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【52】勇者王子の挫折

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 要塞に帰還すればゴドフリーがローマンの負傷を、戦いの勝利そっちのけで大騒ぎをし、彼の負傷を第三騎兵隊の不手際だと責め立てた。ダンダレイスは反論することなく、いつものようにただ黙っているのみだ。
 そんな態度がゴドフリーを増長させ、その言動に拍車をかける。

「まったくあなた方、第三騎兵隊こそ魔族との戦いに慣れているはずなのになにをしていたのです? 真の勇者たるレジナルド殿下が、命の危機にさらされて守りも出来ずに、一番の臣たるロッフェ殿がいらしたからよかったものの。
 幸いにも“片腕一本”だけですみましたが」

 「……片腕一本だけだと?」そう低い声を出したのはレジナルドだった。微笑は浮かべて威圧はすれど険しい表情など見せたことがない、そのレジナルドがこちらをにらみつけ拳を握りしめているのに、ゴドフリーは瞬時に己の失態を悟ったのだろう。真っ青になるが、口から一度飛び出した言葉は元には戻らない。

「騎士が片腕を失う。それがどんなことか、あなたも騎士ならばわかっているだろう? ゴドフリー団長」
「そ、それはローマン殿は最前線にはもうお出になることは出来ないでしょうな。まことお気の毒なことです。
 それもこれも、あなた方を自分の命を犠牲にしようとも守るべき、第三騎兵団の不手際……」
「誰の命も腕も失ってよいものではない!」

 レジナルドは叫び、そして、その怒声に「ひっ!」と首をすくめたゴドフリーに向かい、彼らしくもなく自分を嗤うような皮肉な泣き笑いの顔となる。

「それにローマンの件は第三騎兵団に責などまったくない。すべて、私の“油断”が招いた、私の“失態”だ」

 レジナルドは到着する騎馬や兵でごった返す広場を横切って、近衛隊にあてられた宿舎へと入っていった。取り残されたゴドフリーは立ち尽くす。
 軍用馬車から出てきたヒマリは付き添いの女性神官と出迎えのお付きのメイド達に囲まれて、こちらも近衛の宿舎のほうに入って行った。その表情は俯いたままでよく見えない。
 食堂での夕餉は昨日の小さな祝祭が嘘のように、静かだった。レジナルドもヒマリも自室に閉じこもったきり出てくることはなかった。部屋に食事は運ばれたが食べたのかどうか。
 食事のあとアルファードはダンダレイスと別れて、夜の裏庭へと出た。糸杉の並木は団員の憩いの場所だが、昼間ならともかくあんなことがあった夜だ。人陰はない。

「やあ、アルファード卿」

 しかし、先客がいたようだ。
 レジナルドはいつもの快活な態度が嘘のように、元気がなかった。あんなことがあったのだ。当たり前か。

「初めての挫折か?」

 口にして大変な皮肉だったな……とアルファードはそのもふもふのあごに、ちんまりした手をあてて「すまん」と謝った。

「なにを謝る必要があるんだい? その通りだよ。これまで生きてきて、たしかに大体はうまくいっていたんだ」
「それは幸福な人生だ。たいがいの者は黙って嵐をやり過ごさねばならないときが幾たびもある」

 これも皮肉だったかと思ったが、レジナルドはうなずき「ダンは偉いな」とつぶやく。

「両親が亡くなったあと、彼はいつだってなにを言われたって黙ってそこにいた。卑屈になって縮こまることなく堂々と立っていた。今になってわかるよ。それはすごいことだってね」
「殿下もまた黙ってそれを見ていたのでしょう? いや、時々は助け船を出されましたか? あなたのご両親や貴族どもがあまりに逸脱した態度をとられたとき」

 「全部わかっていたか」とレジナルドは苦笑した。その姿にアルファードが「そちらのほうが殿下らしい」と告げる。

「よき勇者の仮面を被った取り繕った笑顔よりよほどいい」
「それも見破られていたか。たしかにあなたは“ダンの聖人”だ」
「……ヒマリ嬢の様子はいかがですかな?」

 明日は魔王との戦いがある。気分を立て直せというのは、日本で平和に暮らしていた十代の少女には酷な話だが、それでもそうしてもらわねばならない。

「まいったよ。僕の言葉は彼女に届かない」

 ふう……とレジナルドは苦笑する。「彼女には“優しく”してきたつもりなんだけどね」と続けて。

「明日は魔王との戦いだとわかってる。負ければこの国は終わりだとね。
 だけど頭と感情は別だよ。僕の言うことは正しいと彼女はいった。だけど、正しさだけでは割り切れないとね」

 レジナルドはヒマリにはずっと優しい理想の王子様だったのだろう。それが今日は冷静な判断で自分の重要な部下をきり捨てた。それが彼女にとっては衝撃だったのだろう。
 彼への信頼が揺らいでいるのだ。それは勇者と聖女にとっては深刻な問題になりかねない。
 「ねぇ……」とレジナルドは口を開く。

「万が一だけど、もし明日、ヒマリの力が弱まった場合は、僕を……」
「断る」

 アルファードは即答した。「私はレイスを選んだ」と続ける。

「私の勇者はレイスだ。そして、あなたの聖女はヒマリだ」

 もしそのヒマリの加護に揺らぎがあった場合、自分を“優先”して加護を与えてくれと、レジナルドはいいかけたのだ。
 それが彼が選ばれた勇者であるが故にダンダレイスではなく、自分こそ魔王を倒し名声を得たいなどという、ちっぽけな“私欲”ではないとアルファードにもわかっている。

 彼は魔王を倒し“王”にならなければならないのだろう。
 ダンダレイスが“モーレイの盾”となりたいように。

 そして、アルファードはダンダレイスを守りたいのだ。あのモップ頭のどこか抜けた、だけど大きい男を。
 「そうだね。無理なお願いだった」とレジナルドは微笑した。それはアルファードのあまり好きではない、理想の勇者の笑みだった。「僕はヒマリと話し合ってくるよ。少しは落ち着いている頃だろう」そういって彼は去った。





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