感情の発露を見せられたアネットその他の面々は驚愕した。
「ああ……そうだ。お前の言う通り、奴らとはあの時からだが……それが?」
そこで漸くフィリップは、彼女の問いに覇気のない声で答えた。
大して興味もなさそうに。
そして、他人事のように。
それを見た、いや、見せつけられてしまったマリーは……。
「何を……何を他人事のように……」
まるで地獄の底から響いてきたような、恐ろしい声でそう呟いた。
「ちょっと王女様、どうしたの!?何か雰囲気がおかしいわよ?」
そこで横にいたアネットが、マリーの様子がおかしいことに気付き、慌てて声を掛けたが……。
「私達の幸せを踏み躙ったくせに……よくもそんな態度を!」
しかし、その声は怒りに燃える彼女には届かず、マリーは代わりにそんなセリフを吐き捨てた。
「ねえ、スルーしないでよ……って、え?それって……やっぱり、『あの事件』って事故じゃなくて……」
アネットはその、皇太子マクシミリアンが変わってしまった事件、として有名なその事故について、裏があったことに驚いた様子でそう言った。
「ええ、そうなのです」
そこでやっとマリーが言葉を返し、
「じゃあ、王子様を事故に遭わせた犯人ってまさか!?」
アネットが再び驚きの声を上げた。
「そう、この男……いえ、この男とルビオンということですよ!」
マリーはまるで怨念の塊のような、恐ろしい顔でそう答えた。
そして、同時に雰囲気が更に変わった。
それは彼女が普段に見せる怒りの感情とは、全く違うものだった。
それは、ただひたすらにドス黒く、絡みつくようなドロリとした、何処までも深い憎悪の感情。
「……え?」
すぐ近くにいたアネットは、彼女の更なる変化にいち早く気付き、不安げにマリーを見たが……。
しかし、そんな彼女を他所に、マリーはそのまま話を続けた。
「帳簿や手紙の日付を見るに、間違いありません。ルビオンの連中とこの男の付き合いは、あの忌まわしい事件の時からなのですよ!」
そしてマリーは、一拍置いたあと、
「リアンお義兄様の人生を、そして私達の人生を変えてしまった……あの事件から」
恨みがましい目でフィリップを見ながらそう付け足した。
「だから、今更何だと……ひぃ!?」
そこで彼は、漸くマリーの様子が先程までとは全く違うことに気づいた。
そして、本能的に恐怖を感じ、怯えながら呟いた。
「ば、化け物……」
と。
そんなセリフを言った彼を、ゴミを見るような目で眺めていたマリーは、
「ほう、お前にしては珍しく正しいことをいうな」
と、いつもとはまるで違う口調で告げた。
加えて、更に強力なドス黒いオーラを振り撒き始めた彼女は、言葉を続けた。
「ああ、そうだ。私は化け物。フィリップ、お前が作った化け物だよ」
「何!?」
彼女の思いがけないそのセリフに、フィリップは驚愕し目を剥いた。
そして、別人のようなマリーは、そのまま話し続ける。
「全部、お前の所為だ。お前が私達の幸せを奪った所為だ」
「!?」
それを聞いたフィリップは、顔を恐怖で引きつらせた。
彼は今、目の前にいる得体の知れない少女が恐ろしくて仕方なかった。
はっきり言って、今のマリーは見た目こそ十三歳の少女だが、周囲の人間からは全く別のものにしか見えない。
その禍々しい姿を例えるならば、
『魔王』。
そして、その小さな魔王は更に言葉を続け、
「お前が、お前が私から愛しいお義兄様を奪ったのだ。お前が、お前が、お前が、全て、お前がああああああああ!」
そこで一気に、今まで彼女が溜め込んでいた思いが溢れ出した。
マリーという十三歳の少女が、今まで溜め込んできた憎悪や苦しみ、そして悲しみなど、その全てが。
しかし、その全ての原因がフィリップにある訳ではない。
今、彼女がフィリップ相手に吐き出している思いは、幼くして両親を亡くしたことや、その直後に起きた醜い大人達による仕打ち。
そして、貰われた先で新しい母親が亡くなってしまったことや、自分の所為で大好きなリアンが事故に遭ってしまったことなど、だ。
マリーはそれらの辛く苦しい思い出を、心の片隅に押しやって忘れたフリをしていた。
それらは本来、とても十三歳の彼女が、耐えられようなものではない。
だが彼女は、それを強引にやった。
そして、今それらの全てが目の前のフィリップへの憎悪という形で噴き出しているのだ。
つまり、彼が今回やってしまったことは、マリーという巨大な憎悪のダムの壁にヒビをひれ、一気に崩壊させてしまったということだ。
だから、今回に限ってだけは、関係のないものまで一緒に叩きつけられている彼には同情の余地があるのかもしれない。
閑話休題。
溢れ出したマリーの思いはまるで、溜まり続けていたマグマが突然噴き出したようになっていた。
「あ、ああ……一体、何故こんなことに……」
彼女のそんな姿を見せられている哀れなフィリップは、思わずそんなセリフを吐いた。
ご存知の通り、愚かなフィリップは、今まで無自覚にマリーという地雷原でダンスを踊り、地雷を踏みまくっていた。
そして、今そのラストを飾るに相応しい特大サイズの地雷を踏み抜いてしまった訳だ。
悪いことに、今回のものは気絶では絶対にすまないレベルの威力だが。
それを知ってか、知らずか、フィリップは魔王をただ呆然と眺めている。
そして、魔王は動き出す。
「お前さえいなければ………………ああ、もう面倒だ……」
マリーは、そう言ってその憎悪の篭った目でフィリップを見た。
「ひぃ!」
「全てが面倒だ。法も、権力も、段取りも、しがらみも……もう、どうでもいい。全て関係ない。私は今ここで……お前を……」
そう言って魔王と化したマリーは、ゆっくりと椅子から立ち上がり、自然な動作でリゼットからナイフを取り出した。
「ふぇ!?マ、マリーさ……」
「黙れ」
「ひぃ!?」
そして、一言でリゼットを黙らせると、フィリップの命を奪う為、彼の方へ歩き出した。
「来るな!来るな化け物!」
それを見たフィリップは後ずさりながら必死の形相で叫ぶが、縛られている為、上手くいかない。
そこへ小さな魔王がゆっくりと近づいて行く……。
だが、
「マリー!ダメ!」
と、そこでアネットが強引にマリーを抱きしめた。
「何だ……もぎゅっ!?」
「お願いマリー、落ち着いて!」
実はこの時、マリーの心は完全に闇に呑まれかけていた。
まさに魔王マリー=テレーズが誕生しようとした瞬間だった。
しかし、そのギリギリのところでアネットが、このままではダメだと思い、彼女を抱きしめたのだ。
「アネット、放せ」
その彼女に対してもマリーは恐ろしい視線を向けるが、アネットは引かない。
「マリー、お願いだから落ち着いて!恨みや憎しみに……負の感情に負けてはダメよ!」
「うるさい!」
そこでアネットはマリーの目を真っ直ぐ見つめ、優しくも、どこか切ない表情で彼女に言った。
「アイツや……アタシみたいになっちゃうから……」
「え……?」
それを聞いたマリーの目の色が変わった。
「はっ!……アネット」
そこで彼女は何かに気付き、顔を上げてアネットの名前を呼んだ。
「もう大丈夫だから、ね?そんなことやめよう?」
それをアネットが優しく諭した。
「……わかりました。私としたことが、冷静さを欠いてしまいました」
そして、正気を取り戻したマリーは、素直にそれを受け入れてそう言ったのだった。
「ふう、よかったわ。間に合って……」
それを見たアネットは安心し、マリーを解放しながら呟いた。
と、そこでマリーが、少し恥ずかしそうな顔でアネットを見て言った。
「ねえ、アネット……」
「ん?」
彼女はそこで、少し躊躇ったあと、
「ありがとう」
と、少し涙の混じった笑顔で感謝を伝えた。
「気にしない気にしない」
それを見たアネットはそう言って、ニィっと笑って見せたのだった。
弱ったフィリップに、笑顔のマリーがそう告げた。
彼女の目は全く笑っていないが。
「……」
しかし、メンタル的にフルボッコにされたフィリップは、虚な目で両膝をついたまま動かない。
「さて、ではお聞きします。貴方がルビオンの連中と付き合い始めたのは、七年前の『あの事件』からですね?」
無言の彼を気にせず、マリーは少し硬い声で質問をするが、
「……」
問われたフィリップはまだ放心しているのか、無言のままだ。
「……聞こえていますよね?答えなさい!」
それを見たマリーは突然激昂し、怒りに肩を震わせながら、重ねて問うた。
「え!?」
「マリー様ぁ!?」
「殿下!?」
その姿は全く彼女らしくないものだった。
そして、激しく、生々しい感情の発露を見せられたアネットその他の面々は驚愕した。
「ああ……そうだ。お前の言う通り、奴らとはあの時からだが……それが?」
そこで漸くフィリップは、彼女の問いに覇気のない声で答えた。
大して興味もなさそうに。
そして、他人事のように。
それを見た、いや、見せつけられてしまったマリーは……。
「何を……何を他人事のように……」
まるで地獄の底から響いてきたような、恐ろしい声でそう呟いた。
「ちょっと王女様、どうしたの!?何か雰囲気がおかしいわよ?」
そこで横にいたアネットが、マリーの様子がおかしいことに気付き、慌てて声を掛けたが……。
「私達の幸せを踏み躙ったくせに……よくもそんな態度を!」
しかし、その声は怒りに燃える彼女には届かず、マリーは代わりにそんなセリフを吐き捨てた。
「ねえ、スルーしないでよ……って、え?それって……やっぱり、『あの事件』って事故じゃなくて……」
アネットはその、皇太子マクシミリアンが変わってしまった事件、として有名なその事故について、裏があったことに驚いた様子でそう言った。
「ええ、そうなのです」
そこでやっとマリーが言葉を返し、
「じゃあ、王子様を事故に遭わせた犯人ってまさか!?」
アネットが再び驚きの声を上げた。
「そう、この男……いえ、この男とルビオンということですよ!」
マリーはまるで怨念の塊のような、恐ろしい顔でそう答えた。
そして、同時に雰囲気が更に変わった。
それは彼女が普段に見せる怒りの感情とは、全く違うものだった。
それは、ただひたすらにドス黒く、絡みつくようなドロリとした、何処までも深い憎悪の感情。
「……え?」
すぐ近くにいたアネットは、彼女の更なる変化にいち早く気付き、不安げにマリーを見たが……。
しかし、そんな彼女を他所に、マリーはそのまま話を続けた。
「帳簿や手紙の日付を見るに、間違いありません。ルビオンの連中とこの男の付き合いは、あの忌まわしい事件の時からなのですよ!」
そしてマリーは、一拍置いたあと、
「リアンお義兄様の人生を、そして私達の人生を変えてしまった……あの事件から」
恨みがましい目でフィリップを見ながらそう付け足した。
「だから、今更何だと……ひぃ!?」
そこで彼は、漸くマリーの様子が先程までとは全く違うことに気づいた。
そして、本能的に恐怖を感じ、怯えながら呟いた。
「ば、化け物……」
と。
そんなセリフを言った彼を、ゴミを見るような目で眺めていたマリーは、
「ほう、お前にしては珍しく正しいことをいうな」
と、いつもとはまるで違う口調で告げた。
加えて、更に強力なドス黒いオーラを振り撒き始めた彼女は、言葉を続けた。
「ああ、そうだ。私は化け物。フィリップ、お前が作った化け物だよ」
「何!?」
彼女の思いがけないそのセリフに、フィリップは驚愕し目を剥いた。
そして、別人のようなマリーは、そのまま話し続ける。
「全部、お前の所為だ。お前が私達の幸せを奪った所為だ」
「!?」
それを聞いたフィリップは、顔を恐怖で引きつらせた。
彼は今、目の前にいる得体の知れない少女が恐ろしくて仕方なかった。
はっきり言って、今のマリーは見た目こそ十三歳の少女だが、周囲の人間からは全く別のものにしか見えない。
その禍々しい姿を例えるならば、
『魔王』。
そして、その小さな魔王は更に言葉を続け、
「お前が、お前が私から愛しいお義兄様を奪ったのだ。お前が、お前が、お前が、全て、お前がああああああああ!」
そこで一気に、今まで彼女が溜め込んでいた思いが溢れ出した。
マリーという十三歳の少女が、今まで溜め込んできた憎悪や苦しみ、そして悲しみなど、その全てが。
しかし、その全ての原因がフィリップにある訳ではない。
今、彼女がフィリップ相手に吐き出している思いは、幼くして両親を亡くしたことや、その直後に起きた醜い大人達による仕打ち。
そして、貰われた先で新しい母親が亡くなってしまったことや、自分の所為で大好きなリアンが事故に遭ってしまったことなど、だ。
マリーはそれらの辛く苦しい思い出を、心の片隅に押しやって忘れたフリをしていた。
それらは本来、とても十三歳の彼女が、耐えられようなものではない。
だが彼女は、それを強引にやった。
そして、今それらの全てが目の前のフィリップへの憎悪という形で噴き出しているのだ。
つまり、彼が今回やってしまったことは、マリーという巨大な憎悪のダムの壁にヒビをひれ、一気に崩壊させてしまったということだ。
だから、今回に限ってだけは、関係のないものまで一緒に叩きつけられている彼には同情の余地があるのかもしれない。
閑話休題。
溢れ出したマリーの思いはまるで、溜まり続けていたマグマが突然噴き出したようになっていた。
「あ、ああ……一体、何故こんなことに……」
彼女のそんな姿を見せられている哀れなフィリップは、思わずそんなセリフを吐いた。
ご存知の通り、愚かなフィリップは、今まで無自覚にマリーという地雷原でダンスを踊り、地雷を踏みまくっていた。
そして、今そのラストを飾るに相応しい特大サイズの地雷を踏み抜いてしまった訳だ。
悪いことに、今回のものは気絶では絶対にすまないレベルの威力だが。
それを知ってか、知らずか、フィリップは魔王をただ呆然と眺めている。
そして、魔王は動き出す。
「お前さえいなければ………………ああ、もう面倒だ……」
マリーは、そう言ってその憎悪の篭った目でフィリップを見た。
「ひぃ!」
「全てが面倒だ。法も、権力も、段取りも、しがらみも……もう、どうでもいい。全て関係ない。私は今ここで……お前を……」
そう言って魔王と化したマリーは、ゆっくりと椅子から立ち上がり、自然な動作でリゼットからナイフを取り出した。
「ふぇ!?マ、マリーさ……」
「黙れ」
「ひぃ!?」
そして、一言でリゼットを黙らせると、フィリップの命を奪う為、彼の方へ歩き出した。
「来るな!来るな化け物!」
それを見たフィリップは後ずさりながら必死の形相で叫ぶが、縛られている為、上手くいかない。
そこへ小さな魔王がゆっくりと近づいて行く……。
だが、
「マリー!ダメ!」
と、そこでアネットが強引にマリーを抱きしめた。
「何だ……もぎゅっ!?」
「お願いマリー、落ち着いて!」
実はこの時、マリーの心は完全に闇に呑まれかけていた。
まさに魔王マリー=テレーズが誕生しようとした瞬間だった。
しかし、そのギリギリのところでアネットが、このままではダメだと思い、彼女を抱きしめたのだ。
「アネット、放せ」
その彼女に対してもマリーは恐ろしい視線を向けるが、アネットは引かない。
「マリー、お願いだから落ち着いて!恨みや憎しみに……負の感情に負けてはダメよ!」
「うるさい!」
そこでアネットはマリーの目を真っ直ぐ見つめ、優しくも、どこか切ない表情で彼女に言った。
「アイツや……アタシみたいになっちゃうから……」
「え……?」
それを聞いたマリーの目の色が変わった。
「はっ!……アネット」
そこで彼女は何かに気付き、顔を上げてアネットの名前を呼んだ。
「もう大丈夫だから、ね?そんなことやめよう?」
それをアネットが優しく諭した。
「……わかりました。私としたことが、冷静さを欠いてしまいました」
そして、正気を取り戻したマリーは、素直にそれを受け入れてそう言ったのだった。
「ふう、よかったわ。間に合って……」
それを見たアネットは安心し、マリーを解放しながら呟いた。
と、そこでマリーが、少し恥ずかしそうな顔でアネットを見て言った。
「ねえ、アネット……」
「ん?」
彼女はそこで、少し躊躇ったあと、
「ありがとう」
と、少し涙の混じった笑顔で感謝を伝えた。
「気にしない気にしない」
それを見たアネットはそう言って、ニィっと笑って見せたのだった。
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