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鳴かない兎は銀の公子に溺愛される【シルヴァ×プルプァ編】

【7】宝物を宝箱に入れて

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 プルプァはそれから急速に文字を覚えていった。
 いや、思い出すといったほうがいいだろうか。



 鳥や森、空、木、花。



 シルヴァが文字をつづり手本を見せれば。



 鳥は空を飛ぶ。
 大きな木。
 お花いっぱい。



 プルプァは短い文章を書いて、シルヴァを驚かせた。

「そうだね。今日も馬車の窓から鳥が飛んでいく姿を見たし、野原に一本だけ立つ大きな木も、それに昼に立ち寄った小さな村の食堂の花壇も綺麗だった」

 その言葉にプルプァはこくりとうなずいて、さらに文字を書く。



 まっ白なケーキおいしかった。



 これにはシルヴァがさらに目を見開く。「そうか」とつぶやき。

「うん、あの村のシトラスのケーキは名物なんだ。
 ……私が教えていない言葉を書けるとは、やはり君は以前に誰かに文字を習っていたんだね?」

 そう訊ねられてプルプァは首をかしげた。自分が覚えているのは、プルプァという名前の書き方と、あの優しい声。それから、こうやって不意に思い出す言葉のかけら。
 でも、それ以上は思い出そうとすると、もやが掛かったみたいにわからなくなる。
 プルプァが白い眉間にきゅっとしわを寄せれば「いいんだよ」と耳ごと頭を撫でられた。大きな手が柔らかくふれるのに、プルプァはぺたりと耳を寝かせて目を細める。

「無理をする必要はない。きっとこうやって文字を書くうちに自然に思い出せるかもしれない。
 いいや、思い出さなくても私がそばにいるから」

 そばにいてくれる。そのことにプルプァは口の端をつりあげる。プルプァは気付いていなかったけれど、こうやってかすかにだけどプルプァはシルヴァに向かい笑えるようになっていた。
 笑顔だけでなく、無表情だった顔がまるで鮮やかに花開くように。
 空を飛ぶ大きな鳥を見て瞳を輝かせ。
 草原に立つ大樹。馬車を降りてシルヴァと手を繋いで近づいて、さらにその大きさにぽかんと見上げていた。
 村の小さな食堂、色とりどりの花が揺れる花壇を見て、シルヴァを振り返り笑った。
 シトラスのケーキの初めての味に面食らって、でも美味しいのだと、次の二口目を口に運ぶ姿。



 そして。



 本日泊まった宿の一室にて、就寝前の“お勉強”の時間。
 プルプァは鳥や木や花、それにケーキのことのあとにさらに書く。



 みんな好き。
 シルヴァが一番好き。



 と。



 プルプァが紙を差し出して抱きついてくるのに「ありがとう」とシルヴァは受け取る。そして、シルヴァもまた自分が書いた、紙の最後にこうつづったのだった。



 君と過ごす日々が、私の一番の宝物だよ。
 愛しいプルプァ。



 旅の一日の終わりにこうやってかわす“手紙”は一枚、二枚と増えていった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 そこは比較的大きな町だった。
 王都ほどの華やかな賑わいはないが、それでも通りには店が並び、露店も所々にある。
 プルプァはシルヴァと手を繋いでそこを歩いた。
 初めて大勢の人を見たときはびっくりして、怖いぐらいだったけれど、今では平気になっていた。
 シルヴァがしっかり手我繋いでくれているのもあるけど。

「ああ、これはちょうどいいな。たしかこの近く村の銘品なんだよ」

 小間物を扱う店の店先には、色とりどりの小箱が並んでいた。店頭にあるのは比較的安価な木箱に色だけをつけたものだ。
 シルヴァに手を引かれて奥へとはいると、色がついているだけでも綺麗と感じた小箱が、さらにキラキラ輝く石やレース、リボンで飾られてもっと素敵なものばかりだった。
 プルプァはなにも知らないけれど、シルヴァがみせてくれるものは、すべて美しいものばかりだ。

「どれがいい? プルプァの好きなものを選んで」

 好きなものといわれて、プルプァは迷いなく一つの箱を指さした。それは銀色に輝く箱だ。クリスタルの大小の石と、銀色のレースとリボンとブレードの縁取りに飾られた。

「その銀色の箱がいいのかい? 銀……そうか、私の色?」

 聞かれてこくりとプルプァはうなずく。シルヴァは微笑んで、そうして周りを見回して、プルプァと手をつないでいない片方の手を伸ばす。

「ならば私はこれだね」

 それはあわいラベンダー色と菫色のクリスタルやリボンで飾られた箱だった。

「プルプァの色だよ」

 その言葉がうれしくてにっこりと微笑んだ。



 それから、その夜の宿にて昼の町で買った箱に、互いへの手紙を収めた。

「私もこうしてプルプァの手紙をこの箱にいれよう。箱が一杯になったら、またもう一つ箱を。こうして“宝物”が増えていくね」

 たしかに、それはプルプァの宝物となった。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 王都、大神殿。

「こちらの言葉は聞こえていらっしゃるし、文字も書けるならば知能にも問題はない」

 プルプァはシルヴァの横に座り、大神官長グルムと対面していた。身体は大きいしまとまっている白い神官の装束はとても立派だけど、熊族の男の穏やかな微笑みにプルプァは怯えることはなかった。

「ざっと鑑定魔法をかけてみたところ、喉にも過去傷を負った気配はまったくありません」
「それは最初に診せた要塞の神官も申しておりました」
「声帯にも問題はありませんな」

 グルムがシルヴァにそう話し、次にプルプァを見て微笑む。

「あーと音を出すだけでいい。できるかな?」
「…………」

 プルプァは口を開いた。けれど出るのはすぅ……という息ばかりで、やはり音にはならない。しようと思っても、喉になにか鍵がかかったみたいに出来ないのだ。
 すぅ……すぅ……と賢明に息を吐くプルプァに「もういいですよ。ご無理はなさらず」とグルムがいい、シルヴァに向き直る。

「彼が驚くなり、寝言なり、声を出したのを聞いたことは? かすかなうめき声でもかまいません」
「まったくない。地下から出したときも、初めは大勢の人や大きな音に驚いて、涙目になったこともあったが、そのときも泣き声一つ漏らすことはなかった」
「そうですか。そうなるとやはり心因性のものしか考えられませんな。幼い頃によほど衝撃的なことがあり、声も……それから記憶も失ったとしか」

 王都に着くまでに、プルプァは色々な言葉を思い出し、長い文章も書けるようになっていた。
 そこでシルヴァには、気がついたときにはあの部屋にいたこと。自分の名前以外はわからず、話せなくなっていたことを伝えた。
 それに覚えているのは優しい女の人の声。

 だけど、その他のことを思い出そうとするともやがかかったようになるのだと。
 それでも無理をして賢明に思い出そうとすれば、わからないのに何か恐ろしいことが起こると。そんな感情が襲ってきて、ガタガタ震えだしたプルプァを慌てて抱きしめて、シルヴァが「無理をすることはないんだよ」と頭をなでてくれた。

「君がここにいるだけで、私には十分なのだからね」

 「プルプァは、いまのままのプルプァでいいんだよ」とその言葉に安堵した。



 グルムの診察がちょうど終わったところに、あらたな人物の来訪が告げられた。

「ずいぶんとお早いお帰りですな、団長」
「それは嫌みかな? ザッガ」

 プルプァも見たことがある、副団長のザッガだ。彼は王都に騎士団員をつれて先に帰っていた。シルヴァがプルプァを外の世界に馴染ませる意味でも、王都にはすぐに帰らず、サンドリゥム国内を馬車で数日旅をして戻ると告げたときにも、苦笑して。

「まあ、団長にも規定の休みをとってもらわないと、他の団員も遠慮すると、事務方に言われてますしね。このさい、たまった分をゆっくり消化なされたらいかがですか?」

 と軽口をたたいたのだった。



「例の中州の館の者達の取り調べと、芋づる式に捕まった闇の奴隷商の証言があがってきましたよ。そちらの“姫君”に関しても」
「プルプァのことが?」

 シルヴァはプルプァの隣から立ち上がり、ザッガの元へとよった。戸口に立つザッガはプルプァをちらりと見て「ここではちょっと……」と小声でシルヴァにいう。
 では、少し離れた場所で話そうとシルヴァがザッガとともに部屋の外へ、プルプァの視界から消えようとした瞬間だった。

「いけません!」

 グルムの叫びとシルヴァが異変を感じて振り返るのは同時だった。それにプルプァがシルヴァの姿が見えなくなるのに、椅子から飛び上がるように立つのと。

「あ……」

 扉の外に立つザッガががくりと膝をつく。さらにはたまたま、廊下の前を通りかかった神官二人も、ぴたりと足をとめて虚ろな表情で前を見たまま固まる。
 濃厚な百合の香りがあたりに漂っていた。
 飛びついてきたプルプァの身体をシルヴァは抱きあげた。同時にグルムが短い詠唱で、二人の周りに真四角の結界を作ると百合の芳香がたちまち消える。
 グルムも神官達も一体なにが起こった? というように、目をぱちぱちとさせている。グルムが緊張した表情でプルプァを抱きあげたシルヴァの長身の背を見つめた。





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