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第208話「シャケ、キレる②」

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 バイエルライン関係の連中を全て追い返し、部屋に自分だけになったことで私は少しだけ心に余裕ができた。

 そして、やりたくもないのに怖い顔を作り続けるハメになった所為で疲れ果てていた私は、手をつける暇がなく冷めてしまった珈琲を口に運んだ。

 その苦さを感じだ後、大きく息を吐いた。

「はぁ、疲れた……これでやっと一息つける……」

 そして、ここでふと思った。

 今はやらかしてしまったことについては敢えて考えないが……そういえばさっき、勢いに任せてとんでもないことをいってしまった気がする……。

 まあ、あくまで気がするだけだし、内容も詳しくは忘れてしまったが。

 うーん、何か凄くマズいことを言ってしまったような……。

 まあ、いいか。

 後にしよう。

 それより今は、間もなくやってくる筈のコモナ公国の大使との交渉に集中しないとな。

 と思ったと同時にドアがノックされ、聞き慣れた外務省職員の声がした。

 はあ、もう来たか。

 もう帰りたいなぁ。

 いや、泣き言はやめて切り替えねば!

 さて、では後半戦行ってみよう!



 直後、外務省職員に先導されながら、気取った感じの青年が一人、部屋に入ってきた。

 コモナ大使のお出ましだ。

 ふむ、ぱっと見では二十代後半から三十代前半ぐらいに見えるが……思ったより若いな。

 因みに彼の第一印象としては、いけすかないイケメンという感じで、先程のバイエルライン大使と同様にコモナという国のイメージを体現しているかのような男だ。

 つまり、気取った成金プレーボーイ。

 きっとモテモテなんだろうな……死ね!爆発しろ!

 失礼、つい本音が……。

 それにしても外交官というものは、その国のイメージを体現するのも仕事なのかな?

 そんな彼は立ったまま私を値踏みするようにスッと視線を走らせると、ほんの一瞬だが小馬鹿にするような目付きになった。

 イラッ!

 そして、彼は無駄に気取った動作で席に着くと、爽やかな作り笑顔を浮かべて言った。

「時間が惜しいので単刀直入にいいます。いくら欲しいのですか?」

「……は?」

 私は余りにも予想外過ぎる第一声を受けて面食らい、ポカンとしてしまった。

 え?いきなり、いくら欲しい?ってどゆこと!?

 すると伊達男は私に構わず、そのまま畳み掛けるように喋り続け、

「単刀直入に申し上げます。今回の貴国及びストリアの我が国への侵攻は全く不当なもので、我が国は貴国とストリアに対し、速やかなる撤兵を求めます。ただし、我が国の公王にも誤解を招くような言動があった可能性がありますので、勿論タダで、とは申しません。貴国がお望みの額をお支払い致します」

 と、一見丁寧だがこちらを見下したような顔でそう言った。

 おお、これが慇懃無礼というやつか!?

 ではなくて。

 開始早々の、いくら欲しいのか?とはそういう意味か!

 コイツの態度からすると、ランスは金に困って攻めてきたのだろう?仕方ない、鬱陶しいから欲しいだけ払ってやる、さっさ失せろ貧乏人め!と言っている訳だ。

 まるで面倒なチンピラに小遣い銭を渡して帰らせるという感じだ。

 なるほど、いかにも小賢しい成金国家のコモナらしいな。

 と、私はここで変に関心してしまった。

 勿論、ムカつくが。

 というか、まさかいきなり戦争中の相手が、いくら欲しい?と、くるとは思わなかったな。

 馬鹿にしやがって……ん?

 だが待てよ?確かにコモナは金を払うと言っているが、このこちらを舐めた態度はおかしいだろう……とても君主ごと城を包囲されている側の態度ではない気がするが……。

 やはり、これは絶対に何かカードがあるだろうな。

 よし、今回は父上のアドバイスに従って柔軟に対応すると決めた訳だし、ここは一つ下手に出て相手の出方を伺うとしよう。

 さて、ではもう少し話を聞いてみるとするか。

「これはいきなり魅力的な提案ですな、大使」

 私は微笑を浮かべならそう答えた。

「ふ、そうでしょう?」

 すると私が金に飛び付いたように見えたのか、コモナ大使は僅かに口元を歪ませた。

 そして、

「ですが、もし、万が一、この提案を断ればその場合、こちらにも考えがあります」

 今度は何と脅してきた。

「ほう……」

 やはり何かあるのか。

「もし、あくまで戦争を続け、我が国の全てを手に入れたいというのならば……その場合は南の大国、イスパニゴン王国との戦争を覚悟して頂きたい」

「!?」

 なるほど……まさかここで南の大国イスパニゴンを引っ張り出してくるとは……やるな。

 因みにイスパニゴン王国とは我が国の南にあるレピーネ山脈を国境として接している大国だ。

 イスパニゴンはかつて、ポルトギーズ王国と共に世界の半分を支配し、日の沈まぬ国とまで言われていたが……今はそこまで強くはない。

 むしろ、南アユメリカにあるポトフ銀山の枯渇で慢性的な財政赤字が更に悪化して弱っている筈だが……はっ!

 なるほど!そういうことか!

 金だけはある成金国家コモナは、図体がでかいだけの貧乏大国を金で動かしたのか。

 大方、助けてくれたら戦費と謝礼を弾むとでも言ったのだろう。

 ……そうか、そういうことなら選択肢は決まったな。

 大国を巻き込んでの戦争などあり得ない。

 ここは業腹だがここは平和の為、素直に金を貰って引き下がるとしよう。

 だが、これに二つ返事で飛び付くのは余りにもカッコ悪い。

 一応、悩んでいるというポーズをとってから渋々という感じで同意することにしよう。

「それは穏やかではありませんね」

 私は深刻そうな顔つきになって言った。

 するとコモナ大使は、

「勿論、我々としても実際にイスパニゴンが参戦することを望んでいる訳ではありません。あくまでそういう選択肢もあり得る、とそう申し上げただけですよ……それで、どうされますか?」

 相変わらず言葉こそ丁寧だが、露骨に上から目線で決断を迫ってきた。

 金を貰って引き下がるか、二正面作戦を展開するか。

 しかも、イスパニゴンは陸軍も海軍も結構強い。

 まあ、答えは既に決まっているが。

 ここで私は思った。

 あ!そうだ!答えを出す前にコイツに嫌がらせをして少し話を伸ばしてやろう。

 と。

 そう思った私は心の中でニヤリと笑ってから、表面上は少し動揺しているような感じで質問をした。

「な、なるほど……もし我が国が要求を蹴ったら具体的にはどうなるのです?」

 さあ、どう出る?

 すると伊達男は露骨に小馬鹿にしたような顔で言った。

 イラッ!

「ですから、先程申し上げた通りですよ。我が国が持てる財力とコネを総動員し、軍事、外交、経済など、ありとあらゆる手段で野蛮な貴国を撃退します。そして、そのまま他国と連携して貴国に攻め込むことになるでしょう」

 なんだ、そういうことか……ヤバいな。

 まあ、流石に国内まで攻め込まれはしないだろうが……それでも勝ち負けに関わらず戦争が長引くのは宜しくない。

 しかも大国が加わる二正面作戦だ、その被害は計り知れない。

 あと野蛮な成金は、おたくの国の方だろうが。

 さて、ここまで言われっぱなしだし、意味はないが多少は私もやり返すとしよう。

「そ、そうですか……わかりました」

 一通り話を聞いた私は澄ました顔のまま、静かにそう言った。

 すると、それを見たコモナ大使は本性を現し、更に傲慢な笑みを浮かべて喋り出した。

 ムカつく!

「おやぁ?ようやく状況がお分かりいただけたようですな……

(良かった、最近のランス情勢は不確定要素が多すぎて、金と隣国の増援というカードでランスの侵攻を止められるか不安だったんだ。しかも交渉相手が面識の無い初めて会う相手だったから、考えを読みづらいし、どうしようかと思ったが……金の話であっさり目の色を変えたな。どうやらランスはここ数ヶ月の騒動、皇太子の婚約破棄、第二王子派閥の反乱、皇太子の交代、そしてバイエルラインとの戦争等で相当弱っているようだ。金の話に飛び付いきたのがその証拠。いやー助かった。ハッキリ言って今回の件は完全に我が国の公王がやらかしたのが原因な上、既に城を囲まれて敗戦も時間の問題。周辺国の援軍が間に合わない可能性も高い。むしろランス側につく可能性さえある。だから出来る限り速やかに金で解決しなければならなかったのだが……ククク、余裕だったな。世の中は所詮金、ランスという大国も金の前には無力という訳だ)

 ……では早速、具体的な講和の条件について話を……」

 と、伊達男が続けたところで、イラッとしながら私が一言。

「それで構いません」

 と、短く返事をした。

「え?……おお!そうですか、やはり物事は穏便に済ませるのが一番……」

 するとコモナ大使は少し驚いた後、ニヤリと嫌らしく笑い、言葉を続けようとしたが……。

 クク……さて、反撃……いや、嫌がらせの時間だ。

「ん?何を勘違いされてるのかな?」

 私はすっとぼけた顔で言った。

「え?」

「私が『それで構わない』と言ったのは……貴国がイスパニゴン王国と連携して攻めてくるのならばそれで構わない、受けて立つ、と言ったのだが?」

 そして、丁寧に言葉の意味を説明してやった。

「はぁ!?(ば、馬鹿な!この男は何を言っている!?)」

 私はニヤリと黒い笑みを浮かべて話を続ける。

「ククク、ご安心下さい。我が国の国力はまだまだ潤沢ですし、加えてストリアがいくらでも援軍を寄越してくれます。おたくの公王に侮辱された王女、マリー=テレーズ殿下はストリア皇帝の孫でもありますからね、更に我が国が誇る精鋭ブルゴーニュ騎士団がちっぽけな貴国を電光石火の速さで滅ぼしますので、イスパニゴンの援軍は間に合いませんよ。大義名分と金を払ってくれる貴国が無くなれば、イスパニゴンは動きますまい。クク、貴方はここから祖国がなす術なく滅びていくところを存分に堪能されるが宜しい」

 と、今考えた適当な内容を私が喋るとコモナ大使は盛大に慌て出した。

「お、お待ちを!(ランスは弱っているのではないのか!?これは虚勢……の筈だ!しかも金を払うと言っているのに、何故こんなことを言うのだ?仮にもしこの言葉が本当なら、何故戦争を続けようとする!?確かに我が国は小さいが、籠城すれば援軍が来るまで持ち堪えられる可能性はゼロではない、つまり大国イスパニゴンも巻き込んだ大戦争になる可能性はあるのだぞ!?これ以上戦争をしてもお互いに利益はないのにこいつは何をいっているんだ!?)」

 おお、私の嫌がらせで慌てているな。

 ザマァみろ、伊達男。

 因みにこれはただの嫌がらせプラス、慰謝料を割増させてやろうという意図もある。

 そして作戦は上手くいって目の前の伊達男は大いに動揺している。

 実に痛快だ。

 さあ!あとは一ランスでも多くコモナから搾り取るだけだ!……と思ったところで。

「も、元話と言えば貴国の王女マリー=テレーズ殿下が我が国の公王と内内定していた婚姻を一方的に破棄し、更にその後に内定したアネットなる侯爵令嬢まで約束を反故にしたことが原因ではないか!つまり約束を守れない貴国のロクでもない令嬢達が悪いのだ!」

 動揺し、追い詰められた伊達男は言うに事欠いて、そんなふざけたことをほざき始めた。

 私はその言葉が聞こえた瞬間、即座に血が沸騰し、目の前の伊達男を怒鳴り付けた。

 再びメガネとウィッグを投げ捨てて。

「黙れ!この愚か者め!義理とは言え我が妹にして、か弱き王女マリーと我が友人アネットを公の席で辱めたのは貴国の公王であろうが!」

「は!え?……ええ!?そ、そのお姿は……貴方様はもしや、第一王子マクシミリアン殿下!?」

「そうだ!そもそも国を跨いだ婚姻に本人達の意思など無いことは貴様も分かっておろうが!それにも関わらず、よくも世界一可愛い私のマリーと私のアネットを傷付けてくれたな!その罪、貴国の公王の首だけでは済まさぬぞ!覚悟しておけ!」

「あわわわわわ……ど、どうかお許しを……」

 と、伊達男が慌て、

「さあ、直ちに国へ戻り、愚劣な公王に伝えよ!貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだとな!」

 私が再び大見得を切ったところで。

「……はっ!いや待てよ?廃嫡寸前の無能の癖に調子に乗りやがって!お前こそふざけるな!こうなったら徹底的にやってやる!直ぐにイスパニゴンに頼んで攻め込んで貰うからな!覚悟しやがれ!」

 我に帰った伊達男が卑しい本性丸出しでそう叫んだ……その時。

「おいプレーボーイ!勝手に何を決めてやがる!イスパニゴンはテメーらの手下じゃねーぞ!」

 突然ドアが開き、ドスの聞いた女性の声がしたのだった。
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