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末っ子は大賢者!? ~初恋は時を超えて~
【38】回る運命の輪
しおりを挟む「アルパ!?」
モモは叫んだ。元々アルパには邪竜から身を守るための強固な結界が張られている。ただの弓程度ならばはじくはずだった。
だがその矢はモモの張った結界を通り抜けて、アルパの胸へと突き刺さった。
「アルパぁあああ!!」
モモは悲鳴をあげる。同時にぐにゃりと視界がゆがみ。
「モモ! モモ! 起きろ!」
「クロウ……兄様?」
目を開けば目の前には心配そうな赤毛の兄狼の顔があった。横たわっているのは、祖父のカールが贈ってくれたお星様の寝台。
こんなときに現代に戻って来てしまうなんて!
「兄様、部屋を出て行って!」
「なんだって!?」
「僕はもう一度寝ます!」
興奮してとても寝られる状態ではないけど、眠りの呪文でもなんでも唱えて寝て、過去に戻らないと! と、モモは敷布を被るが、すぐに引っぺがされる。
「なにするの!?」
「悪夢でうなされていたのに寝かせられるか! だいたい、お前、俺が声をかけるまで身体が透けていたんだぞ!」
「…………」
寝ているあいだ現代で自分の身体がどうなっていたか……モモは知らない。そんな風になっていたなんて知らなかった。
「絶対にまた寝るなんてダメだ! このことは父上にも兄貴達にも報告するぞ!」
そんな……今すぐにでもアルパを助けに行かなきゃならないのに……とモモは唇を噛みしめた。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「おお、なんということだ。アルパが邪竜と相打ちになったと?」
石の城館。その広間にて背の高い木の椅子に腰かけた族長は、奴隷の男よりの報告を受けていた。
どうにも嫌な予感がすると『父親らしい』親心を出した族長が、決死の覚悟で物見に行かせた奴隷の男であった。元騎士であり弓の腕が立つ。
「それで、星の賢者は?」
「星の賢者様もまた、勇者様と邪竜の戦いの光に巻き込まれ……」
そのまぶしさに奴隷が目閉じ開いたときには、邪竜も勇者も賢者の姿もなかったという、奴隷の言葉に族長は「おお……」とうめき声をあげて、その顔の半分を手でおおう。
「報告、ご苦労であった。決死の覚悟の物見。褒美を取らす。お前も家族も奴隷の身分から解放しよう。これからは自由に暮らすがよい」
「ありがたき幸せ」
気鬱の病のときは気難しくなるが、平素の族長は善政を敷く頭領であった。近頃は気鬱の時ばかりでさらには暴君ぶりが目立ってはいたが。
勇者が亡くなった事態に動揺した周りの者達も、この悲劇の中、かつての族長が戻ってきたようで、そこにかすかな光明を見た。
「みなのものは下がれ。ワシをしばらく一人にしてくれ」という族長の言葉に、一同散会となる。
石の城館の回廊を歩くナハトの足取りは重かった。その顔色も白く、とてもよいとは言えない。他の者が見れば、勇者たる兄を失ったのだから、当たり前と捉えてるだろうが。
「ナハト」
「ケレス?」
「わたくし……わたくし……のせいだわ」
「……こちらへ」
彼女の尋常でない様子に、ナハトは小部屋を一つ、二つ抜けて、その奥の物置へと導く。余人に聞かれてよい話ではないと判断したからだ。
「勇者がアルパが亡くなったのは、わたくしが予言を違えたせい……」
「いいえ、神々の神託は絶対、けしてあなたの責任では……」
「違うの! わたくしが神託を変えたの。アルパ様はけして王にはならない。それなのに、王になるとわたくしは違えた予言を告げた」
ナハトの胸にすがり、ケレスは涙ながらに告げる。その姿はいつもの気高い神子ではなく、たった一人の弱い少女だった。
「どうして神子たるあなたが、神託をゆがめたりしたのです?」
ナハトは震える両手で、それでも彼女の肩を慰めるように抱いた。神子が神託を違えて伝えたなどと知れたら、とんでもない大罪だ。
「彼がけして王になれないと神託を受けたとき、絶望したわ。わたくしのこの想いもけして届くことはないのだと。それでも神々のご意志は絶対。だから神子として最後まで務めを果たそうと……」
「…………」
ケレスがアルパに恋していることは、ナハトも知っていた。だからこそ、ナハトもまた自分の想いを封じた。勇者たる“兄”にけして敵うことはないのだと。ただ彼女のそばにいられればよいと。
「でも、あの方が……星の賢者が現れて、アルパ様は変わったわ。あの方にだけは子供の頃のように、屈託のない笑顔を見せていた。心を許していた」
勇者と定められたアルパは、父の気鬱の病が酷くなるにつれて、二人のあいだの視えない軋轢を隠すかのように、よりいっそう、穏やかな勇者の顔を見せるようになった。それはナハトやケレスも例外ではない。
『大丈夫だよ、心配はない』と彼はいつも言う。そして、兵士達の全滅から、一人で災厄退治へと向かうようになった。
そのたった一人戦うアルパと共に戦う者が現れた。それがどこからやってきたかもわからない、星の賢者。
たった一度だけ、ナハトはフードの中の素顔を見たことがある。淡い薄紅の髪をした少年だった。その髪の色を濃くしたような、宝石のような大きな瞳に、心ならずもドキリとしたものだ。
もっとも、それ以上に垂れ耳の兎族であったことに驚いたが。
「……彼は王にならないと、わたくしに言ったわ。それでわたくしは気付いたのよ。けして王にはならないと予言されたけれど、勇者の死を神々は予言されてはいないって。アルパ様が生きるのならば、彼が王になるべきだわ。だから、わたくしは予言を……」
「兄上が王となれば、兎族であるあの方をけして表舞台に出すことは出来ない。神託の神子たるあなたが王妃になれると、そう思ったのですね?」
ナハトの言葉にケレスは唇を噛みしめて、こくりとうなずいた。そして「視えないの……」と続ける。
「アルパ様が死んだと聞いて、そんなことはないと祭壇にて、わたくしは祈りを捧げたわ。彼を視ようと必死に。でも真っ暗で……神々の声も聞こえない」
「ケレス……」
それは彼女が予知の力を失ったということだ。神々の神託をゆがめた神子への罰とも言えるが。
「これは私とあなたとの間の秘密にしましょう、ケレス。この事は誰にも言ってはいけない。神託が受けられなくなったことも。今、公にすれば、一族の間に動揺が広がる」
ケレスに罪があるなら、ナハトもまた罪を犯した。
父の……族長の企みを知りながら、見て見ぬふりをし、なにもしなかったのだ。父の『試練』という言葉に乗り、兄……いや、勇者アルパならば選択の間違いなどおかすはずがないと。
いいや、どこかで確信していたはずだ。
狼族でも純血種である彼が、愛するものを真っ先に守るはずだと。
それをわかっていながら。
「ケレス、私があなたを守ります」
泣きじゃくる彼女をナハトは抱きしめたのだった。
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