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おと
しおりを挟む何を壊したらそのような音が出るのか、チャイロのしっぽはぶわりと二倍の大きさに膨らんだ。
チャイロが屋敷の中で転げ回って襖戸を蹴倒しても、大きく重いすり鉢を誤って落としたとしても、今のような大きな音はしないだろう。
しないだろうと思った矢先にまた凄まじい音が聴こえて、チャイロはひゃん!と鳴いて柱に飛びつきしがみついた。
柱はチャイロが腕を回せる太さでどっしりとしているが抱き返してくれるわけでなく、優しく頭を撫でてくれるわけでもない。
「ごすじん!らせつ!早く帰ってきて!」
雨の音は全くしないが近くに雷でも落ちたのかもしれなかった。
チャイロの住んだ山は耳を澄ませば木々のざわめき、鳥のさえずり、渓流の流れる音など静かな世界だったので大きな音に全く耐性がなかった。
ずがん、ずばんと何か重たいものが立て続けに戸口か鎧戸にぶつかったようで、チャイロは覗きに行くかどうかを悩み、しかし怖くてその場から離れられず結局自分のしっぽを抱えてぶるぶると震えていた。
こういう時は広い部屋ではなくて身体がすっぽりと入るような穴のねぐらに飛び込みたいがこの屋敷にそんなものはない。
また音が響き、今度は唸り声と何か打擲するような音が聞こえた気がした。悪いものが入ってきたらどうしようと部屋の済に蹲り部屋の戸を見つめる。
チャイロの耳に間違いがなければがらりと外玄関の戸の開く音がした。ぎしりともせず何かが滑るように床板の上を歩いているようだ。
狐は元来神経質な生き物である。自分の領地に何か得体のしれないものがいるという状態にチャイロの恐怖は最高潮に達した。
チャイロの新しい体には爪も牙もない。狐の体よりも大きくはなっているがだからといって何かに立ち向かっていく勇気が生じたわけでもなかった。
部屋の横開きの戸はするりと開き、そこに立っていたのはらせつだった。常と変わらぬ涼しい顔で、眉をほんの少しあげてチャイロを見た。
「どうした。変な顔をして。腹でも痛いのか?それとも札の貼ってある場所が痛みでもするのか」
感情の全くこもっていない棒読みであるが、心配されている事が嬉しくてチャイロはぴょんと飛び上がる。そのままらせつの脇の間にぐりぐりと頭を突っ込んだ。
「ばかめ、何をしている。嗅ぐな」
「だってぇ」
だっての後に何と言ってわからないが、チャイロは安堵した。会って数日のらせつのにおいに安堵する。らせつがチャイロを決して傷つけないと分かっているからだ。花でも木でも肉でも汗でもない、自然の世界には無いにおいだがそれがらせつの香だと覚えてしまえば安らぎを感じる。
ぷらりと垂れ下がるチャイロのしっぽをもふりながら、らせつはうーんと唸った。
「どうやらお前の前のお仲間が匂いを辿ってここまで来たようだが、鬱陶しいから遠くへ放り投げておいた。お前の匂いは山の中で消えてしまったはずだから、あの場に残った俺か、主人か、あるいは主人の乗った馬の匂いを辿って来たのかもしれん。狐には珍しい白い毛並みだったが、お前、会いたいか?」
らせつの言葉にチャイロは横に首を振った。新しい身体になったチャイロは主人とらせつの他に会いたい者など誰もいなかった。脇と腕の間にはまって激しく頭を振ったものだから匂いつけをする様になってしまった。
「本来なら、お前ではなく堂を焼いたあの白いのを屠って血祭りにあげて、生皮を剥いで山神に詫びて供えるはずがどうにもおかしな事になったものだな」
らせつの言葉を聞くと、チャイロは不安になった。それはつまり本当はこの場所にいて、主人に撫でられて、らせつに団子をもらい、二人に耳の後ろをかいてもらったりくすぐられたりして、気持ちよくなるのはチャイロではなく、その『白いの』だったのではないだろうか?もしそれを云うと、チャイロは外に放り出されてしまうのでは無いだろうか…。チャイロはひっしとらせつにしがみついた。
「主人が招かないかぎりは誰もこの家には入れない。安心するが良い」
その言葉を聞いてもチャイロは不安で手足としっぽを蔦のようにらせつに巻きつけた。
「怖がりめ、仕方のないやつだ」
らせつはチャイロの身体を抱え直し、留守の間にチャイロが指を噛んでいなかったか確かめた。主人の作ったきび練りの団子は器に半分ほど残っている。今日は指は噛み痕もなく綺麗なままっだった。
それにしても、早く帰って来いとお前に呼ばれたような気がして帰ってみればお前は腹を下しそうな顔で震えているし、今夜は主人が鶏肉でたくさんつみれを作って鳥鍋にすると言っていたがお前はお預けにした方が良いかもしれぬなぁ…とらせつに真面目な顔で呟かれ、チャイロは食べる食べると顔を擦り付けた。
この時、チャイロの小さな頭と心が鶏鍋のつみれに占領されたわけではなかったが、まさか主人が子猫ほどに小さくなった『白いの』を連れて戻って来るとは、チャイロは思ってもいなかったのであった。
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