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「二年間、あなたとはお母上の生活は順調だったようです。二人で穏やかに過ごしていたらしく、特に問題はなかったと聞いています」
「二年間……」
「やはり覚えていませんか?」
「はい……」

 母と過ごした二年間、それを私はまったく覚えていない。
 もちろん、その年齢での記憶は残っている方が珍しいはずだ。
 それでも、覚えていたかったと思う。それはきっと、私の人生の中でも最も幸福だった時間だったはずだからだ。

「……ただ、突然アルファンド伯爵家の使者を名乗る人物が現れて、その生活は崩れ去ってしまったそうです」
「アルファンド伯爵家……」
「伯爵家は、あなたを保護するという名目で連れ去りました。そして、あなたのお母上を決して近寄らせなかった。それは恐らく、伯爵夫人の意思だったのでしょう」
「……そうだと思います」

 浮気が発覚して、お父様は力を失ったと聞いている。
 ということは、私を閉じ込めたのも母を伯爵家に近寄らせなかったのも、全てはお母様の指示ということになる。
 恐らく、彼女は母を許せなかったのだろう。それはわかるし、ある程度仕方ないことであるとも思わなくはない。
 だが、それでも私はお母様を許せないと思う。彼女は、私から全てを奪ったのだ。

「その後、あなたのお母上は苦しい生活を送ったそうです。せめて、あなたの近くにいたいとアルファンド伯爵家の領地で暮らそうとしても、伯爵家の影響力によって仕事が見つからず、遠く離れた地で暮らすことを余儀なくされたようです。ただ、彼女は頑張ることができなかったそうです。生きる希望を奪われていたからと、そう言っていました」
「生きる希望……」

 私は、ゆっくりと涙を流していた。
 母からの愛を理解して、その彼女と引き離されて、どうしてそんなことになってしまったのだろうか。
 母がしたことは、お母様にとっては許せないことだったのかもしれない。しかし、私と母を引き離す権利が、どうしてお母様にあるというのだろうか。

「その話を聞いて、僕はここに来たのです。あなたを迎えに来たのです」
「私を迎えに……」
「あなたをこれ以上、ここに置いておきたくはありません。だから、あなたには僕の妻になってもらいたいのです。僕の隣で、新しい人生を歩んで欲しいのです」
「それは……」

 ゼルーグ殿下の言葉は、素直に嬉しい。彼は私と母の境遇に同情して、助け出そうとしてくれているのだ。それが嬉しくない訳はない。
 ただ、少しわからないことがあった。どうして彼は、私にここまでしてくれるのだろうか。
 言ってしまえば、私達は他人である。ここまでして助ける理由なんてないはずだ。
 その理由があるなら、是非とも聞いておきたかった。それを聞かなければ、私は彼の手を取ることができそうにないからだ。
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