異端の巫子

小目出鯛太郎

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 あんな夜の次の朝がこんなに爽やかで良いんだろうか。

 俺が目覚めた時にヘベスの姿は横になく、天蓋は片方がまとめられて、そこから清らかとしか言いようの無い朝日が穏やかに差し込み、開け放たれた窓から入る風は爽やかだし、ベッドサイドの覚えの無い花瓶には豪華に花が生けられて、これぞ花の香りって嫌味では無い自然な香りが漂っていた。
 昨日の夜の、残り香なんて全部塗り替えられたようで、あれも全部夢なんじゃないかと思ったんだけど…乳首が痛い。先っぽもちょっと…。


 いゃ、なんかそんな飛び上がるほど痛いとかじゃないけど、ひりひりの半分ぐらい、ひりっとする…。自分の身体ながら、朝から下着のなかから摘んで覗いて見る気にはなれなかった。

 ここ何年分かの隠れた願望が顕わになった代償がこれなのかな…。大袈裟か。
 
 先代に性的な事は汚らわしいと怒られて、先代が亡くなった後もずっと自分を縛り付けてきたけれど、俺は男の人が好きなんだなぁと思うと色んな事がすんなりと納得出来た。

 重い機材を楽々と持ったり担いだり出来るから、そういうふうになりたくて広い背中や太い腕や、筋肉を伝う汗や、日焼けした首筋の線に目が行くんだと思っていたけど、そういう逞しいのが好きで…。


 ヘベスに触ってもらって、こういう事をしたかったんだと改めて思った。


 あの日、始めてゼルドさ…んに会った日、格好良いなと思うだけじゃなくて、その彼に当たり前のように守られてかしずかれるアルテア殿下が猛烈に羨ましかったんだ。
 その時は殿下とは知らなかったから、自由と裕福さがうらやましかったんだと思ったけれど。俺が本当に心惹かれたのはゼルドさ…んだった。

 名前を心の中で呼ぶだけで恥しくなる。目が真っ先に彼を見てしまう。
 探してしまう。

 彼に似た香りに切なくなる。

 アルテア殿下といる時でさえ、彼の事が気にかかる。

 どうしようもない、叶うこともない恋だった。



 でも好きになっても罪じゃない。罰も無い。

 ベッドから下りて拭いてもらったけどシャワーを浴びたくて浴室に向かう。
 
 石鹸が二種類になっていた。オレンジのと、濃い蜂蜜色の石鹸。
 今日は、オレンジの石鹸はやめよう。
 蜂蜜色のは香りはよくわからないけど洗いあがりがしっとりだ。

 浴室を出ると気配も音もなく、ヘベスが正面からふわふわのバスタオルで俺を包んだ。
あれ?バスローブじゃない。

「本日は急ですが、お昼を殿下がご一緒にということで、昼より少し早くこちらに到着されるそうです。巫子様への本をお持ちになるとの事です」


 本当に、何にもなかったかのようにヘベスは何時もと変わりなく淡々としていた。
 ヘベスが変わらなくても俺の心臓は、ばくばくする。

 無心だ!

 無心になるんだ俺…。
 
 何がおきても平常心だ、何をやっても平常心だ…よし、大丈夫だ普通に、普通に…


「耳が赤いですよ」


 …俺の頑張りをへベスが裏切った。もう!!
「寝起きを良くするために、耳を揉んだの!」
 へベスの口元が笑っているので、面白がって言っているに違いなかった。

「…首にキスマークが」

 !?
 ふぁっ!?
 
「虫刺されかな?」

「こんなところに恥ずかしい染みが…」

「お茶でもこぼしちゃったかな」

「予行演習は大丈夫そうですね」
 俺の嘘は、突けば綻びそうだけれど。へベスが色々言ってくれたので、もし何かを言われてもなんとかなりそうな気になった。


 へベスの場合は、どんなに神に真摯に仕える人が見ても彼の顔に嘘つきと書かれているのを見抜けないだろうなぁと思ってしまった。


 下着をつけ渡された服をそのまま着る。麻が混じっているのかしゃりしゃりとした感触の立襟の白いシャツに、グレーのズボン。なんだか見習い修道士みたいな色合いだ。
 新たに渡された靴はまたフェルトで出来たような軽い室内履きだ。


 へベスの足元を見る。
 髪と同じ色の皮靴だ。

「ねぇへベス、巫子って革靴履いちゃいけないの?」

 いけないことは無いのですが、巫子の靴がそのように軽く薄く出来ているのは脱走防止のためです。と、予期せぬことを言われて俺は唖然とした。

「大昔の習慣の名残のようなものです。昔は豊穣の巫子や癒しの巫子などは略奪の対象だった時代もありますから、他の国から奪い取った巫女を監禁したりと言うこともあったそうです。そうして捕らえた者が逃げ出すのを防ぐために最初は裸足で過ごさせたそうですね。絨毯の毛足がとても長いのもその流れです。今はあなたを逃したく無いという気持ちの表れで形式的な物です。鎖で繋ぐわけにはいきませんからね」


 そう言ったへベスがどんな残忍なことでも平気でやってのけそうな酷薄な顔つきに見えて俺はどっきりした。


 鋭い三白眼のせいで怖く見えてしまうし、彫の深い顔立ちのために暗い陰がずっと付きまとっているように感じられて俺は思わず指を伸ばして、皺のないへベスの眉間を撫でた。


 どんな豪華な部屋にいても室内犬には見えない。冬の荒野をひた走りに駆け去る狼みたいな彼を、足元にひれ伏させ仰向けになった犬のように降伏させて好きなように撫でまわせたらどんなに楽しいだろうと、ふと馬鹿な事を考えた。

 こんな朝からへベスが喘ぐ顔を見たくなってしまったのはきっと彼に触れていないからだ。

 キスしたけれど、へベスは俺の身体をたくさん触ったけれど。

 俺はへベスに触れていない。へベスの心にも全くさわれていない。



 石の声が聞こえるように、へベスの隠した心の声が聞こえればいいのにと俺は思った。


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