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ごすじん
しおりを挟む「お前の血と肉は、山の神に備えて御堂を焼いた事をそれで詫びよう。耳と毛皮と尻尾は私が欲しいから持ち帰るけれど」
主人はそう言って、死んだ狐のチャイロの眉間から矢を引き抜いた。
獣の皮という物は簡単に剥ぎ取れるものではないのだが、らせつがするりするりと切り目を入れてくるくると毛皮を剥ぎ取ってしまった。
己の皮が剥ぎ取られる事を目にする体験は普通は無いだろうと、チャクロは主人の影からおっかなびっくりの態で眺めた。岩魚や絞めた鶏がぶら下げられるのを見た事はあるが、皮を剥がれた狐がぶら下げられるのを見るのはチャイロは初めてだった。
「狐の肉は臭いし不味いからなぁ…。これで怒りがおさまるかどうか…」
らせつが喉首の下から腹にかけてすっぱりと切り開くと、血と共に臓物が溢れて落ちた。
「ううん…。暴れられても困るからねぇ」
主人は腰につけていた瓶を取り、蓋を開けると手の甲に傷をつけて血を滲ませた。その血を洗い流すように瓶の中身を注いだ。ふわっと酒精が香る。
「主人の血酒でおさまらぬようなら、俺が切って捨てよう…」
「らせつよ、お前は戦いたいだけだろう…。もう殺してはいけないよ」
主人が何やら分からぬ文言を唱えるのをチャイロはぼんやりと聞いていた。
目の前には肉塊となった、自分の身体がある。これから土に還っていくのだろう。でも自分はどうなるんだろう?うちの子になるか?といわれたものの、何をして良いやらチャイロには全くわからない。このまま霧霞のようにやんわりと消えてしまうのだろうか…。チャイロが不安な気持ちで主人と呼ばれる男を見つめると、文言を唱え終わった男は微笑んで、チャイロに手を伸ばした。
「さぁ、終わった。やぁ可愛い子だ。嬉しいね。それではうちに帰ろうかね。おいで」
チャイロの身体は男の手に手繰り寄せられ、白い掌中にまぁるく収められた。そこにまた陽の輝きが黄金色に映り込む。
主人と呼ばれる男の懐の間に収められても、黄金色の輝きが灯火のように煌めき、チャイロは寂しさを感じる暇もなく黄金色の輝きに見惚れた。何故三つあるのだろうと見上げるとそれは太陽と主人の瞳の輝きだった。
なんてきれいなんだろう…。
チャイロはうっとりと見つめていたがそのうちに眠くなり、程なく主人の懐の間で何も分からなくなってしまった。
次に目が覚めた時、チャイロは暗い場所に横たわっていた。あまりの暗闇で天井も見えず、横を向うとしても身体が自由に動かなかった。
あ、あの時自分は死んでしまったのだったとチャイロは悟った。死後の世界はなんて暗くて恐ろしく冷たいのだろう…あの主人という人はうちの子になるかと聞いてくれたのに結局チャイロをこの暗い場所に置いて行ってしまったのか。こんな暗い場所に独りぼっちで…。寂しく悲しくなってチャイロの目に涙が湧きあがった。岩から清水が湧き出るように目の端から涙が伝って落ちる。
「あらまぁ、お泣きでないよ。さぁ泣かない泣かない、目が溶けてしまう」
濡れた眦と頬が優しく押さえられて、赤い舌がチャイロの目の上を舐めた。
「私はここにいるよ。お前の身体は怒れる山神に供えて無くなってしまったからね。とっておきの邪法でお前の魂魄が堕ちないように新しい肉体の中に留めて封をしたのだよ。ほらここにお前の耳もある」
すぐ横から聞こえる声がチャイロの表面をそろそろとなぞっていった。耳の付け根あたりをそっと掻かれると気持ち良さに先っぽがふるふると震えた。体毛…というより髪はチャイロであった時よりも長く少し波打っていて胸の下あたりまで伸びているようだった。
チャイロは動けなかったけれど、黄金色の瞳に覗き込まれて安堵した。
独りぼっちではなかった。
主人と呼ばれた男の身体はすぐ横にあってあまりにもぴったりとくっついていたからよくわからなかったようだった。身体はまだ起こすこともできないほどなんだか重たい気がした。かろうじて瞼だけがぱちぱちと動く。
「ほら、お前の可愛いしっぽもふんわりとさせてここについているよ」
はぅぁ…チャイロは胸の中で声をあげた。そこをさわさわと撫でられると重たい身体から更に力が抜けて暗闇の中に敷物のようにだらんと広がってしまいそうになったのだ。
はぅはぅあ…はぅぅう!
主人の手はそこを撫で回してゆるりと離れた。
「暗くて怖いかい?」
温かな手に身体を撫でられると恐ろしさは泡のように消えていた。
「さぁ、私の目を良ぉく見て。お前の身体と魂魄の結びつきはまだ緩いからね。私が良いというまではまだ動いてはだめだよ」
チャイロは言われるままに主人の黄金色の瞳を見つめた。暗闇の中に眩く優しい光が射し込むようで陽だまりでうたた寝するようにほっとしたが、周りには木の葉が生い茂るようにたくさんの血の着いた御札が連なっていた。
これはお前を悪いものから護ってくれる御札だから、何も怖くはないよと囁かれる。魂魄が定着したら明るい場所へ行ってその後はずうっと一緒にいようねと耳の付け根をくすぐられる。
御札に対して感じた恐怖はその言葉を聞いて煙のように経ち消えて、それと同時にチャイロの持っていた記憶もどんどん薄れていってしまったのだった。
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