2 / 15
2.
しおりを挟む
「……もしかして、伯爵家が破綻しましたか?」
「……何?」
「アルフェンド伯爵家は、あまり裕福ではないと聞いたことがあります。それが続いて、財政的に破綻したのではありませんか?」
この部屋に籠っていても、見えてくるものはいくつかあった。
例えば、窓を開けていれば噂話が耳に入ってくることもある。それに、お父様が気遣ったのか置いてくれたと思われる本などで得た知識も、私にはあった。
それらを合わせれば、結論もいくつか考えられる。お父様の反応からして、それはそれ程間違っていないだろう。
「切り捨てるなら、私ということでしょうか?」
「それは……」
「まあ、お父様が真実を明かしてくれる訳はありませんか」
お父様は、私に対して親としての情を抱いていない訳ではない。だが、それでもお母様には逆らえない人だ。
故に、彼が真実を話してはくれないだろう。弱い立場である彼は、指示に従うだけだ。
「……私が立場を失った後、妻がこの伯爵家の実権を握ったことは、お前も知っているだろう?」
「……ええ」
そう思っていた私に対して、お父様はそう切り出してきた。
意外なことに、何があったかを話してくれるつもりであるらしい。それも、大変珍しいことである。
もしかしたら、それは最後の優しさなのだろうか。これから私達は伯爵家から追放される。その境遇に同情して、口が緩くなっているのかもしれない。
「妻は優秀であるとは言い難かった。浪費癖もあったため、このアルフェンド伯爵家は貧乏な伯爵家となってしまったのだ」
「……そのような人にどうして任せてしまったのですか?」
「私の立場がなかったからだ。一族、いや一族以外からも私がアルフェンド伯爵家の当主として振る舞うことに反感を買っていた。だから、任せるしかなかったのだ」
お母様のことは、私もよく知っている。派手好きで、少々気性が荒し人。それが私が彼女に抱いていた印象だった。
ただ、それは妾の子である私の偏見が入っていると思っていた。悪い印象に引っ張られている部分があると考えていたのだ。
だが、それはそこまで間違った評価ではなかったらしい。私をここに閉じ込めた彼女は、貴族として優秀という訳ではなかったようだ。
「状況が厳しくなるにつれて、妻はお前を排除することを考え始めた。元々、血を重視する貴族としての理念がなければ、妻はお前を追い出していたはずだ。なりふり構っている状況ではなくなった以上、こうなることは目に見えていた」
「そうですか……」
お父様が言っていることは、すぐに理解できた。
当然のことながら、お母様は私のことを快く思っていない。いつかこうなるかもしれないとは、何度か考えていたことだ。
「それで、私はいつ出て行けばいいのでしょうか?」
「妻はすぐにでもと望んでいる」
「それなら、すぐに出て行きます」
この伯爵家にいれば、私は生きていくことはできる。最低限の生活は、保障されていたからだ。
だが、自由のない今の生活は、私にとって苦しいものだった。そこから解放されるなら、この先に辛いことが待ち受けているとしても、我慢することができるような気がする。
「そんなに簡単なことではないぞ? ここから出て行き生きていくことは」
「それなら、お父様が助けてくださるのですか?」
「何?」
「あなたはいつも私のことを心配する振りをする。でも、結局は何もしようとしない。今回もそれは同じなのでしょう?」
「それは……」
私の言葉に対するお父様の返答は、とても弱々しい。彼はいつもそうだ。お母様の顔色を窺いつつも、私に嫌われたくないという気持ちも持っている。そんな中途半端な人なのだ。
全てを捨てて、私を助けてくれる。そんな希望を抱いたこともあったが、それは小さな頃に打ち砕かれた。それをもう悲しいとは思わない。
私は、これから一人で生きていくしかないのだ。私には、それしか道はないのである。
「……何?」
「アルフェンド伯爵家は、あまり裕福ではないと聞いたことがあります。それが続いて、財政的に破綻したのではありませんか?」
この部屋に籠っていても、見えてくるものはいくつかあった。
例えば、窓を開けていれば噂話が耳に入ってくることもある。それに、お父様が気遣ったのか置いてくれたと思われる本などで得た知識も、私にはあった。
それらを合わせれば、結論もいくつか考えられる。お父様の反応からして、それはそれ程間違っていないだろう。
「切り捨てるなら、私ということでしょうか?」
「それは……」
「まあ、お父様が真実を明かしてくれる訳はありませんか」
お父様は、私に対して親としての情を抱いていない訳ではない。だが、それでもお母様には逆らえない人だ。
故に、彼が真実を話してはくれないだろう。弱い立場である彼は、指示に従うだけだ。
「……私が立場を失った後、妻がこの伯爵家の実権を握ったことは、お前も知っているだろう?」
「……ええ」
そう思っていた私に対して、お父様はそう切り出してきた。
意外なことに、何があったかを話してくれるつもりであるらしい。それも、大変珍しいことである。
もしかしたら、それは最後の優しさなのだろうか。これから私達は伯爵家から追放される。その境遇に同情して、口が緩くなっているのかもしれない。
「妻は優秀であるとは言い難かった。浪費癖もあったため、このアルフェンド伯爵家は貧乏な伯爵家となってしまったのだ」
「……そのような人にどうして任せてしまったのですか?」
「私の立場がなかったからだ。一族、いや一族以外からも私がアルフェンド伯爵家の当主として振る舞うことに反感を買っていた。だから、任せるしかなかったのだ」
お母様のことは、私もよく知っている。派手好きで、少々気性が荒し人。それが私が彼女に抱いていた印象だった。
ただ、それは妾の子である私の偏見が入っていると思っていた。悪い印象に引っ張られている部分があると考えていたのだ。
だが、それはそこまで間違った評価ではなかったらしい。私をここに閉じ込めた彼女は、貴族として優秀という訳ではなかったようだ。
「状況が厳しくなるにつれて、妻はお前を排除することを考え始めた。元々、血を重視する貴族としての理念がなければ、妻はお前を追い出していたはずだ。なりふり構っている状況ではなくなった以上、こうなることは目に見えていた」
「そうですか……」
お父様が言っていることは、すぐに理解できた。
当然のことながら、お母様は私のことを快く思っていない。いつかこうなるかもしれないとは、何度か考えていたことだ。
「それで、私はいつ出て行けばいいのでしょうか?」
「妻はすぐにでもと望んでいる」
「それなら、すぐに出て行きます」
この伯爵家にいれば、私は生きていくことはできる。最低限の生活は、保障されていたからだ。
だが、自由のない今の生活は、私にとって苦しいものだった。そこから解放されるなら、この先に辛いことが待ち受けているとしても、我慢することができるような気がする。
「そんなに簡単なことではないぞ? ここから出て行き生きていくことは」
「それなら、お父様が助けてくださるのですか?」
「何?」
「あなたはいつも私のことを心配する振りをする。でも、結局は何もしようとしない。今回もそれは同じなのでしょう?」
「それは……」
私の言葉に対するお父様の返答は、とても弱々しい。彼はいつもそうだ。お母様の顔色を窺いつつも、私に嫌われたくないという気持ちも持っている。そんな中途半端な人なのだ。
全てを捨てて、私を助けてくれる。そんな希望を抱いたこともあったが、それは小さな頃に打ち砕かれた。それをもう悲しいとは思わない。
私は、これから一人で生きていくしかないのだ。私には、それしか道はないのである。
13
あなたにおすすめの小説
幼馴染に裏切られた私は辺境伯に愛された
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のアイシャは、同じく伯爵令息であり幼馴染のグランと婚約した。
しかし、彼はもう一人の幼馴染であるローザが本当に好きだとして婚約破棄をしてしまう。
傷物令嬢となってしまい、パーティなどでも煙たがられる存在になってしまったアイシャ。
しかし、そこに手を差し伸べたのは、辺境伯のチェスター・ドリスだった……。
国王一家は堅実です
satomi
恋愛
オスメーモ王国…そこは国王一家は麗しくいつも輝かんばかりのドレスなどを身につけている。
その実態は、国王一家は国民と共に畑を耕したり、国民(子供)に読み書きを教えたり庶民的な生活をしている。
国王には現在愛する妻と双子の男女の子に恵まれ、幸せに生活している。
外部に行くときは着飾るが、領地に戻れば庶民的で非常に無駄遣いをしない王族である。
国庫は大事に。何故か、厨房担当のワーグが王家の子どもたちからの支持を得ている。
愛しの第一王子殿下
みつまめ つぼみ
恋愛
公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。
そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。
クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。
そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。
そうですか、私より妹の方を選ぶのですか。別に構いませんがその子、どうしようもない程の害悪ですよ?
亜綺羅もも
恋愛
マリア・アンフォールにはソフィア・アンフォールという妹がいた。
ソフィアは身勝手やりたい放題。
周囲の人たちは困り果てていた。
そんなある日、マリアは婚約者であるルーファウス・エルレガーダに呼び出され彼の元に向かうと、なんとソフィアがいた。
そして突然の婚約破棄を言い渡されるマリア。
ルーファウスはソフィアを選びマリアを捨てると言うのだ。
マリアがルーファウスと婚約破棄したと言う噂を聞きつけ、彼女の幼馴染であるロック・ヴァフリンがマリアの元に訪れる。
どうやら昔からずっとマリアのことが好きだったらしく、彼女に全力で求愛するロック。
一方その頃、ソフィアの本性を知ったルーファウス……
後悔し始めるが、時すでに遅し。
二人の転落人生が待っていたのであった。
侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい
花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。
ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。
あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…?
ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの??
そして婚約破棄はどうなるの???
ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。
可愛い妹を母は溺愛して、私のことを嫌っていたはずなのに王太子と婚約が決まった途端、その溺愛が私に向くとは思いませんでした
珠宮さくら
恋愛
ステファニア・サンマルティーニは、伯爵家に生まれたが、実母が妹の方だけをひたすら可愛いと溺愛していた。
それが当たり前となった伯爵家で、ステファニアは必死になって妹と遊ぼうとしたが、母はそのたび、おかしなことを言うばかりだった。
そんなことがいつまで続くのかと思っていたのだが、王太子と婚約した途端、一変するとは思いもしなかった。
【完結】溺愛される意味が分かりません!?
もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢
ルルーシュア=メライーブス
王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。
学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。
趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。
有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。
正直、意味が分からない。
さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか?
☆カダール王国シリーズ 短編☆
【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる