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大公達の休日【ノクト×スノゥ編】

大公達の休日【昼】その2

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「我が番になにか?」
「い、いえ、失礼しまひたぁ!」

 若干噛んで横縞のシャツの伊達男はぴゅっと逃げていった。それこそ転げるように大階段を駆け下りていく。

「帰るぞ」
「野暮をいうなよ、展望台まであと少しなんだぞ、付き合え」
「…………」

 木の匙でジェラートをすくってむっつりしたお口に差し出すと、素直に口をあけて一口食べた。スノゥが先に立って階段を昇りはじめると後ろから着いてくる。
 階段を昇りきると展望台だ。大運河とそれにそって並ぶオレンジ色の屋根と白亜の壁の街並み、その向こうの港に並ぶ帆船に、そして海と晴れ渡った空は美しい。

「悪徳の都なんて呼ばれているが、やっぱりこの都市は美しいな」
「ああ……」
「今の首領ドゥーチェの代になってから、自警団が結成されて、人さらいや強盗、殺人などの犯罪率はかなり低下したって話だ。
 違法な奴隷売買の取締も強化されている。このあいだもドゥーチェ自ら指揮をとっての大がかりな取締が行われたばかりだ」

 これで明日の条約の署名が成されれば、賛同した多くの国々で奴隷売買は違法となる。闇の取引市場もますます狭まり、捕まれば重犯罪人という危険も高い商売となるわけだ。

「それでも犯罪は完全になくならないだろうが、それはどこの大都市だって抱える問題だ」
「……政を司る者としては、あの男は評価している」
「ザリアだって任せておいて安心だと思ったからこそ、俺のほうを追いかけて来たんだろう?」
「…………」

 今頃、ザリアはあの伊達男と一緒はずだ。スノゥとて彼の評判はどうあれ、ザリアにとっては害にならないと判断したからこそ、朝、一緒に大使館を抜け出たのだ。
 それはノクトも一緒だろう。スノゥが一人で街歩きをして、他の雄にちょっかいを出されるのが気にいらないとはいえ、スノゥ自身が軽くあしらうことは出来るのだ。本当にロッシがザリアにとって危険な男だと思っていたら、スノゥのほうを選んだりしない。
 つまりは目の前の眉間のしわを深くしてる父親だって、あの黒犬にザリアの身柄を預けておいても安全だと思っているわけで。

「私は認めたわけではないぞ」
「認める認めないも、ザリアはああ見えてもう大人だ。だいたい、あの伊達男がそう簡単にあのおチビちゃんの手におえるものか」

 「ぶつかって玉砕して泣いて戻ってきたら、お父さんが慰めてやるといい」とスノゥがいえば「泣かせたら許さん」というのに思わず吹き出す。

「それじゃザリアとあの伊達男の仲を認めるように聞こえるぜ」
「それも許さん」
「だからどっちなんだよ」



 景色を眺めながらジェラートを食べおえて……何口かは横の狼の口に木の匙で押し込んでやった。帰りは大階段でなく、緩やかなうねうねしたつづらおりの坂道を下る。
 大階段では踊り場ごとに露店があったが、こちらは沿道に土産物屋や飲食店が並ぶ。ほてほてと歩きながらスノゥはその軒先を見て歩く。

「留守番のシルヴァに土産を買わないとな。あと御隠居に両陛下に皇太子殿下とジョーヌにウィル王子にもな。それにカルマンにブリーあと、カルマンそっくりの悪ガキ五人、つうか六人目がブリーの腹にいるのか。
 カルマンの奴にそろそろ加減しろっていわねぇとなあ」

 スノゥが指を折って数える。御隠居とは退位したがいまだピンピンしてるカール王のことで、両陛下とは王となったヨファンと王妃エルダ。そして皇太子エリックに、その配となったジョーヌ。二人のあいだには一人息子であり将来の王であるウィルフリット王子がいる。
 長男であるシルヴァはいまだなぜか独り身で、逆に一番最初に結婚したカルマンとその配であるブリーとのあいだには五人もの子供が二年ごとに生まれていた。いずれも男。しかも容姿も性格もカルマンそっくりなのだから、どれだけあの赤狼の血は濃いのやら。

「カルマンのほうで“加減”が出来るのか?」

 スノゥの言葉にノクトが難しい顔となる。兎族は愛し愛された者とした子供が作れないうえに、自分の意思で身籠もると思わないと身籠もれない。
 しかし、狼族にはそんな生態はないとノクトはいいたいのだろうが。

「あのブリーがカルマンに求められて拒めると思うか?」
「思わんな」
「な、どう考えたって、あの年上女房どころか年下女房にしか見えない、頭がお空に飛んでる茶兎が家族計画なんて出来るわけないだろう?」
「家族計画……」

 ノクトがつぶやく。スノゥは「ま、俺も子供達が育ちきってから……なんていっておいて“うっかり”やらかしているから、人のことは言えないんだけどな」と続ける。

「……すまん」
「なんで謝る?」
「それは私にも責任はあるだろう?」
「そうだ、父親の責任って奴だ。だったらカルマンの奴が“根性”でなんとかするしかないだろう? 

 ブリーが産屋で本当に世界の真理とやらを解いて、悟りを開いてどこぞの聖人伝説よろしく、本当にお空に昇天してしまう前にな」
 スノゥとしてはこのときは冗談のつもりだったが、実際十回目のお産のときに、ブリーは難産の末に自分そっくりの垂れ耳の茶兎を産んだのだが、世界の真理を解かずとも危うく昇天しかけた。
 さらにその末っ子の心音も弱く危うく……という二重の衝撃に、カルマンのほうこそ悟り……は開かなかったが、とにかくこれで子供は打ち止めとなった。父そっくりの赤毛の狼九人に、母にそっくりの茶兎一人なのだから、十分といえたが。

 そして別にカルマンがブリーと夜に仲良くしなくなったわけではない。そう、カルマンはある意味で悟りを開いたのだ。だいぶ、あれな悟りであったが。
 まあ、そんな未来など知らないこのときのスノゥは、みんなへの土産にこの都の名物のガラス製品を選んだ。有名なのが深い海のような色のワイングラスだが大人にはともかく、子供達にはうれしくもないお土産だろうと、別に選んだのは美しいガラス玉だ。穴にヒモを通して飾りに出来る。
 そんなわけで、大人達にはグラスを、子供達にはそれぞれの毛並みの色のガラス玉にする。
 それからスノゥが再び立ち止まったのは、色々な仮面が並ぶ店だ。グラスと同じくこの商都名物、年に一度のカーニバルで仮装した人々が被る仮面。
 ではなく……。

「へえ、操り人形か。それもカーニバルの仮面をつけて仮装してる」

 手にしたのは道化の人形だ。「ちょっと遊んでもいいか?」と店の者に確認して、店先の床で踊らせる。無意識にふんふんと歌ってしまったのは、まあ本能だ。さらに人形を操りながら軽くステップを踏んでしまったのも。
 とたん、周りで沸き起こった拍手に我に返る。
 さらには、なぜかチャリンチャリンと投げ銭の上に、店先に集まった観光客達が「この人形をちょうだい」と頼んでいる。
 人形は店先からまたたくまになくなった。残りの一つを手にしたスノゥはちょっと呆然だ。

「あ、これもらえるか?」

 それに店の店主が首を振る。

「金はいい、こいつはあんたにもらってほしい」
「いや、しかし、それなりの値段だろう?」
「あんたのおかげでいい宣伝になった。おかげで人形以外も売れているからな」

 たしかに人形は売り切れたが、店には仮面を物色する人々がいまだたくさんいた。

「これはどうするんだ?」

 そこに投げ銭を拾ったノクトが話しかけてきた。グロースター大公様がノアツン大公様の大道芸の投げ銭拾いしましたってどんな冗談だよ……とスノゥは苦笑しながら。人形の代金が払えないなら……と思いつく。

「ちょうど昼だ。これで店のみんなに一杯奢らせてくれ」

 雨面を売る店の三軒隣の昼間からやってる立ち飲み屋バーカロから良い匂いが漂ってきていた。そこから出前をしてもらう。店の裏の職人の作業場にて、職人達と代わる代わる休憩しにきた店員達と、ワインを一杯ひっかけて軽食を楽しんだ。
 立ち呑みで一杯なのだから、料理はいずれも軽くつまめるものばかりだ。朝食べた温かなサンドの他に、港街らしい魚介のフリット、肉団子のトマト煮やボアやコッコの串焼き。これはスノゥは手をつけなかったが。

 芋のクロケッタにチーズとナスを重ねてオーブンで焼いたもの。ゆで卵に刻んだタマネギとオリーブの塩漬けをかけただけのものもうまかった。
 一杯気分でスノゥが一曲披露して、職人達や従業員のやんやの喝采を受けて、スノゥはノクトに腰を抱かれて店をあとにした。
 良い気分で大使館に帰ったスノゥはノクトに横抱きにされて、ベッドに放り込まれてから気付いた。

 あ、この狼さん、いまだお冠だったわ。





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