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刺青
しおりを挟む何番目かにつきあった人が刺青持ちだった。
何番目かわからないのは、今までの相手が世に言う普通のお付き合いなのか、ただ寝ただけなのか分からなかったからだ。
爛れた生活を送っていたわけじゃない。
むしろ、すごく真面目にやってたし、周りからもそうだと思われていた。
一番最初が酷かったから記憶を塗り替えたかったのか、ただ寂しかったからつきあったのか。まぁそういう始まりだった。
奴は服を脱がないし、暗いところでしかしないしキスはしても触らせても舐めさせてくれないし、シャワーだって一緒に浴びてくれない。
半年の間、俺はてっきり、俺の役割というのはそういう性処理的なもんなのかと思っていた。
好きだと言った事もない。言われた事もない。
だって悔しいじゃないか。俺ばっかり好きってそういうの、虚しいじゃないか。
好きじゃない。
身体の相性が良かっただけで、顔と声が好きだっただけで、あとは全然好きじゃなかった。
俺はパンクもロックも嫌いだし、ヤンキーの漫画は興味ないし、焼肉は胃にもたれるし深夜のドライブより家でゆっくり寝かせて欲しかった。
真夜中の海なんか見ても死にたくなるだけで、星空なんか見ても自分の卑小さが身に染みるだけだった。
何より嫌だったのはイヤと言えずにずっと取り繕った笑顔で諾々としている自分だったが、俺の内心に気づいているのかいないのか奴の反応を見てもさっぱり分からなかった。
「遊びに行こう、スノボ」
そう言われた時、一緒に遊びに行く嬉しさより俺は何で金を払って寒い思いをしなくちゃいけないんだよ、と思った。
懐だって寒い。それはいつもだが。
「俺、運動神経良くないし」
「知ってる、動けよ、太るぞ」
「あー温泉ならなぁ…」
俺のアパートはシャワーしかない。冬の風呂場は頭を洗うだけでもめちゃめちゃ寒い。
「スノボっつってんだろ」
「寒いのやなんだよ、あーあ温泉な」
その時ものすごく不機嫌な唸り声というか、ああって今まで聞いたことのないような怒声を奴は上げた。
カップのコーヒーを投げつけられて、俺は呆然とした。
髪を掴まれるとか、膝裏をふざけて蹴られるとかそういうのはあったけれどこんなふうに物を投げつけられるということがなかった。
どうして突然激昂したかがわからなかった。
コーヒーは見事に俺の古いダッフルコートに染み込んだ。ジーンズにだって汚れは飛んだ。
幸いなのは、紺色のボロいコートでは汚れはさほど目立たない事だった。これが白いコートなら大惨事だ。
何か文句を言うより先に目から水が出た。
自分でも驚いた。
コートって家で洗えるんだろうか。クリーニングか?高校3年から来てる紺色のダッフルの他に上着なんてない。
量販店の厚手のパーカーの下に毛糸のカーディガンでも着れば良いか。
「帰る」
俺は宣言するように言って、奴に背を向けた。
あいつが謝りもせず、追っても来ないことが悲しかったし、腹ただしかった。
だから翌朝、あいつがインターフォンを押してドアの向こうに仏頂面で立っているのを見ても笑顔でおはようとか言えるわけがなかった。
「これ」
押し付けられたグレーのダウンは触っただけで暖かくて、驚くほど軽かった。
「着ろ。温泉行くぞ」
着替えもお金も何の準備もしていないのに強引に腕を引かれる。
強引なところはいつも通りなのに、下に停めてある車は爆音放つガンメタの改造車じゃなくてプリウスだった。
車の中は絶対に奴が聴かないような静かなボサノバが流れてる。
静かな歌に紛れるような声で奴は小さくごめんと言った。俺も小さくうんと答えた。
俺の怒りは持続しないのだ。
どうして奴が服を脱がないのか、海に行きながら泳がないのか、行った先が貸切の露天温泉がある場所なのか、ようやく俺は理解した。
服を脱ぎ捨てた裸身。
ワンポイントではなくて、こういうのは総身彫とでも云うのか、肩、腕、背中から臀部にかけて施された刺青はちょっとしたファッションとか若気の至りで…というものではなかった。
「どんびかれると思って」
服を脱いでそう言った顔に、ほんの少しの後悔と怯えに似た色があった。
俺はそれだけで胸がいっぱいになった。
俺に嫌われるかもしれないと、そんな気持ちが奴にあったんだなってそれだけで、もう他の事はどうでも良い気がした。
計算外だったのは、それまで互いの熱を隔てていた服地が無くなるとお互いが熱に溺れてのぼせあがってしまった事だろう。
せっかくの温泉旅行は、温泉よりも布団の上にいる時間の方が長かった。
そうして秘密がなくなったことで俺達の仲が深まったかと云うと、そうでもなかった。
それなりに深まりはしたけれど、気がつけば隣にはそれぞれ別人がいる。
俺は相変わらずロックもパンクも嫌いで、コンサートもフェスも興味がなく、相手に合わせる事も出来ず不器用なままだった。
あのうるさい車の助手席に誰かが乗っていても、咎める事もしなかった。
後輩の勝ち誇ったような顔を見るのも嫌だったし、あいつの気まずそうな顔を見るのも苦しかった。
勉学にうちこむふりをして教授の部屋に逃げるように避難しているうちに、そう云うことになってしまったし、誰と出会うか何が起こるかわからないもんだ。
もう何年も経ってしまったけれど、緋色の牡丹を見ると未だに息が詰まる。
決して枯れない花とあの肌に籠る熱を思い出して。
そしてあの花弁を全てむしり取って、地面の奥深くに埋めたくなるんだ。
誰にも触れられないように。そして俺がもう二度と思い出さないようにしたかった。
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退会済ユーザのコメントです
感想もらったやったー。ありがとうございます。
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ifな感じの後日譚というか、他の人々などまだ書き終わってない文書がありますので、おいおい投稿出来たらと思います。
恋愛の形はどうであれとりあえずこれは、自分が好きな感じに仕上がったのでHitachi様に杭が刺さって良かったなぁと…思うのでありました。(礼)