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【54】決戦前に水を差すバカ
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やはりレジナルドとヒマリはどこかギクシャクした雰囲気だった。レジナルドはもうすでに清く正しく明朗な勇者の仮面の笑顔を貼り付けて、ヒマリに話しかけているが彼女の表情は硬い。
むしろレジナルドが勇者の仮面を被れば被るほど、彼女の不信は募っているようだ。とはいえ、今さらレジナルドが人前で落ち込んでいる姿など見せられないだろう。そもそも魔王との決戦前に勇者と聖女の両方が悲壮な顔をしているなど、周囲の士気にもかかわる。
とはいえ、二人がこのままでは実際の戦いにどう影響があるかわからない。
「ヒマリ」
アルファードは軍用馬車に乗り込む彼女に声をかけた。レジナルドにエスコートされ、手をとられているが彼とは視線を合わさず、青ざめたその顔はまるで死刑執行の荷馬車に乗せられる囚人のように見える。
「アルファードさん」
振り返ったヒマリはすがるような目でこちらを見た。その表情は『もう戦いたくない』と言っている。同じ異世界から来た者として、そして同じ聖女と聖人として、彼女は自分の気持ちを分かってもらいたいのだろう。
だが彼女を慰めている余裕は今はない。
自分は鬼……いや悪魔だなとアルファードは思いながら口を開く。。
「魔王には勝たなければならない」
それが現実だ。ヒマリは大きく目を見開く。
「勝たなければすべての人が不幸になり、多くの人が死ぬ」
それが事実だ。勇者が負ければ魔王が人界へと侵攻する。わずかな人間は生き延びるかもしれない。また勇者が生まれるかもしれない。だが、それまでは昏く長い苦しみの世界が続くことになるだろう。
「はい」
ヒマリは一瞬くしゃりと泣きそうな顔になって、うなずいた。それでも戦わなければならないと、決意したのだろう。レジナルドの「ヒマリ、魔王に勝とう。勝ってみんなの笑顔を見るんだ」という言葉にも彼女は、ようやくかすかな笑みを見せて「はい」とまたうなずく。
「いよいよ、魔王との決戦ですな!」
そこに大きな声を張り上げてやってきたのはゴドフリーだ。レジナルドは笑顔の仮面を貼り付けたまま、しかし無言で挨拶を返すこともない。
ダンダレイスにしてもだ。アルファードも声をかける義理などなかった。そもそも昨日の“失態”で懲りただろうに。よくものこのこと顔を出せたものだ。
いやいや、この手の小物はなんで自分が“墓穴”を掘ったのかもわからずに、とにかく挽回を……と、さらなる大穴を掘りがちなのだ。
なぜレジナルドの機嫌を損ねたかはわからないが、とにかく今朝は見送りをして、ご機嫌とりをという姑息な考えなのだろうが。
また、余分なことは言わないでくれよ……とアルファードが思った瞬間。
「ローマン殿のことまこと残念でございましたな。あのお怪我ではこの要塞で養生されるしかございませんが、そこはこのゴドフリーが要塞共々、ローマン殿もお守りする故にご安心を」
ローマンの名を聞いたとたんヒマリの顔色が変わる。彼女の乗り込んだ軍用馬車の扉をレジナルド自らが無言で閉じる。「聖女様に置かれてはご武運を!」とゴドフリーの空回りの妙に明るい声が響く。
「貴殿には見送りなど頼んではいない」
振り返ったレジナルドの顔からは、いつもの微笑は消えて、昨日とおなじ冷ややかな表情にゴドフリーが、またやらかしたと青ざめて言葉もない。それから一瞥もすることなく、レジナルドは白馬にまたがってヒマリの軍用馬車に併走し去る。
いや、やらかしたどころではない。一旦は、それでも戦う決意をしたヒマリの心が、あれで揺らいだことは間違いない。まったく、この役立たずどころか足をひっぱりやがって……と罵る気力ももったないとアルファードも栗毛の馬の鞍の上へと立つ。ダンダレイスも同じく黒鹿毛にまたがる。
ダンダレイスと共に第三騎兵団の者達も、整然と隊列を組んで去る。ただ呆然とするゴドフリーが残された。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
ヤキニゾゾの門が全開となるのを、待機したダンダレイスにアルファード、それに第三騎兵団。そしてレジナルドに第一近衛騎士団が見つめる。
アルファードは近衛騎士達が囲む、ヒマリの軍用馬車をチラリと見た。彼女とは要塞を出発してから、話すことは出来なかった。
いや、すでに伝えたいことは話した。魔王との戦いには負けられない。心にどんな嵐が吹き荒れようとも歯を食いしばって耐え、共に戦う者達を守らねば。
それが聖女と聖人の役割だ。
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