公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗

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俺の望みは(アルーグ視点)

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「エルーズお兄様、待ってください」
「ルネリア? もう疲れちゃったの?」
「エルーズお兄様が元気過ぎるんですよ……」
「ごめんごめん」

 庭の先では、弟のエルーズと妹のルネリアが走り回っている。かつては病弱だったエルーズも、今ではすっかり元気だ。

「二人とも、遅いよ?」
「あ、オルティナお姉様……」
「オルティナ、ルネリアが疲れちゃったみたいだ」
「あ、そうなんだ。それなら少し休もうか?」
「いえ、私はもう大丈夫です。少し落ち着いてきましたから」

 そんな二人よりも先にいたオルティナは、慌てた様子で戻ってきた。
 エルーズが健康になっても、元気さという観点では流石にオルティナには敵わないらしい。

「……無理をしたら駄目よ、ルネリア」
「イルフェアお姉様……」
「姉上の言う通りだ。別に時間がない訳でもないんだから、少し休んだ方がいいぜ?」
「ウルスドお兄様も……」

 無理をしそうなルネリアを見かねてか、イルフェアとウルスドが声をかけに行った。
 兄弟の仲では、年長の方に属する二人だ。やはり下の弟妹に比べると、しっかりしているといえるだろう。故に殊更、俺が赴く必要はないように思えた。

「……行かないのかい?」
「む……」

 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。
 その方向を向いてみると、我らが父上ラディーグがいる。ラーデイン公爵家の当主である父は、愛しそうに我が弟妹達の方に視線を向けている。

「イルフェアやウルスドに任せておけば問題はありません。俺が行って、輪を乱すことになる方がまずいでしょう」
「そんなことはないと思うけれどね。こういう時に、アルーグは遠慮がちだ」
「長兄というものは、そのくらいで良いでしょう。いざという時に出て行けばいい」
「しっかりしていることは、嬉しいけれどね。もう少し子供でも良いと思うけれど」

 父上は、俺にも優しい視線を向けてきた。それなりに大人になったつもりだが、それでも父上にとって子供であるということは、変わらないということか。

「もう、二人とも何を話しているのかしら?」
「母上……」
「おっと……」

 そんな話をしていると、我らが母上であるアフィーリアが現れた。子供達の騒ぎを聞きつけて、駆けつけたということだろうか。母上の子供好きは筋金入りだ。複雑な立場にあるルネリアを受け入れるくらいには。

「いや、子供達が集まっていてね」
「あら? ということは、あなたはアルーグが遠慮していることについて、声をかけていたということかしら?」
「流石だね。まあ、そんな所さ」
「まったく、私達の長男は変な所で気を張るのよね……あなたもそう思わない? セリネア」

 そこで俺は、固まっていた。母上は、隣にいるメイドに話しかけている。そのメイドのことは、よく知っている。彼女は微笑みを浮かべながら、母上の言葉に答えた。
 しかしその言葉は、俺の耳には入ってこない。金属を擦り合わせるような音が響いて、彼女の声は聞こえなかった。

「――」

 次の瞬間、俺の視界は光に包まれていた。
 それが朝の光だと気付いたのは、すぐのことだ。ゆっくりと目を開けた俺は、周囲を見渡す。そこは慣れ親しんだ自分の部屋だ。

「……ふっ」

 乾いた笑いが、誰もいない部屋に響く。それが却って、ここが現実であることを理解させてくれた。
 以前よりも幾分か良くなったが、エルーズはまだ健康とは言えない。父上はこの家にはいない。俺が追い出したからだ。
 そして何より、彼女はもうこの世界にいない。ルネリアは彼女を失った悲しみを背負い、日々を過ごしている。

「くだらんな。過去への憧憬など。俺はいつからそんなに弱くなったのだ……いや、弱かったのは昔からか」

 今見たものを切り捨てようとしたが、それはできなかった。
 かつての俺なら、すぐに切り捨てられただろう。だが今の俺は違う。己の弱さというものを、よくわかっている。
 俺は都合が良い世界を欲しているのだろう。何一つ失わず、誰もが笑っている世界――もしもそれがあったなら、どれだけ良かったことか。

「失ったものを数えて何になる。俺の使命は、今あるものを守ることだ」

 己の弱さから目をそらすつもりはない。しかし、それを嘆くべきではないだろう。俺はラーデイン公爵家の長兄として、前に進む必要がある。
 父上がいない今、弟や妹は俺が守らなければならない。そのことを思い出しながら、俺はゆっくりとベッドから出る。

「良い朝だ……今日も兄弟達が健やかに過ごせると良いが」
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