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でかい腹抱えて勇者から逃走中!
【56】やられた!
しおりを挟む三日後、評議会が緊急召集された。
議題はもちろん【聖賢者ハルのご懐妊について】である。
自分の妊娠が議題など、正直ハル自身としてはいたたまれない。
しかし、議長であるダランベルの顧問相談役としては、欠席するわけにはいかない。いや、自身のことなのだ【つわり】があろうと出席せねばならない。
幸い、胎の子はダランベルに似たのか、ハルに似たのか大変良い子で母体のハルを困らせるようなことはしていない。
ハルは三食おいしく、料理長特製の妊婦のために考えられた健康的なお料理を食べている。プラス、午前と午後のお茶付きで。
議会の円卓に供されているのは、その午前のお茶のお八つである。安産祈願を兼ねた、巣ごもり卵のプディング。卵の形の陶器の器が可愛らしい。議会に集まる男性達に合わせた味付けで、スプーンをいれると底からあふれてくるカラメルの苦みが深くていい。
今日も、料理長のおやつは絶品だな~では、なくて。
「魔王討伐のあとの王都解放からの、聖賢者のご懐妊。これほどめでたいことはない。これはご懐妊記念日を設けて毎年祝わねば」
「それは良い考えですな。しかし、それはご懐妊が発表された日にするのか。それともご懐妊された日に遡ってお祝いされるのか。どちらにいたしますかな?」
「いっそのこと両方になされては?」
「そうですな! それがよろしい!」
盛り上がる自治都市代表と、地方領主達に「ちょっと待ってくれませんか?」とハルは慌てて声を掛ける。
こちらに注目が集まり、ハルはまた最近よくなる、いたたまれなさを感じた。
別に人々の注目を集めることには慣れている。一回目にここに召喚されたときも、今の二回目も黒髪黒目の平々凡々な容姿でも、人々は『聖賢者様』と自分をあがめてくれるのだ。
それは自分自身ではなく、賢者という立場に対してだと割り切っている。なんかすごい人だと思いこめば、ヒラメ顔だって、神々しく見えるものだ。
で、今、ハルがいたたまれないのは。
円卓でのいつもの席順、ダランベルの隣なのはいい。
が、自分だけ安楽椅子に座らされて、さらには長時間の会議で足が浮腫まないようにと、足置きを使い、さらにまだ膨らんでいないお腹に膝掛けまで掛けられている状態だ。
これでお歴々が居並ぶ会議に出るのか? ならば、最初の挨拶だけでも……と椅子から立ち上がり礼をしようとしたら、強面やら髭の男共達が、あわてて手を突き出して「そのまま、そのまま」と押しとどめて。
「大事な御身、どうぞお掛けになったままで結構です」
「聖賢者殿、いやいや未来の国母殿が我らに頭を下げる必要はございません」
「ご安静に」「ご安静に」と最後には呪文みたいに言われてしまった。別に妊娠は病気じゃないんだけどな。まあ色々気をつけないといけないことはあるが。
というか、未来の国母ってなんだ? 国の母? いや、将来王になるのは確実なダランベルの子なら、そういうことになるのか?
え? 俺がこの国の世継ぎを身籠もっているの? と考えると、ずしんとハルは身体が重くなるような気がした。
とにかく自分が立ち上がりかけると青くなる、ご歴々やダランベルも『座ったままでいい』と無言で見つめてくるので、とりあえず座ったままで片手を胸にあてて礼をとり、自分のために緊急の議会となったこと、その招集に来てくれたことに礼を述べた。
それにさえじーさん達じゃない、まだじーさんじゃないのも混じっているが、議員達は口々に「もったいないお言葉にございます」と瞳を潤ませているものもいる。
「あの女妖の暴政に耐えに耐えて、希望たる勇者様とともにその闇をうち払ってくださった聖勇者様。さらには、次なる未来の星を授けてくださるなど、こちらこそ感謝しかございません」
「まことに、まことに聖賢者様の名にふさわしい」
白い髭の爺さん達など、こちらの胎を拝みそうな勢いだ。なんだかなあ。
とにかく、ご懐妊記念日のことは、国の復興が先だとお流れになった。魔王が倒れ、女妖……大妃もいなくなって国が明るくなったなったと、浮かれて祭りばかりしているわけにはいかないのだ。それよりも、国の立て直しが優先。祭は余裕が出来てからだ。
そして、議題の流れは自然にダランベルがいつ王となるのか? という話になる。
このことに関して、ダランベルはいつも評議議員達が、それとなく水を向ける話を、彼にしては珍しくも曖昧に交わしてきたが。
「たしかに私は王になる」
はっきりと彼が答えたのは初めてだった。それに議員達は『まことですか? 』と確認も忘れて息を呑む。
「しかし、国の復興途中の今、戴冠式など不要だ。それこそ私が王になったと、国の内外に発表するだけでいい」
「民を思われる辺境伯殿お気持ちもわかります」
ダランベルは議長としていまだ辺境伯を名乗っていた。円卓を囲む議員達と同格という意味で。
「戴冠式は国の威信を示すものです。たしかに王位についてから、諸事情で儀式を延ばした例もございます。国が落ち着いてから戴冠式はなされればよろしいかと」
長老格の地方領主の意見にダランベルはうなずく。
「わかった。国が落ち着き、盛大な祝いができるほど落ち着いたと判断したならば、華美にならず伝統にのっとった戴冠式を行うこととしよう。しかし、私が玉座に就くときは、生涯を共にする伴侶と共に並んで、皆の祝福を受けたいと思う」
ダランベルが横を見た先には当然、安楽椅子にゆったりと座ったハルの姿があった。
「そうですな。王には王妃が必要です。運命の番である聖賢者様以外、考えられません!」
「では、まず戴冠式の前にお二人のご成婚を!」
「こちらは御子がお生まれになる前に、したほうがよろしいですな」
「同感にございます」
ハルが言葉を発さないうちに、どんどんと自分達の結婚式のスケジュールが勝手に決められていく。
「いや、戴冠式同様、金がかかるだろう?」
絞り出すような声でハルは一応抵抗? したのだが。
「簡素になってしまうが、神殿にてあなたと真の番になったと、神々の前で誓うだけで、私はかまわない」
ダランベルが言う。それに議員達は「いやいや」と。
「せめて王都をパレードいたしましょう。なに、費用はこちらで出します」
自治都市の代表が言えば「あなた様ばかりにいい顔はさせませんぞ!」と口々にみな、自分も出す出すと手を上げる。
結局、国が自腹を切ることなく、議員達の都市や領地が出し合って、ご成婚の費用は賄われることになった。
「おめでとうございます!」
会議室に響く合唱の声に、ハルは遠い目になった。
────完全にダランベルの奴にやられた!
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