58 / 142
這い上がってくる過去(アルーグ視点)
しおりを挟む
カーティアの真実を知ってから、俺は和やかな日々を送っていた。
彼女との関係も、良好である。恐らく、俺達はこのまま婚約者として過ごし、そのまま夫婦になるのだろう。
その未来は、きっと明るいはずだ。俺はそのように考えるようになっていた。
最近は、あの人のことを思い出すことも少なくなっている。俺の心に開いていた穴は、カーティアや他の家族との日常によって、埋まってきているのかもしれない。
「いやあ、アルーグ君も随分と大きくなったものだな。見違える程、立派になって、なんだか私まで感動してしまったよ」
「そう思っていただけているなら、こちらとしては嬉しい限りです」
そんな俺は、ある機会にアルバット侯爵と話していた。
彼は、父とは旧知の仲であり、俺もよく知っている人物だ。元々は、祖父の友人だったそうで、俺からすれば遠い親戚のような、そんな感覚の人物である。
「そうだ。ラディーグ君は、最近どうかね? 元気にやっているか?」
「ええ、父も何事もなく過ごしています」
「そうか……ふむ?」
「どうかされたのですか?」
「いや……少し気になることがあってね」
「気になること……?」
アルバット侯爵の言葉に、俺は少し引っかかりを覚えた。
彼は、明るい顔をしていない。ということは、その気になることというのは、何か暗い話なのだろう。
俺は、少し身構える。アルバット侯爵が直接関係ある訳ではないが、彼の家に行ったきり、あの人が帰ってこなかったという事実があるからだ。
だが、それが侯爵が気になっていることと関係しているとは限らない。そう思いながら、俺は自らの心にあった不安を振り払う。そうやって不安を拭えるようになったのは、俺の心の穴が埋まったからなのかもしれない。
「かれこれ、もう七、八年前になるか……君の父が、私の元を訪ねて来たんだ」
「七、八年前ですか?」
「ああ、まあ、昔のことだから、君は覚えていないだろうね。それで、その時、私は彼と酒を飲んだ。知っているかもしれないが、私は酒が好きでね。まあ、彼にも勧めたのだが……なんというか、予想以上に酔っ払ってしまってね」
「予想以上に?」
「ああ……まあ、あの時は私も酔っていたから気づかなかったが、あれは明らかに飲み過ぎていたか。しかも、その酔っぱらい二人が、使用人も酒を勧めてね。あの時、ついて来ていたメイドにも、結構な量を飲ませてしまった……うむ、まあ、情けない話だ」
アルバット侯爵の話に、俺は少し震えていた。
彼は覚えていないと言っているが、俺ははっきりと覚えている。七、八年前に父がとあるメイドとともにアルバット侯爵の元を訪ねたことを。
俺は、ゆっくりと息を呑む。どうやら、俺はまたも彼女と向き合わなければならないようだ。
彼女との関係も、良好である。恐らく、俺達はこのまま婚約者として過ごし、そのまま夫婦になるのだろう。
その未来は、きっと明るいはずだ。俺はそのように考えるようになっていた。
最近は、あの人のことを思い出すことも少なくなっている。俺の心に開いていた穴は、カーティアや他の家族との日常によって、埋まってきているのかもしれない。
「いやあ、アルーグ君も随分と大きくなったものだな。見違える程、立派になって、なんだか私まで感動してしまったよ」
「そう思っていただけているなら、こちらとしては嬉しい限りです」
そんな俺は、ある機会にアルバット侯爵と話していた。
彼は、父とは旧知の仲であり、俺もよく知っている人物だ。元々は、祖父の友人だったそうで、俺からすれば遠い親戚のような、そんな感覚の人物である。
「そうだ。ラディーグ君は、最近どうかね? 元気にやっているか?」
「ええ、父も何事もなく過ごしています」
「そうか……ふむ?」
「どうかされたのですか?」
「いや……少し気になることがあってね」
「気になること……?」
アルバット侯爵の言葉に、俺は少し引っかかりを覚えた。
彼は、明るい顔をしていない。ということは、その気になることというのは、何か暗い話なのだろう。
俺は、少し身構える。アルバット侯爵が直接関係ある訳ではないが、彼の家に行ったきり、あの人が帰ってこなかったという事実があるからだ。
だが、それが侯爵が気になっていることと関係しているとは限らない。そう思いながら、俺は自らの心にあった不安を振り払う。そうやって不安を拭えるようになったのは、俺の心の穴が埋まったからなのかもしれない。
「かれこれ、もう七、八年前になるか……君の父が、私の元を訪ねて来たんだ」
「七、八年前ですか?」
「ああ、まあ、昔のことだから、君は覚えていないだろうね。それで、その時、私は彼と酒を飲んだ。知っているかもしれないが、私は酒が好きでね。まあ、彼にも勧めたのだが……なんというか、予想以上に酔っ払ってしまってね」
「予想以上に?」
「ああ……まあ、あの時は私も酔っていたから気づかなかったが、あれは明らかに飲み過ぎていたか。しかも、その酔っぱらい二人が、使用人も酒を勧めてね。あの時、ついて来ていたメイドにも、結構な量を飲ませてしまった……うむ、まあ、情けない話だ」
アルバット侯爵の話に、俺は少し震えていた。
彼は覚えていないと言っているが、俺ははっきりと覚えている。七、八年前に父がとあるメイドとともにアルバット侯爵の元を訪ねたことを。
俺は、ゆっくりと息を呑む。どうやら、俺はまたも彼女と向き合わなければならないようだ。
285
あなたにおすすめの小説
【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています
22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。
誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。
そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。
(殿下は私に興味なんてないはず……)
結婚前はそう思っていたのに――
「リリア、寒くないか?」
「……え?」
「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」
冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!?
それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。
「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」
「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」
(ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?)
結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました
春夜夢
恋愛
私はずっと「誰にも注目されない地味令嬢」だった。
名門とはいえ没落しかけの伯爵家の次女。
姉は美貌と才覚に恵まれ、私はただの飾り物のような存在。
――そんな私に突然、王宮から「婚約命令」が下った。
相手は、王の右腕にして恐れられる冷酷宰相・ルシアス=ディエンツ公爵。
40を目前にしながら独身を貫き、感情を一切表に出さない男。
(……なぜ私が?)
けれど、その婚約は国を揺るがす「ある計画」の始まりだった。
元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる