異端の巫子

小目出鯛太郎

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地獄の飛空艇

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 今の状況を言うならば、うべべべべ、か。それともえれれれれか、俺は吐き倒れ中だ。


 飛空艇の旅がこんなに過酷だとは思いもしていなかった。

 8年間水脈や鉱脈を探して歩きまわっていたし、野宿もしていたし、重いものだって背負って運んでいたから体力には自信があったんだけど。空の上では体力は関係なかったみたいだ…。これ、乗り物酔いだ…。
 確か、三半規管…がおかしくなるんだよな?そんな所鍛えようがない。

 折角部屋に案内してもらったのに俺は寝台を吐瀉物で汚し、次の揺れで寝台から転げ落ちて床に手をついてまた吐いた。

 頭が痛い。気持ちが悪い。ぐらぐらする。何かがせりあがってきて、口から内臓が飛び出すんじゃないかと思ったが、びしゃっとまた吐いた。涙が出る。

 もう、本当に最悪だ。昨日あんなに飯を喰うんじゃなかった。
 久々のお肉で、しかも厚切りお肉だったから喜んでがつがつ食べた結果がこれだよ、うげぇぼぁぁぉぇ。
 なんでこんな酷い目にあわなきゃいけないんだろう。
 
 レベリオ国に行かなきゃいけないせいで、こんな目に遭うなんて。
 これって神様が来るなって思ってるんじゃないか…うぇれれれれれれ。


 
  
  
 盟主国レベリオから、セルカの王宮に書状が届いて、俺のレベリオ国行きは即座に決定したらしい。盟主国の意向なんて断れないよね…。しかも俺の替わりに送られてくるのが優秀な技師の集団だもの。諸手をあげて万歳になるよなぁ。
 困ったのは俺には護衛も従者もいなかったことだ。
 ただのレベリオ国見物なら立候補もあっただろうけれど、何せ今回は役立たずの俺の護衛とお世話係だもの、誰もやりたがるはずがない。しかも期間が明示されていないんだもの。
 これ、どういうことなんだろう。

 自分の世話は自分で出来るし、俺一人で行けばいいんじゃないかと思ったんだけど、なんかそこは国としての体面とかあるみたいでさ。面倒だよなぁ…。体面とか面子とかそういうの。
 
 

 俺の護衛をすると第二王子のファルカ様が言い出して、それには王様とお妃様が難色を示した。
 王子が従者の真似事をするとは何事かと王が言い、ファルカ様は大国で見分を広め知己ちきを得るまたとない機会だと力説する。

 結局はファルカ様がごねにごねまくってレベリオ行きを決め、もともとファルカ様の侍従のクレオさんが同行することになった。


 神殿に向かい自分の荷物を纏める。外套が一枚、上着が一枚、半袖が二枚、長袖が二枚、ズボンが2枚、式典用の長衣が夏用と冬用で各一着ずつ、下着が四組、寝巻きが一つ、サンダルと革靴が一足ずつ。ハンカチとタオルを2枚ずつ。帽子はどうしよう。結構汚れているから置いていくことにした。後何を持って行ったらいいんだろう。考えた末に歯ブラシといつも使っているカップを一つ。それから包帯と腹薬と傷薬を小袋にいれた。全部纏めてずだ袋に入れると結構重い。
 扉に鍵をかける前に、あっと忘れていた物を思い出した。隕鉄だ。親指位の小さなものだけれど、大事な品だ。木箱に入れていた隕鉄を袋に突っ込む。そしてもう一つ、あんまり使わないけど櫛も入れた。

 王宮にもどり、ファルカ様の宮に向かうと、まだ陽が高いにもかかわらず、風呂に入れと命令された。風呂からあがると顔と手足に油軟膏を刷り込めと壺を渡される。面倒くさい。
 しぶしぶ軟膏を塗っていると、髪がまだ濡れているのに、髪も整えると切られてしまった。

 ひどい。

 前髪がひどい。濡れた状態で切られてしまったから。すごく短くて困る。前髪を日よけにしてたのに。


 その後は夕食まで好きにして良いと、お付きの方に言われたので、ファルカ様に渡されていた紙挟みの束を出してアルテアさんと話した事を一度箇条書きにしてみた。

 あ、もうアルテアさんって言っちゃいけないんだった。

 アルテア殿下ってお呼びしないといけないんだった。すごく不安になる。だって俺礼儀とか全然わかんないんだもん。本当はファルカ様も王子様だからファルカ殿下になるんだけど、大国、しかも盟主国の第一王子様を第一に立てないといけませんと念を押されて、俺は混乱中だ。

 お貴族様の名称が俺には縁遠すぎてすごく困る…。間違ったら「無礼者!」とかって、鞭打たれたりするんだろうか?斬られちゃうかな?やだなー。怖いなぁ。


 俺は出された檸檬水を飲みながら、書付をはじめた。流星、流星群、『星の降る荒野』、隕鉄、ニッケル…は鉱物かな。かんらん石と輝石も鉱物かな。電極材、魔導融合、合金、タービン…これはどうしよう機械か部品の項目にすればいいかな。飛空艇、ホバークラフト。それから手が勝手にあの時見た懐中時計に施された薔薇窓の模様を描き始めた。
 だってすごく綺麗だったんだもん。

 いいなぁ、きっとレベリオにはああいう綺麗な物がいっぱいあるんだろうなぁ。


 うきうきと絵を描いていく。おまけに俺がいいなぁと思う飛空艇の絵も描いてみる。すげぇ
楽しい。

 あ、いけないいけない、ちゃんと他の説明も書いておかないと…。

 暗くなる前にファルカ様がいらっしゃったと知らせがあったので、とりあえず書いた物をお渡しに行った。

 
 絵はいいな、と言ってくださったんだけど、残りの物に関してはまずい物を食べたかのように苦い顔をされた。
「魔導はおいておくとして、なんだこれ。おまえ、本当にアルテア殿下とこんな話をしていたのか」

 紙束をべらりべらりとめくり、ファルカ様は唸り声を上げた。

「お前、夕食後は寝ずに身体を開けておけ。ちょっとこれは話を詰めておかねばいかん。アルテア殿下が一番興味を持っておられたのは何だ?」

 全部…と言いかけて、お好きなのは隕鉄ですと答えた。

「よし、それでは隕鉄についてさらに細かくまとめておけ」
 ファルカ様の言いつけ通りに俺は覚えていることを書きつける。



 一緒に食事をするなんてことはない。俺は用意された部屋で、用意された食事を一人で食べる。ううんいつも食べるものより豪華だ。さすが王宮。お肉が美味い。デザートの果物もしなびていない。

 食べながらもさっき書いていたことが気になり、ペンを取ってしまうと、これも書いておいた方が良いだろうと思いついた事をつらつら書いていく。そのうち食べる事を忘れて書きだした。

 しかし俺が書けば書くほど、翌日からファルカ様の顔色は悪くなっていく。

 俺は長く人と話をしていなかったせいで、先代と約束したどこまで話していいかどうかの境界線が分からなくなっていたし、ファルカ様は俺に「分からない」というのが嫌だったらしくもっと詳しく、もっと分かりやすく、と注釈や説明を書き加えていけばいくほど深みに嵌り、もう本当に出発前日までひどい状態になっていたのだった。


 そうして日々は過ぎ、迎えの船が来て俺達はレベリオに旅立った。残りの紙束は飛空艇の中で読むと言っていたファルカ様だったが、まず酔い始めたのはファルカ様だった。

 白い顔が青ざめ、冷や汗をかき、そんな姿を見たことがなかったので俺のために用意された主寝室でファルカ様に休んでいただき、そうこうしていると侍従のクレオさんの顔も同様に蒼褪め始めた。涙目で口を押えていらっしゃる。もう侍従だからなんだとかいう誇りは捨てて頂いて、遠慮なく吐いてくださいと布の小袋をお渡しした。あの時のクレオさんの絶望した顔は忘れられない。飛空艇の揺れはますますひどくなり、お二人に休んで頂く。

 俺も我慢ができたのはここまでだった。

 猛烈な吐き気に襲われ、流石に主寝室でゲロを吐くのはまずいと思い口を押える。窓が開くと思っていたのに、飛空艇の窓は嵌め殺しだった。隣の部屋に駆け込んで俺は生まれて初めてぼべぇっつと半月形にゲロを吐き飛ばした。凄い飛んだ。汚い。やばい。

 クレオさんと部屋を替わったために、クレオさんの部屋で吐いてしまったのだ。しかも猛烈に。

 頭痛と揺れと吐き気の三重奏で苦しみ、寝台にも床にも吐き散らかしもう最悪だった。

「巫子様?いかがなさいましたか」

 外から声が聞こえた。多分、主寝室の外から。

 返事をしなきゃいけないのに、俺達3人は誰もまともに喋れる状態ではなかった。


 お迎えに来てくださったゼルドさんの顔が強張った。ごめんなさい、部屋をめちゃめちゃにしちゃってごめんなさい悪気は全然ないんです、ごめんなさい、うぇれれれ…。


「誰かすぐ酔い止めの薬を」

 と声が聞こえた。


 うわぁだめ、近づかないで、触らないで汚れちゃうから来ちゃだめ…げぼぉって言葉にならない。

 俺はもう泣きながらごめんなさいを繰り返した。


 汚れた床に俺を座らせて、汚れた俺の身体を抱きかかえて支え、蛍光ピンクのどろっとした液体の入ったお椀を持ったゼルドさんが見えた。
「さぁ、これを飲めば楽になりますから」
 とお椀を近づける。

 殺鼠剤みたいなピンク色だよ。

 きっと飛空艇を汚した罰で俺は死刑になっちゃうんだと思った。

 ごめんなさい、ゆるしてください、かんにんしてください。

 もう泣きながら知ってるお詫びの言葉を並べるしかない。

 
 何故か次の瞬間、俺はゼルドさんとちゅーしてた。どろっとしたのが口の中いっぱいに入ってくる。

「申し訳ありません、どうか泣かないでください。これですぐに楽になりますから」
 大丈夫大丈夫と背中をとんとんされて、俺の意識はすぐに遠くなっていった。


 辺境の国に対する差別だったのかいじめだったのか本来だったら離陸前に飲むはずの酔い止めを飲ませなかったとか、酔いが回りやすくなるのを知っていてわざとジュースのようなアルコール度数の高い飲み物を歓迎用として飲ませたとか、田舎者をちょっと驚かせてやれとわざと飛空艇を荒く運転したとか、運悪くいつもなら吹かない風と雲のせいで乱気流に突入してしまっただとか。
 その時の俺が知るはずもない。


 2日後レベリオに到着したものの、ファルカ様もクレオさんも蒼白でひどい様子だった。お二人はそれでもご自身で立ち歩かれたけれどとても歓迎の宴に出れる状態ではなかった。それは俺も同じで、旅の間身体があの薬と水しか受け付けず、吐いてしまうため横になることもできず寝巻のままゼルドさんに抱えられてタラップを降りる。

 ようやくレベリオ国に到着したのにもう帰りたかった。

 でも帰るにはまたこの恐ろしい地獄のような飛空艇に乗らなくてはいけない。


 これが酷いトラウマになってしまい、俺はその後も苦しむことになってしまった。あんなに食べる事が好きだったのに嘔吐しやすくなってしまい、拒食症とはいかないまでもそれに近い状態になってしまった。強い匂いや刺激のあるものは食べれなくなってしまった。固かったり粘りがあるものもそうだ。咀嚼しなくちゃいけない肉もだめだ…。噛んでるうちに吐き気に替わってしまうんだ。あぅぅお肉ぅ。
 お肉好きだったのに…。


 優しいアルテア殿下の御厚意でゆっくりするようにと星養宮という離宮の客室の中でも広い庭つきの静かなお部屋を頂いて、俺は申し訳なくて申し訳なくて起きれる時は無言で覚えている限りのことを書いた。それをファルカ様に見て頂いて、良さそうな話題を選んでもらってファルカ様からアルテア殿下にお話ししてもらった。殿下が興味を持たれるといくつかの質問をファルカ様に返されて、それを俺がわかる限りで書いて、ファルカ様にお渡しする。
 なんか手間のかかる文通みただいだけれど、俺にはそれが精一杯だった。


 あっという間に一週間が過ぎ、すぐに二週間が過ぎた。


 その間外出しようとしたり努力はしたんだけど、馬車の揺れもだめで、いつ嘔吐するかわからない不安感でまた気分が悪くなり、こういうのを悪循環っていうんだよな。

 俺はもうあの何にもない荒野に帰りたい気持ちでいっぱいになった。


 だってさぁ、レベリオにはファルカ様がいればもう良くない?俺はセルカから書簡送ればそれで良くない?じきに話題も尽きるだろうし。俺が書いたり質問に答えられることもなくなるだろうし。
 問題は飛空艇に乗らずにどう帰るか、どうやって旅費を工面するかだと思っていたんだけれど、クレオさんが二人だけの時にこっそりと俺に言った。

 お預かりした巫子の健康を著しく損ねた状態で国に送り返すというのは、ありえない事、なんだって…。

 レベリオには巫子至上主義みたいな一派があるんだって。なんじゃそりゃ意味不明だよ…。


 それって国の体面?ううう体面とか本当にどうでも良いから帰りたい…。


 クレオさんからするとファルカ様がセルカにいた時以上に勉学に励んでいらっしゃる姿を見て、レベリオに来て本当に良かったと思ってるみたい。それに二人には俺みたいな後遺症もない。毎日楽しそうでいいよな…。


 あーあ。俺がひ弱だったのか…。ため息がでちゃうぜ…。
 
 置き時計の時間を見て、俺は薬を飲んだ。眠くなる薬だ。何故薬を飲むかってそりぁ、決まった曜日の決まった時間にお見舞いの人が来るからだ。
 アルテア殿下と、ゼルドさんが…。

 御前で嘔吐とか失礼があってはいけないから、それぐらいだったら最初から寝ておけとファルカ様から固く言い含められていたのだ。
 うん、きっとお忙しい所をお見舞いに来てくださるのに申し訳ないけど俺もそれが、正しいと思う。
 そして帰られてから夜起きて礼状を書いて、ファルカ様にお渡しする。

 薬を飲むとその時は眠れるんだけど…逆に夜眠れなくなるから実は辛い。なんか胃もきりきりして辛い。


 俺は本当にセルカに帰りたかった。

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