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護衛の一日
しおりを挟む夜間にへベスは急な呼び出しを受けて黎明宮へ向かったと、翌朝スミセルさんが俺に言った。
俺は一人で身支度出来るし、食事も朝は簡易なものにして貰っているから一人で済ます。朝へベスの姿が見えなかったから疲れて寝ているようなら、そのまま休んでいてもらおうと思ったのに星養宮にいなかったとは…。
「ネフェシュの巫子はそんなに具合が悪いのかな?」
「詳しくは聞いておりませんが、ひどい癇癪を起こされたそうです」
ううん。ガラス戸を全部割ったり、備品を全部外に放り投げるとかしたのかな?早くレベリオが安全で安らげる場所だと理解して貰えれば良いんだけど。ネフェシュの巫子は何が嫌なのかな、何に怖がっているのかな。巫子とへベスが怪我とかしていなければ良いんだけど。
スミセルさんは昨日が当番日で、夜間の巡回中に連絡を受けて星養宮へ直行し、替わりにへベスが黎明宮へ向かったらしい。
一応巫子が滞在する宮には側仕えがいて、側仕えがなんらかの事情で外出して宮を空ける場合は宮の警護経験があるものが配置されるようになってるみたい。巫子が一人っきりにならない配慮がされているみたい。それに他の宮は側仕えが一人じゃなかったり、私財で専属のお手伝いや警護人を雇ったりしているそうだ。
うわぁ。
俺、私財なんて無いもんな…。雇えないし。人がいっぱいいるのも嫌だし。
そういえば前にへベスが他の宮では着替えの係とか入浴の係がいるって言ってたけど…。ここで俺は大変な事に気がついてしまった。へベスの給与はアルテア殿下から支払われているだろうけれど、へベスと休みの話をした事が無い。いつも一緒にいて雇ってるとか、働いて貰っているって感覚がなかったや。
なんてことだ。へベスに休んでもらわなきゃ。休暇を取って貰わなきゃ。働かせすぎだよね?
目の前の気の良さそうなスミセルさんも夜の巡回からここに来たって云う事は昨日から寝ていないんじゃないか。全然そういう事気が回らなかったや。
「あの、スミセルさん。寝ていないんじゃないの?大丈夫ですか?」
「仮眠の時間をいただいておりますので大丈夫です。お気遣いいただきましてありがとうございます」
彼は日に焼けた浅黒い顔に、にこっと気持ちの良い笑顔を浮かべた。
王宮警護官は毎日働いているんじゃないかと思ってたんだけど、当番、非番、週休、日勤と四日単位で繰り返して勤務になっているそうだ。そのうちの当番日が二十四時間体制の警備なんだって。だから本当は今日の朝で勤務終わりのはずなのに、昼にへベスか誰か代わりの警護人が来るまで残ってくださっているそうだ。
「…実はマウロさんが星養宮の調理場で昼食の賄いをご馳走してくださるそうで、それを楽しみにしています」
誰もいないのに、口の横に大きな手を当ててスミセルさんは囁いた。
「昨日コーヒーと一緒に頂いた茶菓子も、大変美味しかったです。寮では食事は量だけは有りますが味は並で甘いものはあまり出ないのです。だから巫子と宮の警護は人気があるんですよ。だからというのは失礼な言い方でしたね。すみません。あ、これはここだけの話という事でお聞き流しください」
護衛の方は後ろや横に立っている時はどういう人だか全く分からなくて、皆職務上無表情で沈黙しているし、生来が寡黙なのかと思っていたんだけど普通の人だった。
スミセルさんも目尻の笑い皺が良い感じだよ。
「あの俺コーヒー飲みますけど、一緒に飲まれますか?」
スミセルさんは嬉しそうな顔をした。
俺は昼まで読む本を一冊手に取って珍しく食堂へ向かった。
「マウロさん、コーヒーを二人分もらえますか」
俺が厨房に声をかけると、奥には見習いっぽい人が一人と、手を拭いてるマウロさんがいた。
「あらまぁ、珍しい組み合わせで。ただいま準備致します」
と言いながらマウロさんはコーヒーを淹れてくれ、見習いっぽい人はお盆の上に菓子皿を乗せてあわわとした顔でマウロさんの顔を伺っていた。
「ブルッティそれでいいよ」
マウロさんが保父さんみたいに優しい声をかけて、ブルッティと呼ばれた青年に動作を促す。彼は金属のトングで茶色い不恰好なごつごつした菓子をそっと摘み上げて数枚お皿に乗せた。
「巫子様、この菓子は見かけはこうですけど味は最高なんですよ。このまま食べても美味しいですし、コーヒーにつけても美味しいんでね。これはアーモンド、こちらはヘーゼルナッツが入っています。それからこれは見習いのブルッティです。まだ鍋洗いと野菜の皮むきしかさせていませんが、星養宮の手伝いに時々参ります」
マウロさんはお菓子を説明するついでみたいにブルッティさんを紹介した。
ブルッティさんは前掛の端を両手で掴んだまま深々と90度のお辞儀をした。
「この子は口が聞けないのですが、真面目に働く子ですので。呼ばれて返事は出来ませんが手を挙げたり頷いたりします。ご面倒をおかけしますがよろしくお願い致します」
面倒でもなんでもなかった。だって俺お世話されている側だもんね。こちらこそよろしくお願い致しますだよ。
「みんなでお茶する?」
俺がそういうとブルッティさんは口をOの字に開けて、前掛を掴んでぶるぶる震えた。そ、そんな怯えた顔をしなくても…。
ありがたいお言葉ですが見ての通りこの子が緊張し過ぎて倒れそうなのでと、マウロさんは苦笑して、とんとんとブルッティさんの肩を叩いている。スミセルさんにもブルッティさんにもお昼はいっぱい食べさせてあげてねと言うと、マウロさんは破顔した。
食堂に運んで貰ったコーヒーを飲みながら、俺はスミセルさんに護衛官の非番日や休みの日は何をするかなどを聞いた。
なんと当番の勤務終了した朝の9時から昼の12時迄を非番と言うらしい。
俺そこをすっかり勘違いしていた。
非番って、お休みの事だと思っていたよ。
だから朝9時に当番が終了すると、その後は午前中は詰所に待機したり語学、政治教養や武術など各種の訓練に参加する事もあるそうだ。昼の12時にやっと帰宅できるらしい。独身者の多くは通いが面倒という事もあって敷地内にある寮住まいで、家族のある者は王宮の敷地外だけれど遠くない場所に官舎があるんだって。
非番の翌日が週休日で本当の休日。休日は何をするんですか?って聞いたら昼はしっかり寝て、午後は訓練をして身体を動かして、割と早い時間にお酒を飲んで寝てしまうんだって。
あれ?休みの日も訓練しちゃうのか…。真面目だ…。
「最初の頃は飲みに行くのが楽しみだったんですけどね、敷地外に出る手続きって面倒なんですよ」
スミセルさんは残念そうにため息をついた。
規定の報告書に何時に何処に何の目的で行くかを書き、移動手段、宿泊先がある時はそれも明記。外で何か買い物をして何かを寮に持ち込む時はそれも記入しないといけない。門番に検品もされてしまう。勿論戻って来てすぐに敷地に入れるわけではなく報告書に検印をもらわないと入れない。外出者が一斉に戻ってくると外の詰所で一時間でも二時間でも待たなくてはいけない時があるらしく、それが嫌で皆外出が嫌いになるんですとスミセルさんは笑った。
寮内に購買があり、殆どの物はそこで買えて、月2回は外部から注文を取って趣味や嗜好品の取り寄せなどもしている。お酒とか、タバコとかそういう物を。なんだか俺が思っているより窮屈そうな生活だ。
「私は軍学校からの延長で警護人になったようなものなので、知り合いも多いですし、まだ学生生活が続いているような気持ちでいられますが、外部から憧れて入った者は慣れるのに時間がかかるかもしれません。規則だらけですから」
さくさくがりがりとお菓子を齧りながら、王宮に憧れて職に就こうとする人がいるのかぁと俺は嘆息した。安定職だからかな?すごく高級取りだけど疲れそうな仕事っていう想像しか出来ないんだけどなぁ。そんなのが良いのかなぁ。
みんないつからそう言うことを考えてたんだろう?
俺は小さい頃何になりたかっただろう?
土を掘るのが得意だから農夫、字が書けたから代筆屋、服が必需品だからきっと職が無くなる事はないだろうと仕立て屋、それから石工屋…そんな物に転職出来ればなぁとセルカで思っていた。巫子以外なら何でも良いと思って、そこに憧れの気持ちなんかは無かった。逃げ出したかっただけだ。
憧れ、憧れかぁ。
俺学がないからそもそもが王宮の勤めは無理だろうけど、規則でがんじがらめの所も無理だろうなぁ。
もしレベリオでお役御免になって、セルカに帰る時に甘やかされた現在からまたあの生活に戻れるだろうか。想像すると辛い。
へベスは世界旅行連れて行ってくれるって言ったけど、そんな夢みたいな事あてにしちゃいけないよね。
うーん、うーん、もっと真剣に聴講聞こうか…。
俺の読書の邪魔をしては悪いからと、スミセルさんは再び警備に立つ。座って待ってても良いよって言ったのに、そういうところは真面目だよね。俺が食堂で本を読むよと言ったら、食堂の入り口に彫像のようにどーんと構えて立っている。
昼食の出来上がる良い香りが漂うまで俺はしばし読書に没頭した。
勿論真面目な本を。
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