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マルーク家というものは、平民の一族でありながら、このストライナ王国で一定の知名度を誇っている。
代々フェルリンド公爵家に仕える一家は、優秀な使用人ばかりであり、公爵家の名とともに国に知れ渡っていったのだ。
私の名前は、リメリア・マルーク。そんなマルーク家の一員である。
「リメリア、いいですか? 私達の役目は主人に奉仕することです。主からの命令は絶対。それを忘れてはなりません」
「はい、お婆様……」
祖母であるメルネアは、私にそのようなことを言ってきた。
主の命令は絶対。使用人として、それは当然のことである。そんな当たり前のことに、私は特に疑問を覚えていなかった。
しかし、今の私はその言葉に少し疑問を持っていた。本当に、私は主に従っていていいのだろうか。
「薄汚い平民……あなたという人間が、この屋敷を歩いているなんて、一体どういうことなのかしらね?」
「アルキーナ様の仰る通りです」
「ええ、このような平民が同僚だなんて、私は信じられません」
公爵家の長女であるアルキーナ・フェルリンドは、私のことが気に入らないらしい。私の顔を見ると、決まってこのように罵倒してくるのだ。
何故、彼女に嫌われているのか。それは正直、よくわからない。
彼女の言葉をそのまま受け入れるなら、平民だから嫌われていると考えられるが、恐らくそうではないだろう。この公爵家には、他にも平民の使用人がいる。だけど、彼女が罵倒するのは私だけなのだ。
「そうね……今日は天気もいいことだし、少し日にでも当たったらどうかしら?」
「え……?」
「靴を脱ぎなさい」
「……はい」
彼女は、にやにやと笑いながら、私に命令してくる。その意味がわからない命令に、私は従う。主の言葉は、絶対だからだ。
しかし、もう既にわかっている。こういう時の命令は、決まって私を痛めつけるための命令なのだ。本当に主の命令が絶対なのか。私が疑問を覚えたのは、彼女という人間のせいなのである。
「さて、裸足になったわね。それでは、中庭に出ましょうか」
「中庭……? そんな……」
「あら、一人では歩けないのかしら? あなた達、彼女を連れて行ってあげなさい」
「はい」
「わかりました」
アルキーナ様の命令に従って、二人のメイドが私の体を強引に引っ張った。
その行き先は、中庭だ。太陽に照らされた中庭は、ぼやけて見える程に熱を帯びている。そこに一歩足を踏み入れた瞬間、私は足の裏が焼けるような感覚に襲われた。
「熱……」
「止まるなんて、許しませんわよ。さあ、進みなさい」
「うっ……」
熱さから逃れようとした私を、二人のメイドは容赦なく引っ張っていく。流石の私も、それには逆らおうとした。それは思考した結果という訳ではなく、本能がそうさせたのだ。
しかし、二人の分の力に抗える訳もない。私は、なすすべなく中庭に引きずり込まれてしまった。
「足を上げないように、押さえつけなさい」
アルキーナ様は、すぐさまそんな命令を出した。それに従い、二人のメイドが私の足を押さえつけてくる。
それにより、私の両足は熱に晒される。
「う、あっ……」
「ふん、この程度で値を上げるの? やっぱり、軟弱な平民ね……」
「あ、うっ……」
「仕方ありませんわね。そろそろ、許してあげましょうか」
アルキーナ様の言葉を合図に、二人のメイドは足から手を離した。しかし、私はすぐにそこから逃れることができない。
足を動かすことに、私は恐怖を感じていた。中庭から出るには、何歩か踏み出さなければならない。それにより苦痛への恐怖が、私に動くことを躊躇わせたのだ。
「さて、行きますわよ」
「はい」
私がそんなことを考えている内に、アルキーナ様と二人のメイドは去って行った。
このまま、中庭いる訳にもいかない。こうしている間にも、私の足の裏は熱さに叫びをあげている。
私は、ゆっくりと深呼吸する。決意を固めて踏み出して、一気に中庭から出て行く。
「痛いっ……!」
数歩歩いただけで、私は多大な痛みを覚えた。もしかして、やけどしているのだろうか。あの熱い地面に素足で立っていたのだ。そうなっていても、おかしいことはない。
「……はあ」
私は、ゆっくりとため息を吐いた。
主人の命令は絶対。そんなはずはない。こんな理不尽な命令に従う必要なんて、どこにあるのだろうか。
「でも、どうすることもできないんだよね……」
私の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
この屋敷の人々のほとんどは、私がこういう扱いを受けていることを知っている。でも、見てみぬ振りをしているのだ。
逆らえば、同じことになる。そう思っているのかもしれない。
結局、私の現状を打開できる方法など思いつかなかった。この苦しい生活を、私は続けていくしかないのだろうか。
代々フェルリンド公爵家に仕える一家は、優秀な使用人ばかりであり、公爵家の名とともに国に知れ渡っていったのだ。
私の名前は、リメリア・マルーク。そんなマルーク家の一員である。
「リメリア、いいですか? 私達の役目は主人に奉仕することです。主からの命令は絶対。それを忘れてはなりません」
「はい、お婆様……」
祖母であるメルネアは、私にそのようなことを言ってきた。
主の命令は絶対。使用人として、それは当然のことである。そんな当たり前のことに、私は特に疑問を覚えていなかった。
しかし、今の私はその言葉に少し疑問を持っていた。本当に、私は主に従っていていいのだろうか。
「薄汚い平民……あなたという人間が、この屋敷を歩いているなんて、一体どういうことなのかしらね?」
「アルキーナ様の仰る通りです」
「ええ、このような平民が同僚だなんて、私は信じられません」
公爵家の長女であるアルキーナ・フェルリンドは、私のことが気に入らないらしい。私の顔を見ると、決まってこのように罵倒してくるのだ。
何故、彼女に嫌われているのか。それは正直、よくわからない。
彼女の言葉をそのまま受け入れるなら、平民だから嫌われていると考えられるが、恐らくそうではないだろう。この公爵家には、他にも平民の使用人がいる。だけど、彼女が罵倒するのは私だけなのだ。
「そうね……今日は天気もいいことだし、少し日にでも当たったらどうかしら?」
「え……?」
「靴を脱ぎなさい」
「……はい」
彼女は、にやにやと笑いながら、私に命令してくる。その意味がわからない命令に、私は従う。主の言葉は、絶対だからだ。
しかし、もう既にわかっている。こういう時の命令は、決まって私を痛めつけるための命令なのだ。本当に主の命令が絶対なのか。私が疑問を覚えたのは、彼女という人間のせいなのである。
「さて、裸足になったわね。それでは、中庭に出ましょうか」
「中庭……? そんな……」
「あら、一人では歩けないのかしら? あなた達、彼女を連れて行ってあげなさい」
「はい」
「わかりました」
アルキーナ様の命令に従って、二人のメイドが私の体を強引に引っ張った。
その行き先は、中庭だ。太陽に照らされた中庭は、ぼやけて見える程に熱を帯びている。そこに一歩足を踏み入れた瞬間、私は足の裏が焼けるような感覚に襲われた。
「熱……」
「止まるなんて、許しませんわよ。さあ、進みなさい」
「うっ……」
熱さから逃れようとした私を、二人のメイドは容赦なく引っ張っていく。流石の私も、それには逆らおうとした。それは思考した結果という訳ではなく、本能がそうさせたのだ。
しかし、二人の分の力に抗える訳もない。私は、なすすべなく中庭に引きずり込まれてしまった。
「足を上げないように、押さえつけなさい」
アルキーナ様は、すぐさまそんな命令を出した。それに従い、二人のメイドが私の足を押さえつけてくる。
それにより、私の両足は熱に晒される。
「う、あっ……」
「ふん、この程度で値を上げるの? やっぱり、軟弱な平民ね……」
「あ、うっ……」
「仕方ありませんわね。そろそろ、許してあげましょうか」
アルキーナ様の言葉を合図に、二人のメイドは足から手を離した。しかし、私はすぐにそこから逃れることができない。
足を動かすことに、私は恐怖を感じていた。中庭から出るには、何歩か踏み出さなければならない。それにより苦痛への恐怖が、私に動くことを躊躇わせたのだ。
「さて、行きますわよ」
「はい」
私がそんなことを考えている内に、アルキーナ様と二人のメイドは去って行った。
このまま、中庭いる訳にもいかない。こうしている間にも、私の足の裏は熱さに叫びをあげている。
私は、ゆっくりと深呼吸する。決意を固めて踏み出して、一気に中庭から出て行く。
「痛いっ……!」
数歩歩いただけで、私は多大な痛みを覚えた。もしかして、やけどしているのだろうか。あの熱い地面に素足で立っていたのだ。そうなっていても、おかしいことはない。
「……はあ」
私は、ゆっくりとため息を吐いた。
主人の命令は絶対。そんなはずはない。こんな理不尽な命令に従う必要なんて、どこにあるのだろうか。
「でも、どうすることもできないんだよね……」
私の口から出てきたのは、そんな言葉だった。
この屋敷の人々のほとんどは、私がこういう扱いを受けていることを知っている。でも、見てみぬ振りをしているのだ。
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