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【53】抱っことねんね
しおりを挟むレジナルドが居なくなってすぐに、ダンダレイスがやってきた。
「明日も早い、寝よう」
「ああ」
うなずいたら、ひょいと子供みたいに抱きあげられた。
「俺は自分で歩けるぞ」
「私があなたを“抱っこ”したいんだ」
「なんだ? 俺はぬいぐるみか?」
「ベンも気に入りだったが、あなたは特別だな」
「それは誰だ?」
ちょっとむうっとした。のっぺりしたお鼻をひくひくさせる。
「幼い頃に共に寝た、クマのぬいぐるみだ」
「今もあるのか?」
「本宅の私の子供部屋にそのまま飾ってあるはずだ。今のあなたより一回りは小さいか」
「また、見せてくれ」
「ああ」
本宅とは、王都にある邸宅ではない。モーレイ領にある館のことだ。モーレイ公爵家からすれば、王都の邸宅は本宅ではないのだ。
もちろん、ダンダレイスにとっても“家”は子供の頃に野山を駆けめぐって育ったという、この北の地にある公爵邸なのだろう。
本当にいつか彼の生まれ育った場所を見てみたいと思う。ベンなるクマ殿にも会いたいと。
宿舎のダンダレイスの部屋に戻れば、アルファードはさっそく“小さく”なって、ゲージの中に入るつもりだった。
「今夜は一緒に寝てくれないか?」
ダンダレイスの言葉に「いつも一緒だろう?」と答えた。同じ部屋のベッドとゲージで寝てるではないか? と。
もちろん、そういう意味ではないとわかっている。
「私のベッドは広い。その大きさのあなたと共に寝ても、狭くないと思う」
「なんだ? 大好きな親友のクマのぬいぐるみを思い出して、添い寝相手が必要になったか?」
「うん、今夜は一人でベッドに入りたくはない」
「…………」
素直にそれを言うか? と思う。雲を突くようなモップ頭の男が。
それにそれはダンダレイスではなく、アルファードの気持ちだ。
今夜は独りでゲージの中、ふわふわハンモックのベッドにはいったって、なかなか寝られりゃしないだろう。
「わかった」とうなずく。一旦小さなサイズとなったのは着替えるためだ。いつもの長いシャツに三角帽子にポンポンのついた寝間着に着替えて、また大きくなる。
「「おやすみ」」と共にいいあい目を閉じる。ダンダレイスの腕枕で抱き寄せられて、おいおい本当にぬいぐるみ扱いか? と思う。
しばらくは無言だったのが、やはり、そう簡単には寝られない。
目を閉じれば、ローマンが血に染まったあの赤の色がちらつく。
「ずっと考えていた」
ダンダレイスが口を開く。お前もなかなか寝付けないか? と思う。
「なんだ?」
「ヴィッゴのことだ。あのとき私はあなたに、彼を助けろといった」
「ああ」
それでこの言葉足らずの男が、なにを言いたいのかわかった。
「今日のローマンのような状況であれば、お前は俺に助けろとは言わなかっただろうな」
「そうだ」
それはヴィッゴが確実に死ぬことになる。それでも彼一人を助けために明日やってくる魔王との戦いで全員が死ぬ訳にはいかない。
大勢が助かるために小数を切り捨てる。
それも司令官としては必要な冷酷な判断だ。
「親しい者を見捨てるんだ。悩み苦しまない者などあるものか」
それでも、より多数が生き残るために残酷な決断を下す責任が、上に立つ立場のものにはある。
ヒマリに……日本で平和に暮らしてきた少女にわかれというのも酷な話か。
レジナルド王子も苦しいだろう。ローマンは傷の手当てを受けながら己の宿命を静かに受け入れていた。
「あなたもそうだ」
「ん?」
「よく我慢してくれた。“明日の皆に代わって”感謝する」
「…………」
たしかに“あのとき”ローマンの傷に触れたときに、腕も再生しようか? と考えなかったわけではない。暴走する正義のまま明日のことなんて考えず……には出来なかった。
自分にはローマンだけではない。守るべき目の前の男に第三騎兵隊の仲間達もいる。
だからって、みんなに代わって“感謝する”などとこの男は……。
潤みそうになったくりくりの瞳をぎゅっとつぶつて、アルファードは自分を腕枕する男の胸にそののっぺりした鼻先をおしつける。「寝る」とひと言、寝たフリをした。
その温かな体温に包まれて、いつまにか本当に寝てしまったのだけど。
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