異端の巫子

小目出鯛太郎

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 どうしてもアルテア殿下宛の手紙が書けなかったので、俺は別の物を書き出した。
 ルゥカーフに話すことがあると言って私信室に向かいながら、何も話さずに戻ってきてしまったからお願いしたい事を箇条書きに書き出してみたんだ。


 面と向かって言いづらいんだから、これしかないよな…?


 ルゥカーフに対する苦手意識もあるけど、誰かに何かを頼む行為自体が不得手だから。

 俺のために新しい宮を造成してくれとかそういう馬鹿げたお願いじゃないから、聞いてもらえると思うんだけど…。

 一番のお願いはあれだった。
 クロックス君達にお礼を言うことだった。

 アルテア殿下がその席を設けなかったのならば必要ないとルゥカーフは言ったけれど、俺はどうしてもお礼とお詫びを言いたかった。そりゃちょっと忘れてたけど。

 気にかかる事をずるずる引きずるより、すっぱりと済ませてしまいたい。

 私的な事は巫子宮に招くようにと言ってたけど、そこは学舎で会えないかと書いてみた。

 ルゥカーフは規則とか慣例に詳しそうだかうまく取り計らってくれるんじゃないかと思って。



 それから俺はこれからしなければいけない事も紙に書き出してみた。
 自発的に計画を立てて自分から行動する…。


 これも多分ものすごく苦手だ。

 セルカにいた時だってやりたくて砂や土を掘って水脈を探してたわけじゃない。巫子がやらなくちゃいけない事だからとしていただけで、習慣と惰性がない混ぜになった行動だった。
 
 やらされていた、強制的な行動だった。


 セルカから離れて開放感に浸ると、俺はどうして誰かに助けを求めなかったんだろうと思う。

 水脈を見つけられなくて、岩盤を人の手では打ち抜けなくて、その時の人々の失望と責めるような眼差しが心的外傷トラウマになっていたのかな。


 俺はメモ書きを持って立ち上がった。
 へベスはきっとネフェシュの巫子ハティの事で手がいっぱいだろうから煩わせたくないし。

 まずはこれを渡して、学舎で会えるようにしてもらってクロックス君達にお礼を言って、もし聞けそうだったらこっそりとロベリオの様子を聞く。これが第一段階だな。

 それからどんな授業を受けているか聞いて、もし魔導や工学の授業を受講しているようだったら聴講出来ないかお願いしてみる。


 それでいつかは聴講じゃなくて皆と同じ教室で受講できれば良いんだけど。






 意気込んで私信室に向かった俺は一瞬どきりとして、それから拍子抜けした。
 大きな机を前に座っていたのはルゥカーフではなかった。黒い制服姿のシェスさんだった。


 あれ?なんでシェスさん?

「ごきげんよう、エヌ様。ルゥカーフに呼び出しがかかりましたので私が替わりにこちらに控えております」

 立ち上がろうとしたのを手で制すると、彼はぱちんとわかるような瞬きウィンクをした。


「そうだったんだ。何を読んでいるの?」
 
 シェスさんの手元には厚めの本があった。きっと難しい軍事系の本を読んでいるんじゃないかな。そうじゃなければ政治とか国際関係の本を?
 そんな俺の予想は見事に裏切られた。


「よく、聞いてくださいました。これは巷で売れに売れた『果てなき復讐』という本でして…」

 親の失脚で地位を失った貴族の少年が、不思議な薬で女になったり子供になったり老人に化けたりして仇討ちと世の中の勧善懲悪を目指す話らしい。意外だ。そんな本を読むなんて。


「子供の頃にこういう本に出会っていたらもっと読書が好きになっていたと思いますよ」


 俺が書いたメモ書きを受け取ってルゥカーフに渡しますとシェスさんは言って、お望みどりになるようにしますから安心してくださいと微笑んだ。
 そのまましばらく談笑して「夕食はどうするの?」と聞いたら「腹が空いたら自分の指でも齧ります」とシェスさんは茶目っ気たっぷりに答えた。


「もしかしたら、どこかの心優しい巫子様がお一人では食べきれないからと残りを少し下さるんじゃないかなぁと腹ぺこ兵士は夢みたりするわけですよ、まぁね夢ですけどね」


「じゃぁ、一緒に夕ご飯食べようよ。俺、マウロさんに言ってくるから」

 そんな言い方されたら誘うに決まってるじゃないか。そうでなくても誘うつもりだったけれど。

 もし相手がルゥカーフだったらこんな事言わないだろうし、俺も食事を一緒になんて言わないだろうな。



 シェスさんは人当たりが良いのもあるけど…。


 ああ、意識しちゃダメだなって思うんだけど。性格は全然違うし、正面からの顔立ち全く似ていないけれど少し俯いた時の額から鼻先にかけてすごくゼルドさんに似ている。背格好も似ているから、さっき本を読んでいる少し俯き加減の姿にゼルドさんを思い浮かべてしまった。

 敬称は不要ですと言われても心の中でさえなかなか呼び捨てにできない。



 俺は左手首にそっと手をやった。

 ゼルドさんが渡そうとしてくれた銀の腕輪。ゼルドさんから受け取ってへベスが俺の手首にはめたひんやりとした感触にふれて心を落ち着かせた。


 会えもしないのに、報われもしないのに、どうして好きな気持ちって消えないんだろう。離れているへベスのことも好きなのに、どうしてずっとゼルドさんが好きなままなんだろう。俺はそんな事を思いながら、マウロさんのいる厨房に向かった。
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