『競艇放浪記』

凛七星

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第十二章

【尼崎センタープール篇】

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 どうにかこうにか尼崎へと行ってはみたが、甘い先行きは見えるもんじゃない。

 年末年始にかけて、わたしは関西エリアをウロウロしていたのだが、その間に暇を見つけては『競艇放浪記』の執筆ために各競艇場を訪ねた。

 こうしてなじみの地を離れてみると、やはり関西は違うなとしみじみおもう。

 とくに競艇のメッカとされる住之江がある大阪は、信号がまだ赤だろうが自分のカンで横断歩道を渡りだす歩調は、ニューヨーカーと世界一を競うほど速い「イラチ」だとか、電車でたまたま席を隣に座ったオバチャンが飴玉(大阪では飴ちゃん、と呼ぶ)のバーターで紅白歌合戦の出場メンバーについてのあまりな直球意見を目的地まで聞かされ降りそこね行き過ぎそうになるだとか、朝の五時から開いている居酒屋で競馬の有馬記念の予想を外に漏れ聞こえるくらいの声を上げてガソリンをがっつり入れているオヤジだとか、まだ昼前なのにパチンコやバチスロに入れあげたか空の財布じゃ勝負はできないと客を引く素人らしき女性たちだとか、ともかくなんだか活気がある。というか欲望がストレートすぎるほどにダイナミックだ。



「さすがは大阪。この活気はなんなんだよ」

 と、おもわずにはいられない。たまたま合流した東京から来ていた連中たちは

「すごいですね、朝っぱらから……」と言う。

「うん、そうだな。こうやってエンジン全開フルスロットルで朝から酒を呑み、パチンコやパチスロに目を血走らせてレッドゾーンに踏みこんでるのを眺めてると、まともに働いている方が間違ってんじゃないだろうかとおもっちゃうね」

「いや、そういうことじゃなくて……この人たちは何をして暮らしてるのかと」

「何をって?」

「だから仕事ですって」

「遊ぶのが仕事なんだろ」

「そんなの、ありですか?」

「あるだろ、そりゃ。キミも遊び続けてたことあるだろ」

「学生時代とかなら……」

「だろ。で、そのまま遊び続けようとおもったら、できないことはなかったはずだぜ。違うか?」

「いや、ぼくは卒業したらすぐ就職が決まってましたから」

「だから就職したとき、こんな規則正しい生活は自分に向いてないとかって感じたことはなかっか?オレはあったぞ」

「おもったことがないこともないんですが……働かないと食べていけませんし」

「そう、そこだよな。働かないと食べてはいけない、そんな発想が人間をアクセクさせてしまうんだよなぁ」

「はぁ……」

 二十代の若造には、わたしの言わんとするところが理解できないようだった。

 無理もない。わたしはガードレールや電柱にもたれかかり赤ら顔でしゃがんでいる男たちを見ていると、二十年ほど前まで彼らの隣にいた自分の姿をおもい返した。

<なまじ文章を書き、絵を描いて、売らんがために頭を下げている自分と、あのころのオレとじゃ人間らしかったのはどっちだろう。どうも四六時中酒を呑んでは夜の街で歌を唄って稼いだ小銭で博奕なんぞをしながら、街の裏路地をうろついて暴れまくっていたロケン郎な生き様の方が、オレには性が合っていたような気がする……>

 人間なんてものは、その人が生きている領域の中でしか物事を判断できない。そして気がつけばその領域が世界のすべてになってしまうのだ。

 そのうえ始末が悪いのは、自分と違う世界がまったく意識できなくなる。いや、無意識に自分の世界とは異なるもの、奇なるものを排除してしまうのだろう。理解できないものは怖い。

 だが生きる領域を限定しないで、またはできなくてうろついているヤツらは、社会が滑稽で陳腐なものだと気づく。人間の生すべてが、見事なほどクリアに理解できてしまうものである。アクセクしたところで、行き着くところは同じじゃないかと……。


 
 尼崎センタープール、通称アマセンと呼ばれる本場は兵庫県尼崎市にあるのだが、電話の市外局番が一部では大阪市内と同じ地区もあるほど浪花の雰囲気を共有しているのが「尼」なのである。ただし、大阪よりも陽気さの裏に陰影が見え隠れするようにおもえる。

 例えるなら大阪のラテン気質をイタリアのそれとするならば、尼にはシチリア島のような雰囲気を感じるのは個人的主観だけだろうか(ほんまかどうかは、しらんけど)。

 ともかく師走になってすぐ関西に入ったわたしは、まずはびわこのGⅠ近畿地区選へ出かけたが、結果はすでに『競艇放浪記』に記したとおりで、少ない資金を目減りさせてしまうことになった。

 数日後に賞金王決定戦を控えていたときのことである。そこで少しでも大きく打てるように、ちょうど女子リーグ戦を開催していた尼へと向かうことにしたのだった。

 競艇場のためにわざわざ作ったという駅と直結された通路を進むと、誰もが走り回る時節の平日にもかかわらず客がけっこうな数であった。

 ところどころではまだ午前中だというのに、すっかりいかれてしまったか階段でぶっ倒れるように寝そべっているオッチャンや、間違って当たり舟券が捨てられてないかとゴミ箱を漁るオッチャンたちがチラホラと。それも堂々とであるから、まるで野良なのだが犬猫ではないので蹴散らすわけにもいかない。

 だが、いいじゃないか、それも。人生とはプラスマイナスがゼロではないのかとおもう。その人なりにだ。

「何とかしなくては、このままじゃえらいことに……」

という発想と

「何とかなるさ、それがどうした!」

では発想の根本が違う。奇妙なもので酒を呑んで博奕をしているだけでも生きていけるものだ(保証はしまへん)。

「でも、金がなければ遊べないし、飢え死にするんじゃ……」

と心配する人もいるだろうが体裁も見栄もかなぐり捨て、野良のように生きる覚悟が最後にあれば何とかなるもんである(もう一度言います、保証はしまへん)。

 ところが何とかするだけでなく、出世や名誉を求めて、一銭でも多く稼ごうという生活は欲望という厄介なものに振り回されて、不必要に構えなければならなくなる。

「でも、最後は路上で野垂れ死にじゃないですか」

 野垂れ死にが哀れだろうか。畳の上で死ぬのが幸せで、路上で死ぬのが不幸と誰が決められよう。どっちにしても冷たくなってんのとちゃいますか、という達観した連中が尼の本場には多いような気がする。

 ところで以前にも書いたが女子リーグというのはレースが読みにくい。一部の力量がある選手にしても、とんでもないヘタな走りに巻きこまれて展開が乱れに乱れることもしばしばだ。しかし、そういうレースをキッチリとモノにする大穴党がいる。

 わたしも読みで大穴を獲るタイプなのだが、おそらく競艇だけでなく競馬や競輪、麻雀など、すべてのギャンブルは、それぞれの人の記憶に組み入れられたイメージが勝負どころをつかむポイントになる。

「こんな選手が来たんじゃお手上げだわ。こんな万舟券、獲れるもんか」

と、こぼしてしまうレースでも読み筋で当てる人もいるのだ。わたしにとって箸にも棒にもならない選手が、別の人には救いの神になるところがおもしろい。

 穴というのは確かに本命が崩れることによって生まれるが、狙って獲れる大穴とは本命が最初から本命になる理屈がないのである。そういうレースは二流の選手や馬が走っているケースがほとんどだ。

その他に穴を獲るコツとしては、やはりふだんからレースをよく観ておくことである。能力がある選手や馬だが、展開に恵まれず連に絡めなくて人気を落としているときが狙い目だ。ここはという雰囲気があるときを見極められるかが穴党の真骨頂といえよう。

 さらには本場の流れというものがある。流れが荒れ始めると、どんなに地力のある本命でも外れるものだ。また選手自体が持っている荒れ運というのもある。これは競馬や競輪でも同じで、穴を出す選手は過去に何度もよく似た大穴を出してるものなのだ。

 要するに中穴の選手は中穴をくり返す。そして大穴の選手は特徴がひとつあるのだが……それは企業秘密というものだ。そんな肝心を得意気に吹くのはガキの打ち手というやつである。などと、もっともらしく語っているが、この日の荒れ模様をからっきしつかめぬままに、もう最終レースを迎えていた。

 最後の準優勝戦は1号艇の平高奈菜が抜群の成績で、鉄板な本命と支持されるのは仕方ないといったところだった。わたしも頭は平高で買うしかなかったが、あにはからんや。結果は進入が乱れて内側のスタート位置が深くなって(スタートするまでの助走距離が短くなること)しまい、4コースに廻った2号艇の平山智加がマクリきってしまった。

 そのレースまで1着のない平山が、よりにもよってである。観客席の多くがタメ息を漏らして、ハズレ舟券を破り捨てていた。わたしの隣では、先ほど発券所で見かけた男がワナワナと震えていた。そりゃそうだろう。それを理由に人を殺してしまいそうな金額の札束を本命に賭けて突っこんでいたのだから。いまにも泡を吹き卒倒しそうなので、かかわってはいかんとその場をそこはかとなく離れることに。

 明日のニュースは見ないようにしようとおもいつつ、ふと向けた視線の先には、もう誰もいない競走水面に向かってどこの言葉でしょ?な意味不明の大声を発する男がいた。

 わたしは再度、明日のニュースは見ないようにと誓った。


つづく……

※このエッセイは数年前に書いたものに手を入れて掲載しています。
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