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それはおいしい食事
しおりを挟むおかしい。
楽しく食事をして…。
そう、今夜は賑やかな楽しい食卓だった。
今日はシェスさんが一緒に夕飯を食べても大丈夫?って調理場のマウロさんに聞きに行って、マウロさんとブルッティさんも一緒にご飯を食べれないか?って聞いた。
注意する人がいないならと、マウロさんは食堂の縦に長く大きなテーブルじゃなくて、四人が座ると膝がくっついてしまうような丸いテーブルを使った。テーブルの上にはサラダと麺の大皿がどんと鎮座していた。
前菜の盛り合わせは人数分がないからどうぞお召し上がりくださいと言われたのを、海老が乗ったのをありがたく頂戴し、貝が乗ったのはシェスさんに、ツナとチーズが乗ったのはマウロさんとブルッティさんが半分こして食べた。
四人でむしゃむしゃと山羊か兎になったようにサラダをたいらげる。
お次は麺だ。肉団子をトマトソースで煮込んで、上からたっぷりと削ったチーズと緑の香草を振りかけたのをいただく。
熱々の肉団子をかじると、じゅわっと肉汁が滲み出る。肉の甘味とソースの酸味とチーズのまろやかさが混ざりながら襲いかかってくる。うまい!!
美味しさって一瞬で人を幸せにするよね。
喋れないブルッティさんの顔も、見ただけで味を絶賛しているのがわかる。美味しいねぇとお互い目で通じ合う。
「おいおいおい、一人で全部たいらげるつもりか!?」
シェスさんが麺にフォークを突き刺し、ぐるっと一巻きし怪獣のようの勢いよく食べてしまうので、マウロさんは慌てて別の料理を取りに行った。
その後ろをちょこちょこと子犬のようにブルッティさんがついて行く。
「これは本来巫子様におあがりいただくような物ではないのですが…」
マウロさんが鍋ごと運んできたのは野菜くずと崩れた肉団子の塩煮込みだった。
キャベツやら南瓜やらいろんな野菜の切れ端と、歪な形の肉団子。
「見た目はあまり良くないんですが、味は抜群です」
野菜の甘味がいっぱい詰まったスープは口の中に残った油っぽさを拭いながら、食欲を加速させる恐ろしい代物だった。二杯でも三杯でも余裕で食べられそう…。
「これはブルッティが夜の賄いで作ったんですが、スープの上澄みだけはそのうち巫子様のお食事に出せると思うんですよ」
「すごく美味しいよ、優しい味がする。俺、こういうの好き」
そのうちじゃなくてすぐでも大丈夫だよと言うと、ブルッティさんは真っ赤になり、恥ずかしそうにうつむいてしまったけれどマウロさんは自分が褒められたみたいに嬉しそうに笑った。
俺はブルッティさんが使う手話は全くわからなかったけれど、笑ったりくすぐったり指をひらひらさせたり二人は色んなやりとりをしていた。
二人を見ているとブルッティさんはマウロさんが大好きで、マウロさんもブルッティさんのことを好きなんじゃないかなぁと二人の間に漂っている雰囲気で思えた。
微笑ましいようなくすぐったいような感じだ。
食事は美味しくて、いつもは飲まないお酒も少し入って、おしゃべりをして笑って、笑って、それからのことを覚えていない。
俺、酔っ払っちゃたのかな?
「こいつがいっぱしの料理人になるまで、私もがんばらなきゃと思うんですよ、な」
お避けのせいでいつもより饒舌になったマウロさんはブルッティさんの栗色の髪をわしゃわしゃにかき乱した。
いつか二人で店を持ちたいと、言ったのを…覚えている。
ジュースで割ったお酒で最初に真っ赤になったのはブルッティさんだった。目がとろんとして首がかくんと落ちて、はっと起きて、それから眠気に負けてマウロさんに寄りかかるのを見ていた覚えもある。
それをいいなぁって、羨ましく見ていて、それから…。
それから…?
甘えて寄りかかれる相手がいるのは良いなぁって、そんな事を俺は言った?
そうだ、良いなぁうらやましいなぁってそれで、甘えられる相手はいないのと聞かれて頷いた。
「じゃあほらたくさん甘えてください」
優しく引き寄せられた黒い制服の胸元からは懐かしいようなほんのり甘いオレンジの香りがした。
デザートに柑橘系の物なんて食べていないのに変だよと俺は言って、でもその香りから離れられなくて黒い制服の中に包まれるようにしていると泣きたいような気持ちに駆られた。
だって、どうしてここにいない人の香りがするの?
それにまるでゼルドさんに抱きしめられるような気分になる。そんな日は来ないと俺は知っている。
口元に何か当てられて、俺はもうお酒は飲めないよって首をふる。
「これはお酒じゃなくて、上手に甘えられるようになる飲み物ですよ」
告げる声は笑いを含んでいた。
「飲むと気持ちが良くなって上手におねだりしたり甘えたりできますよ」
優しい声に促されて、でも俺はそれを断ろうとした。ゼルドさんを思い出させるオレンジの香りと黒い制服に包まれた広くて温かい腕の中で十分だよって、このまま眠れたら幸せだよって言おうとしたのに。
オレンジより甘くてどろどろした物が口から喉の奥を伝っていく。
身体の中に一本の細い管の空洞が出来たみたいに、そこを甘さと熱がゆっくりと伝い落ちていく。
「シェスさ…?」
俺の下唇に残ったものを舐め取ってシェスさんは微笑んだ。
ゼルドさんが子供の頃の話をしてくれた時とも違う、いつでも遠慮なく、そのために俺がいるわけだからと…文学館で本を借りた時のあの人好きのする笑顔とも違う仄暗い笑み。
もう俺達は食堂にはいなくて、見慣れたようで見慣れない暗い部屋にいた。一人で眠る場所に。
どうしてシェスさんが俺の手に銀の鈴を持たせようとするのか分からない。
銀の鈴は持とうとしない俺の手から当然のように落ちて硬い床の上をしゃらしゃら音を響かせて転がった。
「夜半にお寂しくなられた巫子は、銀の鈴を鳴らして慰めてくれる側仕えを呼んだけれど生憎いつもの側仕えも代替もおらず、近くにいた宮の警護官が巫子の無聊を御慰めした、そういう筋書きでいかがですか」
低い声が耳元で囁やき、その手と唇がもう俺の服のボタンを外し始めていた。
おかしい、こんなのはいけない。
押し返そうとした指をシェスさんはまるで食事するみたいに飲み込んだ。
熱い口腔に含まれて、舌が手のひらを舐めてそのまま手首を噛んだ。
それだけで…それだけでもう俺はおかしくなりそうだった。
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