異端の巫子

小目出鯛太郎

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星降る地に

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 良くやった、良くやったとファルカ様に背や肩を叩かれて俺は困惑する。


 ファルカ様はセルカの国の第二王子だ。この辺境の小国に似つかわしくない見目好いお姿で田舎にいるには勿体ないほど利発な方だと聞いていた。淡い金髪に少し日に焼けた凛々しい容貌。賢そうな切れ長の緑の瞳。王様とお妃様の良い所を合わせたような姿だ。見かける時いつも憮然とした面持ちでいらっしゃるので、こんなに良く笑われる方だと言うことを俺は全く知らなかった。
 
 それはそうだ、相手は王族で、俺は今は巫子とはいえもとは孤児みなしご。年始の挨拶か祭りの時にちらりとお姿を見るだけで親しく話をすることなどなかったのだから。




「エヌ、本当に良くやった。大国レベリオのしかも世継ぎの王子の目に留まるとはな。しかもお前が向こうに行っている間にこちらには技師を派遣してくださるそうだ。削岩のための高価な機械もな。お前はずっと護衛がいなかったのだろう?レベリオでのお前の護衛にはオレがなってやる。ありがたく思え。迎えが来る7日の間にお前は天体や鉱石や知っている諸々の事を書けるだけこれに書き記せ。今日から水鉱の調査にはもう出なくて良い。必要な物があったら言え。オレが買ってやる。神殿に何か置いてあるようなら、明日取りに行って、あとは使者が迎えに来るまでは俺の宮で過ごせ、いいな?」
 

 分厚い革張りの紙挟みを渡された。
「え?書くの、ですか?」

「そうだ。お前が話す内容の中には、もしかしたらセルカから外には漏れてはいけない事もあるかもしれん。オレは王族としてそれを予め検分し、場合によってはお前の発言に釘を刺さねばならんからな。項目毎に紙を分けて書くのだ。紙も遠慮なく使え。絵も必要なら描いて良いぞ」


 はぁ…と俺は頭を掻いた。


 どうしてこんな事になってしまったんだろう。
 大国レベリオから、俺の身柄を預かりたいと言う申し出が届いた。替わりに井戸や坑道の整備の技師を派遣してくれると言うのだ。辺境では手に入らない高価な機械も無償で貸し出してくれるという。
 
 
 レベリオは盟主国、セルカは辺境の小国、否と言えるはずがない。否と言う理由もない。
 俺は巫子だけれど、人々が必要とする癒やしの巫子や豊穣の巫子ではないからだ。



「大国の方と知り合う機会などそうそうないのだぞ。しかも世継ぎの方直々に声をかけられてお仕えできることなど、星が降るより稀な事だ。セルカは国とは言え、もとは地方の田舎豪族だからな。お前のおかげで、オレも泥と馬糞の世界から抜け出せると思うと嬉しくてならない」


 その言葉を聞いて、王子という地位でもこの国から出たいと思っていたのかと驚いてしまった。ファルカ様にはこの国は狭すぎたのかな。
第二王子であるというお立場が、足枷になっていたのかもと、俺はぼんやり思った。




 とりあえず事の起こりは2日程前に遡る。




 目視できる高さに飛空艇が見えた。
良くあんな不格好な鉄の塊が空を飛ぶな、と思った。俺が知っている飛行機とは全然違う。ぶぶぶぶと醜い轟音を響かせて重そうな赤茶色の塊が飛んでいる。見るからに落ちそうで、俺はあんな乗り物には絶対に乗りたくない、と思ってしまう。
 どこの国から来たのか。まぁ、俺にはあんまり関係ないけれど。


 視線を足元に戻す。何の変哲もない岩と砂の荒れ地が延々と広がっている。



 今日も成果はない。


 先代が亡くなられた時に俺は10歳だった。それから俺が跡を継いでこのセルカの国の巫子として井戸を掘れる水脈を探し始めてからもう8年。何の成果もない。鉱脈さえ見つけられない。

 もう18になってしまった。何も見つける事ができないのだから、転職させてくれないかな、と思う。こんな居てもいなくてもわからないような巫子ではなくて農夫、代筆屋、仕立屋…は無理だけどその見習いとか、石工屋の見習いとかどうだろう?

 俺のあまり役に立たない能力の一つが石の声を聞く力だ。何処に楔を入れたら綺麗に割れるか尋ねたら石は何て言うかな…。いや、割られると知ったら口をつぐんでしまうかもしれないな。石工屋はだめか。


 転職するなら若いうちが良いと思うんだけど、神職…つまり巫子は基本的に死ぬまで巫子らしい。何か不祥事を起こして地位を剥奪されない限りは、俺は死ぬまで水脈か鉱脈を探し続けないといけないのだ。この、何にも無い荒れ地で。


 俺についてくれていた護衛は一人は俺が12の時に王宮の衛士に転属となり、もう一人は同じ頃に老齢で亡くなった。だから俺は共もなく時々石の声を聞きながら一人で荒れ地を彷徨っている。


 昨日もそうして荒れ地を彷徨い、野営をした。戻るのが面倒だったこともあるし、戻っても誰も待つ者がいないからだ。


 それに時期的に流星が見れる季節なのだ。暗くなる前に雑嚢から簡易コンロと固形燃料を出し野営の準備をする。
 水の入った革袋を降ろす。水は重いので魔導の力で水が出せたら良かったのにといつも思う。
 折角魔法のある世界に生まれたのに、それらしいことが何も出来ず、それは大きな不満の種だった。

 あーあたまにはでっかいハンバーグが食べたい。衣がさくさくしたエビフライや鶏唐を食べたい。ハンバーグはともかく、エビなんてもう記憶の中だけの食べ物だ。勿論、何もない所からぽんと食事を出せやしない。予め作り置きのマカロニの上にチーズを載せて、容器ごと炙る。溶けたチーズを絡めて食べて、空いた容器に水を足してこそぎ落として飲み、次の水を足して砂糖入りの粉茶を作る。
 本当はミルクがたっぷりの甘い茶が好きだけれど、持ち歩きできないからな。

 改良した固形燃料は2~3時間は持つから、火が消えた頃に運が良ければ空に流星群が見えるはずだった。もしくは、一つ二つの流れ星が。


 ふつふつと湯が沸く音を聞きながらぼんやりする。
 俺の中にはエヌという俺の記憶の他に、何処か遠い国の別の誰かの記憶がある。その記憶があまりにも突飛で異質なので、亡くなった先代にはそれを先代以外の他の人に語ることを禁じられていた。
 3つや4つの子供の中に異国の言葉や知識、大人の記憶があってはいけないのだ。異端として裁かれないために。
 先代は俺をちょっと大人ぶる早熟の子供のように周りに見せかけ、俺もそのように振る舞うように心がけた。

 その大人だった別人の記憶の中には天象儀プラネタリウム占星術 ホロスコープなどこの国には無いような物があった。それが、確たる学問なのか別人の記憶の中の想像の産物なのかは俺には判別がつかなかった。空を飛ぶ飛行機や、太陽やそれよりも遠くまで行く宇宙船など、夢のような考えが。空を飛びたかったのか、飛ぶものが好きだったのかわからないけれど、いつの間にか俺もそういう夢みたいな物が好きになっていた。
 だからこそ、あの不格好な飛空艇はいただけない。
 空を飛ぶ物はなんかもっと白大鷹のように優美であって欲しいと思うのだ。

 あの音もいけない。ぶぶぶぶなど、豚の鳴き声のようで。子豚は可愛いけれど、あの音は可愛くない。
 そこであれ?と振り返った。

 なにか似た音が夜の静寂に響いている。

 夜間に飛ぶ船があるのかな?ただ今日聞いた飛空艇の音とはまた違う。
 地平の端に小さく丸い光が浮かんだ。

 馬ではない。

 だがかなりの速さで近付いて来る。

 あ!と思った。こちらの火を消すべきだった。向こうからもこの火が見えるはずだ。相手がわからない。野盗が出たとはここ何年も聞いていないし、あんな高速車に乗れる野盗がいるとも思えない。
 
 爆音を響かせて車が近づき、それが、ただの車ではなく陸用のホバークラフトだと分かった。この国にこんな車はない。しかも2台。
 うひゃぁ。ぴかぴかのガンメタリック。ごついけれど、いいなぁちょっと乗って見たいなぁと思ってしまった。

 爆音が止まり、夜が静寂を取り戻す。

「セルカの民か」
 ホバークラフトから降りた一人に声をかけられた。軍人さん?重さを感じさせない動きでひらりと降りて来たけど背は高くがっちりとしている。
 え、まさかの軍事侵攻!?
 思わず後ずさってしまった。頭をパーンってどっかから撃たれるんじゃないかと思ったけど、それだったらもっと遠くから撃たれているか。

「驚かせてすまない」
 どこの軍服だろう。セルカから出た事のない俺には全く分からない。黒いコートにたくさんの徽章。
 うわぁ…多分偉い人だよね。どうしよう。挨拶とかどうしよう。

「こ、こんばんはセルカの民です」

 …うわぁやっちゃった…。こんな阿呆な挨拶無いよな…。ふって笑われた。やだなー。相手の唇のはしが少し上がっただけで酷薄な印象が薄らいだ。
 真顔だと、そのまま一刀のもとに斬り伏せられそうな強面なんだよ。何だろう。この人達は一体こんな何にも無い荒野に何をしに来たんだ?
 

「セルカではこの辺りが『星の降る荒野』と呼ばれている場所だろうか」


 あらまぁ驚いた。先代しか使っていなかったような懐かしい言葉を使われた。俺はもう、何かそれだけで無性に嬉しくなってしまった。
「はい、ここが『星の降る荒野です』あの、もしかして流星を見にいらしたんですか」

 うん、まぁ、そのようなものかとちょっと濁した返事の後、軍人さんは後ろに頷いた。軍人さんよりもずっと年若い、俺よりはちょっと上ぐらいに見える青年が頷き返した。



「君は此処で何をしているんだ?」

「あの、ここが一番星が降ったら良く見える場所なので!野営して流星群を待っているんです…」
 軍人さんに聞かれてちょっとうれしくて勢いが良くなり過ぎて途中で恥ずかしくなってしまった。セルカでは星なんか見るのは無益な事なのだ…。そんなものに夜更しせずにその分早起きして草を刈れと言われるのだった…。

 でも俺の言葉に後ろにいた青年が嬉しそうに顔を輝かせて立ち上がった。
 淡い色の巻毛を無造作に首の後ろで縛っているんだけど、そんな格好でもうーんあれだよ、あれ、高貴なというか育ちの良さが滲み出ているというか、もう只者じゃない感が満載なお姿だよ…。

「君も星を見に来たのか?」

 お、おおお?も、って言うことは同士なのか!
 俺は、はい!とがっくんがっくん頷いた。

「隣で見てもいいかな?」

 俺が断るわけないでしょう!!どうぞどうぞと促す。
 お付きの人、と言うか護衛の人が素早く敷物を敷き、折り畳みの椅子をしつらえ、ものすごく香り高いお茶を準備し、あの、俺、すっかり御相伴に預かっちゃった。美味しいお茶とお菓子。うひゃぁ、めちゃうまーい。瑞々しい果物。うひゃぁ、めちゃあまーい!ごめん俺、美味い物を称賛する語彙ないや。
 さく、しゅわっ、さく、ふわーん、さく、とろーり…もう何て言うの?奇跡の食感だよね。この世界にこんな美味しいお菓子があったんだねって、俺があんまり美味い美味いと感激するので、くすくすと笑われて、あげるよと残りのお菓子まですっかり頂いてしまった…。
 いやん、恥ずかしい…。

 俺はたくさん、アルテアさんと話をした。巻毛の良い家の子って方がアルテアさんで、軍人さんはゼルドさん。ゼルドさんは周囲に眼をやり、俺の簡易コンロの火を消しても良いかと聞いた。
 そうだよね、目立つもんね。

 滅多な事はないと思うけど野盗が来たら大変だもんな。

 アルテアさんは相当の星好きで、此処には流星群を見るのもあったけれど、本当は隕鉄が欲しくて来たんだと子供のように笑った。
 隕鉄は表面は溶解被膜で黒っぽいけれど、顕微鏡で見るとかんらん石や輝石が青、橙、ピンクに紫ときらきら輝いてそりぁ綺麗なんだよね。ダイヤやサファイアとは違った不思議な輝きを持っている。
 含まれるニッケルなんかは地味な素材だと思うんだけど、アルテアさんはそれが電極材に適しているとか、魔導融合の話なんかを熱心に語ってくれた。
 すごいよなぁ…若いのに。


 魔導のこと、もうちょっと勉強しておけば良かった。俺魔導の才能ないから、そこは先代が亡くなってからは手つかずなんだよなぁ。
 
 合金からタービンの話、精密機器から飛空艇、ホバークラフトの話と紆余曲折しながら本当に楽しい時間を過ごした。こんなにとめどなく話したり笑ったりしたのは何年ぶりか分からない程だった。
 いや、先代が亡くなってから初めてだってわかってるんだけどね。

「もうそろそろかな、待ちきれないよ」
 胸から、精緻な薔薇窓を施したような美しい懐中時計を取り出してアルテアさんは空を見上げた。

 アルテアさんのために、沢山の星が降りますように。アルテアさんの良い思い出になりますように。

 俺は心から祈った。


 ヒガシ、ヒガシダョ


 キラキラと輝く漣のような小さな声が聞こえた。
「東に」
 暗闇の中で一瞬俺は方向がわからなくなったんだけれど軍人さんがあっと声を上げた。

 青白い白銀の輝きが夜空に走った。


 俺の記憶にある花火とは比べ物にならないぐらいに頼りなく、細い輝きだった。願いを言う間もなく消えてしまう。
 流星の光なんて、ただの物理現象なのに、なんでこんなに綺麗で儚いんだろう。何億も、もしかしたら何十億も宇宙を旅してただ消えてゆくだけの存在がどうしてこんなに心を惹かれるのだろう。
 
 俺達は暗闇のなかで、幾つかの星が消えてゆくのを無言で眺めていた。





 まさか、その、一緒に星を眺めたアルテアさんが、盟主国レベリオの王子様だなんて、誰が想像しただろうか…。
 そして俺宛に遊学の案内が来るなんて、誰が思うだろうか?
 
 8年もの間水脈も鉱脈も見つけられない、穀潰しの巫子、役立たずの巫子なんて呼ばれている俺にそんな案内が来るなんて、晴天の霹靂とはまさにこの事だった。






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