鬼の名語り

小目出鯛太郎

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帷の内に散る花は

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 目を合わせて見ると、かがりは何故このあやかしを選んだのかわからなくなってしまった。息がかかるほど近く顔を寄せて見ても、白い顔に散ったそばかすしか似ていない。

 朽木の無造作に伸ばされた薄い茅色かやいろの長い髪。驚きに見開かれた透明な水の幕のような瞳。もし指を突き入れたらどこまでも深く抜けていきそうな澄んだ瞳と、その届かぬ奥底から漂ってくる狂おしい香り。
 もやか煙のように捉えどころのない儚さを両手で押し絞り捕まえようとして一瞬で溺れた。思い出すと切ない気分になる。それと、目の前のあやかしはまるで違う。


 天蓋の中で横たえたあやかしは、震えていた拳と逃げようとした姿が朽木に重なって見えただけだったのか、と篝は嘆息した。豪華な花々のなかにいたからこそ取り立てて目立たず、素朴に見えていたけれど、それは自然とはかけ離れた丁寧に整えられた美だった。


 なぜ金剛は俺をこんな檻に入れたのか。こんな特別な事ができるのなら、朽木のもとへ運んで欲しかった。
 蜜のことは花に学べと言ったが、花の選択を間違ったかもしれぬと、遅まきに思った。最初に自分に腕を伸ばしてきた黒髪の女のような何もかも黙って飲み込んでしまいそうなものが良かったのかもしれないと。



 篝は自分が選んだ花のあやかしの顔を両手で包み、乱れた髪をなおしてやった。


 いきなり髪を掴んで引き倒すのではなく優しく寝かせて、髪を梳いてやれば良かった。あの時はあの甘い香りに我を忘れた。
 
 優しくしてやればよかった。

 そうすればこのあやかしのように真っ赤になって大人しく震えていただろう。

 顔を近づけるとますます赤くなって、目をぎゅっと閉じ、唇を突き出している。


 篝は、花園の中の花がすべて色事に長けているわけではないと知っておかしくなった。朽木は目をつぶってもただ怯えているだけだった。ああ、これから先ずっと朽木の姿と誰かを比べる事になるのだろうか、それは腹ただしい気がする…。

「口づけが欲しいのか」

 突き出した唇を人差し指でくるくると撫でると、名も知らぬ花は、これ以上はないというくらいに赤く染まった。



「俺の口づけは高いぞ、かわりに何をくれる?」

 戯れに問うた。

「何でも!…か、篝様が欲しいものなら何でも」
 …それを私がもっていればですが…と食い気味に発せられた声は自信なさげに尻すぼみになった。


 俺が欲しいものを、お前が持っているはずがない、とは、篝は言わなかった。
 ただ選んだ花にだけ聞こえるように小さく囁いた。


 
 

 …自慰してみせろ、たかぶればおまえの好きにしていい


 そう言われて、躑躅つつじは天蓋の幕を払って何処かに逃げ隠れるべきだと思った。恐らくその後花園の主や姉達にひどく罰せられるだろうけれど、逃げれば体の傷だけで済むではないかと思った。
 この美しい炎の精が、自分の乱れる姿を見てたかぶるはずがないとわかっているではないか。

 逃げてしまえば、花として欠落していると心の傷まで負わなくても良い。


 金剛や金剛が時々連れてくる強いあやかし達と姉花達が愉しむ様子を、垣根の子達は影からこっそり盗み見ていた。体の疼きを覚えてみな蕾から花になってゆく。一人で自分を慰め、あるいは花同士が密やかに夜を過ごす。
躑躅はいつもひとりだった。ひとりで見て、自分の指で疼きを散らしていた。


 躑躅は篝の前で震えながら肩紐を外し脱ぎ落すと、膝を立てて何もつけていない下肢を晒した。小さな花芽をいじり、いつもは金剛に見立てた指を今日は篝に見立てて、花唇の中へと沈めていく。

 蜜より先にぽろりと涙が零れた。

 篝が眉を顰め、赤い石をどこかから出すのを躑躅は見た。そしてその後のことは覚えていない。




 天蓋から離れた場所で静かに聞き耳を立てていたものは身を震わせた。切ない喘ぎと息遣いが聞こえてきたからだ。そこから漏れ出た甘い香りをかいだものはその場に腰が折れたようにへなへなとくずおれた。


いところに当たるように動いてみろ」

 耳をすませば獣が咀嚼するような水音が淫靡に響く。
 
 夜は長くその間甘い香りは途切れる事がなかった。
 
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