20 / 70
靴
しおりを挟む
あんな夜の次の朝がこんなに爽やかで良いんだろうか。
俺が目覚めた時にヘベスの姿は横になく、天蓋は片方がまとめられて、そこから清らかとしか言いようの無い朝日が穏やかに差し込み、開け放たれた窓から入る風は爽やかだし、ベッドサイドの覚えの無い花瓶には豪華に花が生けられて、これぞ花の香りって嫌味では無い自然な香りが漂っていた。
昨日の夜の、残り香なんて全部塗り替えられたようで、あれも全部夢なんじゃないかと思ったんだけど…乳首が痛い。先っぽもちょっと…。
いゃ、なんかそんな飛び上がるほど痛いとかじゃないけど、ひりひりの半分ぐらい、ひりっとする…。自分の身体ながら、朝から下着のなかから摘んで覗いて見る気にはなれなかった。
ここ何年分かの隠れた願望が顕わになった代償がこれなのかな…。大袈裟か。
先代に性的な事は汚らわしいと怒られて、先代が亡くなった後もずっと自分を縛り付けてきたけれど、俺は男の人が好きなんだなぁと思うと色んな事がすんなりと納得出来た。
重い機材を楽々と持ったり担いだり出来るから、そういうふうになりたくて広い背中や太い腕や、筋肉を伝う汗や、日焼けした首筋の線に目が行くんだと思っていたけど、そういう逞しいのが好きで…。
ヘベスに触ってもらって、こういう事をしたかったんだと改めて思った。
あの日、始めてゼルドさ…んに会った日、格好良いなと思うだけじゃなくて、その彼に当たり前のように守られて傅かれるアルテア殿下が猛烈に羨ましかったんだ。
その時は殿下とは知らなかったから、自由と裕福さがうらやましかったんだと思ったけれど。俺が本当に心惹かれたのはゼルドさ…んだった。
名前を心の中で呼ぶだけで恥しくなる。目が真っ先に彼を見てしまう。
探してしまう。
彼に似た香りに切なくなる。
アルテア殿下といる時でさえ、彼の事が気にかかる。
どうしようもない、叶うこともない恋だった。
でも好きになっても罪じゃない。罰も無い。
ベッドから下りて拭いてもらったけどシャワーを浴びたくて浴室に向かう。
石鹸が二種類になっていた。オレンジのと、濃い蜂蜜色の石鹸。
今日は、オレンジの石鹸はやめよう。
蜂蜜色のは香りはよくわからないけど洗いあがりがしっとりだ。
浴室を出ると気配も音もなく、ヘベスが正面からふわふわのバスタオルで俺を包んだ。
あれ?バスローブじゃない。
「本日は急ですが、お昼を殿下がご一緒にということで、昼より少し早くこちらに到着されるそうです。巫子様への本をお持ちになるとの事です」
本当に、何にもなかったかのようにヘベスは何時もと変わりなく淡々としていた。
ヘベスが変わらなくても俺の心臓は、ばくばくする。
無心だ!
無心になるんだ俺…。
何がおきても平常心だ、何をやっても平常心だ…よし、大丈夫だ普通に、普通に…
「耳が赤いですよ」
…俺の頑張りをへベスが裏切った。もう!!
「寝起きを良くするために、耳を揉んだの!」
へベスの口元が笑っているので、面白がって言っているに違いなかった。
「…首にキスマークが」
!?
ふぁっ!?
「虫刺されかな?」
「こんなところに恥ずかしい染みが…」
「お茶でもこぼしちゃったかな」
「予行演習は大丈夫そうですね」
俺の嘘は、突けば綻びそうだけれど。へベスが色々言ってくれたので、もし何かを言われてもなんとかなりそうな気になった。
へベスの場合は、どんなに神に真摯に仕える人が見ても彼の顔に嘘つきと書かれているのを見抜けないだろうなぁと思ってしまった。
下着をつけ渡された服をそのまま着る。麻が混じっているのかしゃりしゃりとした感触の立襟の白いシャツに、グレーのズボン。なんだか見習い修道士みたいな色合いだ。
新たに渡された靴はまたフェルトで出来たような軽い室内履きだ。
へベスの足元を見る。
髪と同じ色の皮靴だ。
「ねぇへベス、巫子って革靴履いちゃいけないの?」
いけないことは無いのですが、巫子の靴がそのように軽く薄く出来ているのは脱走防止のためです。と、予期せぬことを言われて俺は唖然とした。
「大昔の習慣の名残のようなものです。昔は豊穣の巫子や癒しの巫子などは略奪の対象だった時代もありますから、他の国から奪い取った巫女を監禁したりと言うこともあったそうです。そうして捕らえた者が逃げ出すのを防ぐために最初は裸足で過ごさせたそうですね。絨毯の毛足がとても長いのもその流れです。今はあなたを逃したく無いという気持ちの表れで形式的な物です。鎖で繋ぐわけにはいきませんからね」
そう言ったへベスがどんな残忍なことでも平気でやってのけそうな酷薄な顔つきに見えて俺はどっきりした。
鋭い三白眼のせいで怖く見えてしまうし、彫の深い顔立ちのために暗い陰がずっと付きまとっているように感じられて俺は思わず指を伸ばして、皺のないへベスの眉間を撫でた。
どんな豪華な部屋にいても室内犬には見えない。冬の荒野をひた走りに駆け去る狼みたいな彼を、足元にひれ伏させ仰向けになった犬のように降伏させて好きなように撫でまわせたらどんなに楽しいだろうと、ふと馬鹿な事を考えた。
こんな朝からへベスが喘ぐ顔を見たくなってしまったのはきっと彼に触れていないからだ。
キスしたけれど、へベスは俺の身体をたくさん触ったけれど。
俺はへベスに触れていない。へベスの心にも全くさわれていない。
石の声が聞こえるように、へベスの隠した心の声が聞こえればいいのにと俺は思った。
俺が目覚めた時にヘベスの姿は横になく、天蓋は片方がまとめられて、そこから清らかとしか言いようの無い朝日が穏やかに差し込み、開け放たれた窓から入る風は爽やかだし、ベッドサイドの覚えの無い花瓶には豪華に花が生けられて、これぞ花の香りって嫌味では無い自然な香りが漂っていた。
昨日の夜の、残り香なんて全部塗り替えられたようで、あれも全部夢なんじゃないかと思ったんだけど…乳首が痛い。先っぽもちょっと…。
いゃ、なんかそんな飛び上がるほど痛いとかじゃないけど、ひりひりの半分ぐらい、ひりっとする…。自分の身体ながら、朝から下着のなかから摘んで覗いて見る気にはなれなかった。
ここ何年分かの隠れた願望が顕わになった代償がこれなのかな…。大袈裟か。
先代に性的な事は汚らわしいと怒られて、先代が亡くなった後もずっと自分を縛り付けてきたけれど、俺は男の人が好きなんだなぁと思うと色んな事がすんなりと納得出来た。
重い機材を楽々と持ったり担いだり出来るから、そういうふうになりたくて広い背中や太い腕や、筋肉を伝う汗や、日焼けした首筋の線に目が行くんだと思っていたけど、そういう逞しいのが好きで…。
ヘベスに触ってもらって、こういう事をしたかったんだと改めて思った。
あの日、始めてゼルドさ…んに会った日、格好良いなと思うだけじゃなくて、その彼に当たり前のように守られて傅かれるアルテア殿下が猛烈に羨ましかったんだ。
その時は殿下とは知らなかったから、自由と裕福さがうらやましかったんだと思ったけれど。俺が本当に心惹かれたのはゼルドさ…んだった。
名前を心の中で呼ぶだけで恥しくなる。目が真っ先に彼を見てしまう。
探してしまう。
彼に似た香りに切なくなる。
アルテア殿下といる時でさえ、彼の事が気にかかる。
どうしようもない、叶うこともない恋だった。
でも好きになっても罪じゃない。罰も無い。
ベッドから下りて拭いてもらったけどシャワーを浴びたくて浴室に向かう。
石鹸が二種類になっていた。オレンジのと、濃い蜂蜜色の石鹸。
今日は、オレンジの石鹸はやめよう。
蜂蜜色のは香りはよくわからないけど洗いあがりがしっとりだ。
浴室を出ると気配も音もなく、ヘベスが正面からふわふわのバスタオルで俺を包んだ。
あれ?バスローブじゃない。
「本日は急ですが、お昼を殿下がご一緒にということで、昼より少し早くこちらに到着されるそうです。巫子様への本をお持ちになるとの事です」
本当に、何にもなかったかのようにヘベスは何時もと変わりなく淡々としていた。
ヘベスが変わらなくても俺の心臓は、ばくばくする。
無心だ!
無心になるんだ俺…。
何がおきても平常心だ、何をやっても平常心だ…よし、大丈夫だ普通に、普通に…
「耳が赤いですよ」
…俺の頑張りをへベスが裏切った。もう!!
「寝起きを良くするために、耳を揉んだの!」
へベスの口元が笑っているので、面白がって言っているに違いなかった。
「…首にキスマークが」
!?
ふぁっ!?
「虫刺されかな?」
「こんなところに恥ずかしい染みが…」
「お茶でもこぼしちゃったかな」
「予行演習は大丈夫そうですね」
俺の嘘は、突けば綻びそうだけれど。へベスが色々言ってくれたので、もし何かを言われてもなんとかなりそうな気になった。
へベスの場合は、どんなに神に真摯に仕える人が見ても彼の顔に嘘つきと書かれているのを見抜けないだろうなぁと思ってしまった。
下着をつけ渡された服をそのまま着る。麻が混じっているのかしゃりしゃりとした感触の立襟の白いシャツに、グレーのズボン。なんだか見習い修道士みたいな色合いだ。
新たに渡された靴はまたフェルトで出来たような軽い室内履きだ。
へベスの足元を見る。
髪と同じ色の皮靴だ。
「ねぇへベス、巫子って革靴履いちゃいけないの?」
いけないことは無いのですが、巫子の靴がそのように軽く薄く出来ているのは脱走防止のためです。と、予期せぬことを言われて俺は唖然とした。
「大昔の習慣の名残のようなものです。昔は豊穣の巫子や癒しの巫子などは略奪の対象だった時代もありますから、他の国から奪い取った巫女を監禁したりと言うこともあったそうです。そうして捕らえた者が逃げ出すのを防ぐために最初は裸足で過ごさせたそうですね。絨毯の毛足がとても長いのもその流れです。今はあなたを逃したく無いという気持ちの表れで形式的な物です。鎖で繋ぐわけにはいきませんからね」
そう言ったへベスがどんな残忍なことでも平気でやってのけそうな酷薄な顔つきに見えて俺はどっきりした。
鋭い三白眼のせいで怖く見えてしまうし、彫の深い顔立ちのために暗い陰がずっと付きまとっているように感じられて俺は思わず指を伸ばして、皺のないへベスの眉間を撫でた。
どんな豪華な部屋にいても室内犬には見えない。冬の荒野をひた走りに駆け去る狼みたいな彼を、足元にひれ伏させ仰向けになった犬のように降伏させて好きなように撫でまわせたらどんなに楽しいだろうと、ふと馬鹿な事を考えた。
こんな朝からへベスが喘ぐ顔を見たくなってしまったのはきっと彼に触れていないからだ。
キスしたけれど、へベスは俺の身体をたくさん触ったけれど。
俺はへベスに触れていない。へベスの心にも全くさわれていない。
石の声が聞こえるように、へベスの隠した心の声が聞こえればいいのにと俺は思った。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる