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おふだ
しおりを挟む「これは、まだ取っちゃだめ?」
チャイロは両手をあげて万歳をしたまま主人に尋ねた。腕の内側には半分剥がれかけた御札が着いている。
上半身は裸だが、肌には他にもたくさんの御札が貼り付いていた。札にはチャイロが読めない文字と色々な模様が書かれており、見える何枚かは血がついていた。嫌な匂いもなく、痒くもなく、上から服を着てしまえば気にならないが、こうして見てみると一種異様な雰囲気である。
あの暗闇の中にあった札のようだが、違いはチャイロには分からない。
「御札は自然に剥がれてくるまで、取ってはだめだよ。お前の魂魄がその身体に馴染んだら御札は落ちてくるから。火に近寄ってはいけないし、水浴びも私が良いと言うまではだめだよ、火も水も御札の効果を弱めてしまうからね、いいね」
主人はチャイロの手を下ろさせると、腕に貼ってある御札にさらさらと何かを書きつけた。
「次は背中をむけて」
主人に命じられるままにチャイロは背中を向けたり、太ももを出したりした。そして筆で何かを書かれる度にくすぐったくてくすくすと笑った。
「早く全部御札が落ちちゃうといいなぁ…」
御札に書きつけが終わって長袖の服を着せかけられ、チャイロは主人の膝に顎先を乗せてだらりとしながら耳の後ろを掻いてもらっていた。
『魂魄が定着したら明るい場所へ行ってその後はずうっと一緒にいようね』と主人は言ったけれど、チャイロは家の外にこそ出して貰えないが明るい場所にいる。
主人曰く、チャイロの魂魄は何の反発もなくするりと新しい身体に入ったけれど、同じくらいするりと抜け落ちやすいそうなのだ。主人が近くにいればすぐに手当できるけれど、主人が近くにいない場合はチャイロの魂は、蛍の光のようにちらちら瞬きながら何処かに消えてしまうらしい。そしてそうなってしまうと輪廻の輪から外れた存在のチャイロは生まれ変わる事もなくどこにも存在出来なくなってしまうらしい。
主人の話す輪廻の話はチャイロには少し難しかった。
チャイロが主人の『うちの子』にならずにあの場で消える事を選んでいたら、チャイロは次は鳥に生まれ変わったかもしれないし、人間に生まれたかもしれないし、同じ狐の獣人に生まれ変わったかもしれない…。主人はそう言った。
鳥は飛べて良いかもしれないと思ったけれど、雨や雪の日は寒そうだし、それなら人はと思ったけれど、がちゃがちゃとうるさい街で生きていけるかと思うと不安になった。どうにも無理そうな気がした。それならば狐の獣人でいいやと思ったのだが、こう、なんだか凄く苦しくて痛くて、嫌な事があったような気がするのだ。
しかも主人はこうも言った。何に生まれ変わるかは分からないし、生まれ変わってしまうとチャイロとして生きた記憶は高い確率で失われてしまうそうなのだ。…それならばやはり輪廻などしない方が良い。チャイロはそう思った。
「もしチャイロが生まれ変わって、春の鰆にに生まれていたら刺身にしてスダチをかけていただろうし、夏の鱧なら湯引きして梅を和えて食べただろうし、秋はアオリイカ、冬は太刀魚に生まれて刺身に塩焼きに煮付けにと、どれも絶品だな、とにかく私に美味しく食べられてしまっただろうねぇ」
あれ?海の生き物限定なの?とチャイロは首を傾げたが主人が喜んで喰らってくれるならばそれで良いような気もした。
もし台所の湿った暗い場所を這い回る虫や、お便所に集う虫などに生まれ変わってしまったらあまりにも切ない。輪廻して記憶が無くなるのはそう云う苦痛や辛さを持たないためなんだろうなぁと、チャイロは分からぬなりに考えた。
家の中から出られはしないが、主人に優しく抱きしめられくすぐられ、山では食べた事も無いような美味しい食事を与えてもらい、らせつもいる時は団子をくれたり膝に抱えて優しくしてくれる。
ここに来て良かったとチャイロは思うのだが、一人でいるとなんだか尻尾の毛がざわざわするような落ち着かない気持ちに時々襲われるのだった。
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