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02 俺、さっそく皇子に目を付けられる
しおりを挟む────ヴィオンリゼ魔法学院。
俺ことシスベルティアが在籍しているのは、全寮制のマナ能力者養成学校。皇族や皇族に準ずる上級貴族が通っていることで知られ、下は幼等部から上は高等部まで存在するエスカレーター式の超名門校だ。
そんな学院で、俺は悪役令嬢の“フリ”をしなければならなかった。
……いや、むっず……っ!
もともと俺は死んだばあちゃんから「人には優しくするんだよ」って教え込まれてきた人間で、陰キャぼっちで元いじめられっ子属性持ち。ゲーム通り誰かにいじめをするなんてばあちゃんに顔向けできねぇし、良心がいたむ。
だから高飛車なお嬢様感を出す事でその点を回避しようとした。
俺の試みは、半分は成功し半分は失敗した。
「おかしいな……女の子にギリ嫌われない程度の“悪役感”をキープしてたら、うっかり男にも好かれ始めてる気がする……」
女の子に嫌われたくなくて、女の子には優しく、男にはどぎつい、というムーブをかましていたら、女の子に好かれるだけじゃなくて、一部の男からも好意的な視線を感じる。
チョコレートを受け取らずに追い返した一件から、好意的な視線がさらに増したような……。
(ま、直接話しかけてくるような勇気ある男子はほとんどいないし、攻略対象に絡まれてる感じもないし、別にいっかなー)
そもそも、攻略対象の顔と名前なんてほとんど覚えちゃいな──
「──こんな陰鬱な場所に、美しい銀の花が咲いているなんて思わなかったよ」
背筋が、凍り付きそうになった。
この砂糖菓子のように甘い声は……さすがの俺でも知っている。
「たまにはこういう場所に来てみるのもアリってことなのかな?」
「い、イルフィール殿下……?」
「久しぶりだね、シスベルティア嬢。一緒の学院に通っているというのに、学年もクラスも違うとなると、会う機会に恵まれなくて残念だったよ」
──イルフィール・ロゼオ・リゼバッファニア皇子。御年19。
まごうことなき攻略対象様、超王道の皇子様キャラである。
ゲームの設定上、シスベルティアはイルフィール皇子にぞっこんで、婚約者だった。それはもう熱烈に。毎日のように手紙を書き、身に纏うものはすべて皇子好みのもので着飾った。他の婚約者候補を家の権力と己の力で蹴落とし、婚約者の座をもぎとったと言われている。
だが、いまのシスベルティアは俺だ。
ヴィオンゾーラ侯爵の愛娘という立場上、社交場で皇子と言葉を交わした記憶はあるものの、当たり障りのない会話しかしていないし、恋愛感情なんて持ってない。
だから今のシスベルティアとイルフィール皇子は、婚約関係ではない。
普通の、生徒同士だ。
しかも学年が一つ違いで、接点なんて何もない者同士。
(出会えればレアって言われる殿下となんで出会うんだ……)
イルフィール皇子は分刻みで行動している。
学業では生徒会を、終われば皇子としての英才教育をこなす彼だ。広大な敷地を保有する魔法学院では、卒業するまで出会わない自信があったのに。
(出会ったからには仕方ない、よな。悪役令嬢っぽく適当に会話して、さっさと向こうに興味を失ってもらおう……)
それがいい。そうしよう。
「私としたことが失礼いたしました」
「おっと、かたっくるしい挨拶はなしだ。学院の中は無礼講。それに、こんなプライベートな場所にまで形式的なものは持ち込みたくない」
制服のスカートの裾を持ち上げてカーテシーを披露しようとすると、止められる。
「楽にしてくれていいよ」
「ではそのようにいたします」
「ありがとう。ところで、どうしてこんな場所に? ここ、旧校舎だよ?」
何年か前までは授業で旧校舎を使うことがあったらしいが、壁にヒビが入っているとか、魔法的な防御性能が経年劣化しているとかで、今は立ち入り禁止となっている場所だ。
倒壊の恐れがあるため、近々取り壊す事が決定している。
「もしかして、何かイケナイ事でもしてた?」
「は?」
「例えば……気軽に会えないような男との逢瀬を楽しむため、とか?」
なに言っちゃってんの、この皇子。
「あれ、ハズレ?」
「ありえませんわ……」
「ありえない?」
「そもそも好きな男なんておりませんわ。興味もございません」
男? むりむりむりむりむりむりむり。
心は男。体は女。
男に迫られるなんて考えただけで体がモゾモゾする。
(俺はシスベルティア一筋を貫くんだ……っ!)
「……興味もない、か」
「ええ、そうですわ」
「そっかそっか。それならいいんだけど、だったらなおさらどうしてここに? 君のような美しい女性が、理由もなく足を運ぶ場所じゃないと思うよ」
うお、さすが砂糖皇子。褒め方が自然すぎ。
俺じゃなきゃ惚れちゃってるね。
「魔法実技の課題ですわ」
「あぁ、特別課題か」
シスベルティア・ヴィオンゾーラ侯爵令嬢はマナが少ない。
ヴィオンリゼ魔法学院に在籍する生徒なら、一度は耳にしたことがある話だ。
マナが少なすぎて、他の生徒と同じレベルの魔法授業を受けられないくらい。魔法実技の成績がつけられないっていう理由で、特別な課題を毎週提出することでカバーしてもらっている。
「どんな内容?」
「魔法実技の成績で学年一位……いえ、あくびまじりでも学院一番の成績をとれる殿下からすれば、何を遊んでいるんだと思われるかもしれないような内容ですわ」
「僕のマナの多さは運が良かっただけだよ」
さらっと言った俺の嫌味も華麗にかわされ、屈託のない笑みを向けられる。
なんだよこの皇子サマ……鈍感なのか? 人畜無害そうな砂糖菓子みたいな顔しやがって……羨ましいな。俺だってできることなら、あんたみたいなイケメン皇子にでも生まれ変わって、マナの少ないシスベルティアたんに会いに来たかったよ。しくしく。
「それで? 課題の内容は?」
「……空気中に存在するマナを集め、その成分について魔法科学的知見に基づいてレポートにまとめ、提出するというものですわ」
「なるほど、だからここなんだね。確かにここは生徒が立ち入る場所じゃないから、空気中のマナも多い。……というか、立派な課題じゃないか。しかも大変そうだ」
マナを集めるのも専用の魔導具を使用している。
ちなみに魔導具というのは、動かすときに大なり小なりマナが必要となる代物だ。中にはマナを蓄積して動くタイプもあるけれど、初動には必ずマナが必要。
(これなぁ、地味に面倒なんだよな。すげぇ時間かかるし……。少ないマナで動かせるっていう意味じゃありがたいんだけど……)
「見た感じ、全然マナが集まってないように見えるね?」
「……まぁ、そうですわね」
「魔導具の調子が悪いんじゃないかな。貸して」
「え?」
「壊したりしないよ」
「そんなこと誰も気にしておりませんが……」
急接近してくるイケメン皇子の顔面。
(さすが乙女ゲーム、男でもイケメンの肌って白くてきめ細やか…………っておい、なに感心してるんだ俺……相手は男だぞ……)
上目遣いしてくるイルフィール皇子に、水晶のような見た目をした魔導具を渡す。
「あぁ、やっぱりマナを内側に取り入れる部分がおかしくなっているね。これじゃあ丸一日ここにいても、レポートを書けるような量にはならない」
「うげ、マジかよ」
あ、やべ。
と思った頃には、時すでに遅し。
砂糖皇子は、ポカンっと口を開けて俺を見ていた。
「……こほん。あー、どうやらここには悪戯好きの犬か猫でもいるみたいですね」
「…………精霊じゃないんだし、動物は『マジかよ』なんて言わないよ?」
「そ、空耳ですわね、きっと。おほほほほ……」
「…………」
高飛車で悪役令嬢なシスベルティアは「うげ、マジかよ」なんて言わない。今まで……今まで素が出ないように、頑張って耐えてきたのに……よりにもよって、皇子の前でボロが出るなんて……。
「そんなことより、で、殿下ならその魔導具を直せるんですか?」
内心で冷や汗をかいていると、イルフィール皇子が「うん」と頷くと、魔導具がぼんやりと光り始めた。
「ここをこうして……っと。ほら、見てごらん」
なんと、あっという間にお目当ての量を集めることが出来た。
俺のここでの数時間の粘りはいったい……。
「ね?」
「あ、ありがとうございます……」
「そうだ、ここで会えたのも何かの縁だし、これからもここで僕が課題の手伝いをするってのはどうだい? 一人だと何かと大変だろうし、二人ならもっと楽が出来る。それに、きっと楽しいよ?」
え。
「お忙しいのに、そんな手間まで煩わせるわけには……」
「僕の心配をしてくれてるんだね。でも大丈夫。なんにも心配はいらないからね」
「別に心配しているわけでは」
「じゃあ毎週この時間になったらここに来るよ」
「いや、まだイイって言って……」
「ダメ、かい?」
なぜかしゅんとした顔で俺を見つめてくるイルフィール皇子。
どことなくその顔が、チワワっぽいような……。
「……いい、ですけど……」
思わず、頷いてしまった……。
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