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番外篇
番外if 初夢
しおりを挟む口の中は乾き、目覚めが近いように思えた。ゼルドリスは泥濘の中を泳ぐように藻掻いた。
寝ているのか起きているのか頭がどちらを向いているかも分からないよう不快な状況で視界のすみにいるはずの無い小さな子供がいた。
皿いっぱいのサラダを両手でかかえて項垂れている。
料理というより兎かヤギの餌のようだ。
子供は項垂れたままそれをもしゃもしゃと食べ始めた。全く美味しそうではない。
うっくと小さなげっぷをして食事を終えた子供は皿を片付けると粗末な机に向かい何かを書き始めた。
ゼルドリスには見慣れない文字のはずなのに何故か書いている文字の意味が理解出来た。
ぞっとした。
その子供は紙に『ごめんなさい』と書き続けていた。その書かれた紙が壁紙のように床以外の部屋中に貼られているのだ。窓も出口も無い。子供が持つおもちゃの類も無い。
貼られた壁紙の奥に薄っすらと何かが透けて見える。
ゼルドリスがみたこともないような複雑な何か。ゼルドリスが生きる世界には存在しない何か異質な物。それらを隠して封じるように『ごめんなさいと』書かれた紙が貼ってあるようだった。
こんなことは虐待だ。やめさせなくてはならない。ゼルドリスは手を伸ばした。
触れた場所から崩れるように紙が、文字が、薄茶に黒い模様の鳥になり次々と飛び立って行く。砂塵が渦巻くように子供の姿を隠そうとした。
「あそこだよ」
子供らしい声と指がさした場所に鳥が集まって行く。そこに湧いた水を飲んでいるようだった。
鳥が水を飲む様子等珍しくもなんともない筈なのに、埋め尽くすほど集まりさえずり水を飲み羽をばたつかせて狂ったように転げ回る様は自然と異なり醜悪だった。
残された子供が、砂の上に座ってぼんやりとそれを見ている。
その子供の影に背の高い誰かが佇んでいた。顔は逆光で見えなかった。
誰かが子供の手のひらに白い角砂糖を二粒落とす。
砂漠の茶色い世界の中で白い砂糖は陽を浴びた宝石のように輝いた。
たった二粒の砂糖を受け取り子供は嬉しそうに微笑んだ。
水を飲み干した鳥達は舞い戻り、背の高い人影をとまり木のようにしてさえずりはじめた。とまり木が朽ちて崩れてしまうとすぐに子供を突き始めた。
「やめて、やめてよ」
べそをかきながら子供が歩き出す。
立ち止まり砂を掘り、また歩き出す。
立ち止まる度に鳥達に激しく突かれ、羽で叩かれて、傷つき疲れ切った子供はそれでも泣きながら両手で砂をかいていた。
砂漠の鳥が一羽、また一羽と消えていき、最後は子供独りになってしまった。
もう歩くのをやめれば良いのに、あてもなく彷徨っているようだった。
鳥の水場など探すのをやめて、ゆっくりと休めば良いのに。戻る場所がわからないのか、帰る家が無いのか。
疲れ切った子供が砂を枕に夜空を上掛けにして眠ってしまう。砂がその姿をゆっくりと覆い隠していく。
子供は砂糖をもらった時のように微笑んでいた。もうそうして地に倒れ伏すしか開放されるすべが無いことを知っているかのようだった。
起きろ、手を伸ばせ!ゼルドリスは叫んだ。叫んだつもりだった。しかし口の中は粘つき喉の奥は塞がり声は出なかった。
子供は子供らしく過ごすべきで、美味しいものを食べて、好きなものを自由に書いて、もっと美しい場所で、もっと楽しい事が、たくさんあるのだ。愛されるべきだ。それを知らずにこんな寂しい場所で。
たった独りで。
「おきろ」
自分の声で、あるいはよく知った誰かの声で揺り起こされた。
「ゼルド、ひどくうなされていたぞ」
ゼルドは同室の幼馴染の顔を見上げた。一対の目に心配そうに見おろされていた。
「すまない、起こしてしまったんだな」
「いや、試験の結果が悪かった言い訳をつらつら考えていたからな、起きてたんだ」
気の良い友達が嘘をついていることに気がついたが甘える事にした。
「どんなひどい夢だったんだ?」
問われて答えようとし、その夢が形なくさらさらと崩れていくのをゼルドは感じた。砂が崩れるようでもあり、砂糖が溶けるのにも似ていた。
「…わからない…ただ、良くない夢、だった気がする」
「うん?…バクバクバク」
友人は短い変な呪文のようなものを唱えた。
「何?」
「バクっていう動物は悪い夢を食べるんだって。だからかわりに唱えてやっておいたぞ」
ほんの一瞬だけ胸の奥底が痛んだ気がした。悪夢であってもなにかのかけらを残しておきたいような、何もかも指の間からこぼれ落ちて消えてしまった寂寥感とでもいうのか、そんな感じだった。
「まだ夜明けには早いから寝直そうぜ」
友人がばったりと隣のベッドに倒れ伏す音がした。
「…そうだな」
窓の外は暗かった。何も無い部屋だと思っていたけれどカーテンがかかり、壁には趣味の良い絵が本が詰まった棚と洋服箪笥が置かれている。
ベッドは暖かくやわらかく体を受け止め、隣のベッドには自分の身を案じてくれる親友もいる。何故かいつもは思うことも無い幸せを感じた。
満ち足りた気分のままゼルドは瞼を閉じた。もう夢は見ない、そんな気がした。
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