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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~

【37】運命の時

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「父上……なにを、いやそれよりあの者を止めなければ!」

 ナハトが小部屋を横切り、奴隷男の出て行った扉に向かおうとする。が、椅子に座る族長がその足で彼の足下を払った。倒れたナハトに族長がのしかかる。

「止めてどうする?あの忌々しい耳長を始末するだけの話だ」
「そうはなりません!兄上は必ず、あの星の賢者を庇うでしょう。そうなればあの矢は、兄上の胸を貫く!英雄殺しの矢が!」

 なんの変哲もない白鳥の羽の矢は、一族に代々伝わる秘宝だった。昔、天空にあったという翼の種族の城が、崩壊するときに落ちてきたとされてもの。
 どんな強力な結界も貫くという、まさしく英雄殺しの一撃。
 それがアルパの胸を貫いたとしたら。

「父上は、兄上が死んでもいいとおっしゃられるか!」
「これは勇者であり将来王となる者への、父であるワシからの試練だぞ。穢らわしい恋情を捨てて栄光へのきざはしを昇るか、あの耳長とともに心中するか……な」
「そのような試練は試練などとはいいません!父上、兄上は!」
「兄上、兄とお前は律儀に呼ぶか?その胸にくすぶるものを抱えてなぁ。欲も我慢強いものよ、ナハト。たしかにお前より一刻遅れて勇者が誕生したとき、あれを兄と決めたのはワシだがな、ナハト」
「…………」

 口許をゆがめる族長にナハトは無言になる。彼の母は正妻であり、アルパの母は美しい元は女奴隷の側室だった。しかし、その側室から生まれた少し後に生まれた『弟』こそが勇者であると、そのときの神子が予言した。

「神託を受けたのはケレスの祖母だったか。まったく、お前も可愛そうよな、ナハト。あれが勇者と予言されなければ、このワシのあとを継ぐ玉座も、愛するケレスもすべてお前のものとなっただろうに」
「父上!」
「そう、お前は『黙ってなにもしないでいい』だけなのだよ、ナハト。あれが王たる試練に耐えられず、私情に走り死ぬのは神々の定めた運命。そうなれば、お前は王冠も愛するケレスも王妃に迎えられる」

 族長がナハトの耳元に毒を吹き込むようにささやく。ケレスの名聞いてナハトの身体からがくりと力が抜ける。それに族長は勝利を確信したように高笑いをする。。

「安心するかいい、ナハト。お前の勇者あには愚かな選択などしない。我らはいつものようにただ静かに、その帰りを待つだけでいいのだ。なあ?」

 その声は薄暗い小部屋に低く不気味に響いた。

   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇

 邪竜が出たという場所は、今はただ黒の大森とよばれるニグレド大森林帯の奥。
 地図もなく、道もない魔獣が行き交う大森林を前に「ここから先は……」と支援の兵士達とも別れた。その最初の野営で、アルパが指さした方向。

「この場所は……」

 うっそうとした森の木々に遮られてなお、モモは星の動きを感じることが出来る。アルパが指さす方向から感じる、強い邪気。そこから導き出した頭の中にある現代のモモが知る地図を重ね合わせて、そのパパラチアの瞳を大きく見開く。

「なにか?」
「いえ、当たり前ですが今まで以上に強い気を感じます。十分に気をつけたほうがいいでしよう」
「確かに、これが聖剣が完成する相手だ。まして、相手は邪竜とはいえ、竜は竜。油断はしないさ」

 微笑むアルパに上手くごまかすことが出来たと、モモも後ろめたさとともに、ホッと息を内心で吐く。
 モモが頭の中に思い描いた地図は、ニグレド森林の最奥、今は果ての荒野と呼ばれる場所だ。
 そう、祖父であるノクトが祖母スノゥを含む四英傑とともに、災厄を倒した地。災厄がまき散らす邪気によって、緑の森はぽっかりと不毛の荒野が広がる地となった。
 偶然なのだろうか?とモモは思う。
 現代の勇者が災厄を倒し、過去の勇者が聖剣を完成させた地。
 なのに、モモの時代にそれは伝わっていない。勇者の聖剣は一代限り。その勇者が亡くなれば、消滅するとはいえ、聖剣が完成した地がなぜ歴史書に刻まれていないのか?

 そこでモモがハッと気付く。
 そもそも、建国の勇者アルパは、どこで災厄を倒したのか?

 それさえも記されていないのだ。
 ただ、勇者が災厄を倒した瞬間、空に垂れ込めていた暗黒の雲が消え去り、このサンドリゥムの大地に光が満ちあふれたと……。
 人々はこの地に光をもたらした勇者こそ、王に相応しいと望み、彼は玉座に座った……とある。
 結局自分は過去を知っているようで、なにも知らない。
 モモの胸には得たいの知れない不安か広がっていた。



   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇



 「気をつけて」というモモの言葉に、アルパはうるさがることもなく「ああ」と何度も頷き「十分に気をつけよう」とも応えてくれた。
 邪竜との対決の地は、モモが計算したとおりノクト達が災厄と対決した、あの荒野。モモは今は禁足地となっているその地を見たことがないが、たぶん祖父ノクトと祖母スノゥ達が見ただろう、不毛の荒野が広大な黒い森を跡形亡く消して広がっていた。
 そして、邪竜は確かに油断出来ぬ相手だった。
 三つ首の一つを切り落とし、二つ目の首を切り落としたそのときに、また最初の首が生えるのだ。
 それも、一つの切り口から二つ。
 これでは切れば切るほど、頭が増えて戦うのが不利となるばかりだ。

「モモ!聖なる炎の力を!」
「はい!」

 最初に切った二つの首から生えた二つの首と、切らないで残っていた一つの首と、合計五つの首の攻撃を華麗にかわしながら、アルパが叫ぶ。それだけでモモは理解してうなずいた。
 空高く舞うような旋律の呪文が響き、円球の魔法陣がモモの周りから、アルパの聖剣に向かい飛んで、その形を剣から、幾つもの長首と戦いやすい、柄の長い矛の形を取る。斧に槍を組みあわせたような形の東方渡りの武器だ。
 あれからアルパに頼まれて、モモは聖剣を錬金術で様々な形に変えていた。アルパは東方のこの矛も気に入って、最初から軽々と扱った。「槍と戦斧の良いところを両方持っているね」と彼は評した。

 そして矛は輝く光の力を帯びていた。アルパの勇者としての光の魔力をそのまま投影したものだ。
 アルパは稲妻ように矛を振るい、五つの竜の首を刈り取っていく。切り取られたところは地も吹き出ることなく、勇者の光の炎に焼き尽くされる。そこから首が生えてくることはない。
 すべての首が刈り取られてなお、邪竜はしぶとかった。最後にその長い尾の先から、元の三つ首を生やして、同時にアルパの背に襲い掛かったのだ。
 モモはアルパと叫ぶことなく、信じて彼を見つめていた。勇者は振り返り様、無造作に矛を振るった。
 それだけで、三つの首は飛んだ。ついで跳躍したアルパは頭と尻尾も刈り取られて胴だけとなった邪竜を真っ二つにする。輝く閃光が走り、邪竜の身体は消滅した。

「アルパ!」

 無事に邪竜を倒した、そのことに安堵したモモが、アルパに駆け寄ろうとしたとき。

「モモ、危ない!」
「え?」

 モモの前に立ったアルパの胸を白鳥の羽の弓矢が貫いた。




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