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14.誘拐事件
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きっかけとなったのは、一つの事件であった。
エルヴェルト公爵家の令嬢と令息がさらわれた事件。それはこの国でも、それなりに有名な事件である。
当時の私は五歳、弟は三歳だった。そんな年齢の私達は街に行った際、大人達が目を離した隙に馬車から抜け出して、迷子になってしまった。
そんな私達は、細身の男性に声をかけられた。
その男性に訳もわからずついて行き、そのまま閉じ込められてしまったのだ。
「詳しいことは、それ程覚えている訳ではありません。ただその時は、怖かったということを覚えています。私達を誘拐した犯人は、ひどい人でしたから」
「ひどい人……」
「ええ、思いやりの欠片もない人でした。人質である私達がどうなっても構わないと思っていたのでしょうね……」
事件の犯人は、恐ろしい人物だった。
そんな人物に、私と弟はひどい仕打ちを受けた。
そこで目覚めたのが、私のもう一つの人格だ。それはきっと、私自身が心を守るために生み出したものなのだろう。
「事件の犯人が、どうなったかをご存知ですか?」
「え? えっと、確か突入の際に揉み合いになって亡くなったと……」
「ええ、公にはそういうことになっています。しかし、事実はそうではありません。彼を殺したのは、私です」
「……は?」
私の言葉に、ヴィクトールは目を丸めていた。
そういう反応をされるということはわかっていた。こんなことを聞かされて、平静でいられる訳がない。
だが彼は、思っていたよりも早く落ち着いていた。彼は、真っ直ぐに私の目を見てくる。その顔は真剣だ。
「……事情を話してもらっても、構いませんか?」
「どうしてそうなったのか、私はよく覚えていません。当時は弟も小さかったので、その証言も曖昧で……でもどうやら、私は弟が憔悴しているのを見て、そうしたらしいんです」
「……」
「犯人は、私にそんなことをされるなんて思ってもいなかったのでしょうね。無防備に寝ていた彼を、私は刺したそうです。その時のことは、私自身はまったく覚えていないのですけれど……」
誘拐犯を殺害したという事実を、私はよく覚えていない。
もう一人の私がやったことを、私は覚えていないのだ。自分の心を守るためなのか、すっかり忘れてしまっている。
だが、私がやったというのは事実だ。それは、諸々の状況からわかっている。
「その時から、私の心にはもう一人の私がいます。彼女……まあ、彼なのかもしれませんが、とにかくもう一人の私は滅多なことでは外に出てきません。出てくる時は、ある一定の条件の時です」
「その条件とは?」
「弟が苦しんでいるのを見た時、もう一人の私は出てきます。それと、どうやら私の怒りが一定の値を越えると、表に出てくるみたいです」
「なるほど……」
私の質問に、ヴィクトールは唸っていた。
そこで彼は、考えるような仕草を見せた。色々と衝撃的なことを聞いたので、それを自分の中で噛み砕いているのだろう。
私はそれを待つことにした。話すべきことは話したので、後は彼がそれをどう思ったかを聞くだけである。
「あなたは、優しい人なのですね……」
「え?」
「話を聞いて、そう思いました。ソルネアさんも助けていましたしね……あなたの中にいる鬼は、きっとその優しさの裏返しなのでしょう」
ヴィクトールは、そう言って複雑な表情をしていた。
彼が言っていることは、奇しくもお父様と同じだった。私が優しい。その言葉に、私はなんともいえない気持ちになってしまう。
ただ一つ確実に言えるのは、嬉しいということだった。私を受け入れてもらえている。それを実感して、私は笑みを浮かべるのだった。
エルヴェルト公爵家の令嬢と令息がさらわれた事件。それはこの国でも、それなりに有名な事件である。
当時の私は五歳、弟は三歳だった。そんな年齢の私達は街に行った際、大人達が目を離した隙に馬車から抜け出して、迷子になってしまった。
そんな私達は、細身の男性に声をかけられた。
その男性に訳もわからずついて行き、そのまま閉じ込められてしまったのだ。
「詳しいことは、それ程覚えている訳ではありません。ただその時は、怖かったということを覚えています。私達を誘拐した犯人は、ひどい人でしたから」
「ひどい人……」
「ええ、思いやりの欠片もない人でした。人質である私達がどうなっても構わないと思っていたのでしょうね……」
事件の犯人は、恐ろしい人物だった。
そんな人物に、私と弟はひどい仕打ちを受けた。
そこで目覚めたのが、私のもう一つの人格だ。それはきっと、私自身が心を守るために生み出したものなのだろう。
「事件の犯人が、どうなったかをご存知ですか?」
「え? えっと、確か突入の際に揉み合いになって亡くなったと……」
「ええ、公にはそういうことになっています。しかし、事実はそうではありません。彼を殺したのは、私です」
「……は?」
私の言葉に、ヴィクトールは目を丸めていた。
そういう反応をされるということはわかっていた。こんなことを聞かされて、平静でいられる訳がない。
だが彼は、思っていたよりも早く落ち着いていた。彼は、真っ直ぐに私の目を見てくる。その顔は真剣だ。
「……事情を話してもらっても、構いませんか?」
「どうしてそうなったのか、私はよく覚えていません。当時は弟も小さかったので、その証言も曖昧で……でもどうやら、私は弟が憔悴しているのを見て、そうしたらしいんです」
「……」
「犯人は、私にそんなことをされるなんて思ってもいなかったのでしょうね。無防備に寝ていた彼を、私は刺したそうです。その時のことは、私自身はまったく覚えていないのですけれど……」
誘拐犯を殺害したという事実を、私はよく覚えていない。
もう一人の私がやったことを、私は覚えていないのだ。自分の心を守るためなのか、すっかり忘れてしまっている。
だが、私がやったというのは事実だ。それは、諸々の状況からわかっている。
「その時から、私の心にはもう一人の私がいます。彼女……まあ、彼なのかもしれませんが、とにかくもう一人の私は滅多なことでは外に出てきません。出てくる時は、ある一定の条件の時です」
「その条件とは?」
「弟が苦しんでいるのを見た時、もう一人の私は出てきます。それと、どうやら私の怒りが一定の値を越えると、表に出てくるみたいです」
「なるほど……」
私の質問に、ヴィクトールは唸っていた。
そこで彼は、考えるような仕草を見せた。色々と衝撃的なことを聞いたので、それを自分の中で噛み砕いているのだろう。
私はそれを待つことにした。話すべきことは話したので、後は彼がそれをどう思ったかを聞くだけである。
「あなたは、優しい人なのですね……」
「え?」
「話を聞いて、そう思いました。ソルネアさんも助けていましたしね……あなたの中にいる鬼は、きっとその優しさの裏返しなのでしょう」
ヴィクトールは、そう言って複雑な表情をしていた。
彼が言っていることは、奇しくもお父様と同じだった。私が優しい。その言葉に、私はなんともいえない気持ちになってしまう。
ただ一つ確実に言えるのは、嬉しいということだった。私を受け入れてもらえている。それを実感して、私は笑みを浮かべるのだった。
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