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第11話−蘆屋満成の悪夢

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部屋で焚いていた香の匂いに違和感があり、ふと、目を開けてしまったのが悪夢の始まりだった。

***

目を覚ますとそこは、土、鉄、薬草や実の混ざりあった異臭が漂う薄暗い洞窟の様なところだった。

ここは、どこだ? 
さっきまで、部屋で寝ていたはずなのに。

目だけであたりを見渡す。誰もいないようだ。
なんの気配もない静けさがやけにリアルさを感じさせる。

夢、か? こんなにはっきりと意識が残ってる夢は見たことがない。

感覚を掴むため、手を握って緩めてを繰り返す。
ついでに、起き上がろうとしたが体が動きづらい。

下を向いて自分の体を見ると、いつも着ている狩衣姿ではなく、千年以上もの時を超えた未来で作られたダークブルーのスーツを着ていた。そのスーツは、前世の俺が死ぬ直前まで着ていたものだったと思い出した。
懐かしい着心地に、違和感を感じたのは、こちらの世界で着ているゆったりとした衣の感覚がないからだろう。

もしかして! 

すぐに顔に触れると、案の定満成の彫刻のような堀の深さまではいかないが、それなりの高さの鼻と、細い目に薄い唇があった。
頭にも触れるとウェーブがかった長い茶の髪の毛ではなく、手に馴染む短めの、ふんわりとした髪の毛の感触があった。

なぜか、知らんが自分の体が戻ったって感じだな!

満成の容姿も素晴らしいが、こっちの自分のほうが地味な見た目だから気持ち的に楽だ。

それにしても、ここはどこだ?

夕日の明かりが差し込む入口の様なところに近づく。
外を見ようとしたが、それはかなわなかった。
なぜなら、日の光が逆行して目を開くことすら難しかった。

くそ目がいてえ。
なるほどな、外は夢の領域外か。

諦めて、洞窟の中を見渡すと、そこは見覚えのあるところだった。
暗い洞窟。
人が生活するような場所ではないここで行われていた実験。
陰気な場所。
呪の力がいたるところから感じる。


俺の記憶にはないけど、知っている。


いきなり、電気が体に走ったみたいになった。
足が小刻みに震える。まるで、膝が笑っているみたいだ。
額に汗が滲む。拭いたくても腕が上がらない。
心臓の鼓動がおかしくなりそうだ。


俺は知っている、ここがとても恐ろしいところだということを。だってここは、


『恋歌物語』のヒロイン 橘香澄たちばなかすみ が転生する器が置かれている場所──


それは、シナリオ通りに進んでしまった橘家滅亡の事件。

橘家が滅亡して一代の幕が閉じそうになった頃、この逆ハーレム系主人公である橘加澄たちばなかすみは現代から転生してきた。

それは、とてもつもなく最悪な形だった。

橘香澄たちばなかすみは現代では普通の女子高生であった。部活終わりの帰り道、居眠り運転のトラックに轢かれ、あっけなく短い人生を終えてしまう。
しかし、その魂はこのゲーム内における史実上の橘家最後の生き残りであり、現世の姿と瓜二つな橘嘉子たちばなのかこの肉体に宿った。

事件の日、幼かった嘉子かこは屋敷を燃やされ次々に家の者や使いの者が殺される中、唯一生き延びた。いや、生き延ばされた。

彼女を救い出したのは民間陰陽法師――蘆屋満成あしやみつなりだった。
彼は”ちょうど”とある呪詛を試したくなって、拾っただけだった。
その後、嘉子はあらゆる呪いをその小さな身体に刻み込まれながらもなんとか生き延びた。

橘家滅亡からおよそ三年たった頃、突然嘉子の身体の中で橘香澄が目を覚ました。嘉子の魂は香澄が存在したことで消滅した。

転生したばかりの香澄は自分の身に何が起こったのか分からなかった。その頃にはもう何年も続け失敗を繰り返し、その呪詛を完成させることに飽きた蘆屋満成の姿は見当たらなかった。
転生する前の嘉子の記憶が鮮明に蘇り、香澄は、初めて人に 捨てられた のだ、と理解し猛烈な怒りと喪失感と自殺願望に襲われるのだった。

かなり印象的な、乙女ゲームにしては壮絶過ぎなストーリー入りを思い出した。もちろん、蘆屋満成が犯したことのため、この世界ではこの洞窟さえ存在しないだろう。


ここは夢だ。そうに違いない。


頭で何度も繰り返し、心を落ち着かせる。


では、いったいなぜ、こんなところに俺はいるんだ?
恐ろしいシナリオは現実に存在していないはずだ。


地面に敷かれた藁の上に布をピンッと四つ角を張って被せているのが目に入った。
ひと一人横たわれそうな大きさだ。


これは、絶対見てはダメなやつ。


そう思いながら、それを避けて平らに削ったであろう大きな石の上を見た。並べられた珍しいものを含む多種類の薬草や、実、動物の骨などがあった。目がそれらに向きすぎて、気づかずに革靴の先が大きな壺にぶつかった。


なんだこれ?


ご丁寧に陰気な札で蓋を閉じているそれからは禍々しい雰囲気が漂っている。


【蟲 毒】

そう縦に書かれた漢字。
その文字は血のように赤い字で書かれていた。

手が勝手に動いていた。
誘われるように触れようとしたその時、大きな音がした。


誰だ!?


振り返ると、そこには見慣れた蘆屋満成の姿があった。


おいおい……嘘だろ!


しかしその姿は、ゲーム上で見た彼のようだった。

彼は煤や土、血の色で染みているぼろの衣を纏い、口元を布で覆っている。目には血管が浮かび上がり、髪の色はすでに白髪で覆われていた。
目の前の光景に衝撃を受けた。
夢の領域に入る前の美しい姿と同じはずの当人は、悪役陰陽法師としてみすぼらしい姿になっているからだ。

なんで? どうして?
……いや、本来はこうなるはずだったんだ。
だけど、目の前の彼の姿は見ていて痛々しい。

おそらく彼の今の姿は、彼の心をうつしているのだろう。

俺が満成として生きている間は、悪役にならないよう、すべての条件を避けてきた。
しかし、目の前の彼は、悪役になるべくして幼いうちから全てを失ったのだ。

ああ、可哀想な悪役陰陽法師。
俺は、俺はお前を助けられないのか?

彼の体で生活している時間が長かったからか、彼に対する情けが心に降り積もる。

急に彼は、目元を細めた。すると藁の上に張ってあった布を一気に捲った。

そこには、まだ五歳ほどの橘家最後の生き残り橘嘉子が横たわっていた。


これは、酷すぎる。


黒い煤や乾燥した血がついた顔や衣は、まだ拾われてからそれほど日数が経っていないことがわかった。
その姿を見て、彼は高らかに笑った。

彼は、憎い貴族を一つ潰した、きっとそう考えているに違いない。その高揚感に浸っている姿は、まさに──悪役陰陽法師 蘆屋満成そのものであった。






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