家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗

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プロローグ ゲームでの末路

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「あなたには、わからないでしょうね。私の気持ちなんて……」
「エルミナ様……」
「憎い……あなたが憎い!」

 異形の存在と化したエルミナ様は、ゆっくりと私の方へと近寄って来た。
 彼女の体は見るも無残な姿となっている。肥大化したその体は辛うじて人の形を保っているが、獣のように鋭い毛や魚のように固いその鱗は、明らかに人間のものではない。

 そんな彼女の姿に、私は少しだけ同情してしまう。
 エルミナ様がこうなったのは、自業自得である。勝手に私への憎しみを募らせて、自ら勝手に化け物へと姿を変えただけだ。

 しかし、私は先日彼女の過去を知ってしまった。
 その境遇が、彼女をこの姿に変えてしまったのではないか。そんな風に思ってしまうのだ。

「メリーナさん! 下がってください! ここは僕が……」
「いいえ、セリオル様……彼女との決着は、私がつけます」
「メリーナさん……」

 私を庇うようにセリオル様は、立ってくれた。
 それは、とてもありがたいことである。彼の愛が伝わってきて、とても心地いい。

 だが、今は彼に甘えてはいけない場面だ。
 目の前のエルミナ様は、私のことを見ている。彼女の憎しみは、全て私に向けられているのだ。

 その憎しみに、私は正面から立ち向かうことにする。
 逆恨みでしかない憎しみだが、それでも彼女の素直な気持ちから逃げたくない。そんな気持ちが、私の中にはあるのだ。

「エルミナ様、あなたは様々な過ちを犯しました。それは許されることではありません……ですが、あなたがそうなってしまった理由はわかります」
「わかる? あなたなんかに、何がわかるというのかしら?」
「ここまで来る前に、あなたに誰が手を差し伸べていたなら、こんなことにはならなかったのかもしれません。私も、あなたの本心に気づけなかった……その一人です」
「何を言っている!」
「メリーナさん!」

 彼女は、異形の鉤爪を私に向けて振るってくる。
 しかし、私はそこから逃げない。彼女と向き合うためにも、私はそれを受け止めなければならないのだ。

 私は、魔力を集中させて障壁を作る。
 その障壁は、彼女の凶悪な爪を受け止める。

「ぐうっ……こんなもの!」
「あなたは、本当は悲しくて仕方なかったのでしょう? 誰からも愛されず孤独だったあなたは、その孤独を他の誰かにぶつけるしかなかった……それしか知らなかった!」
「わかったような口を……」

 私の言葉に、エルミナ様は反論しようとした。
 だが、彼女はゆっくりとその口を閉ざす。それはどうやら、私の顔を見たからのようだ。

「あ、あなた……どうして……」
「え?」

 そこで、私はあることに気がついた。
 私の目からは、涙が流れているのだ。

 どうして、涙を流しているのか。私は一瞬混乱した。
 しかし、すぐに理解する。私は、エルミナ様に同情しているのだと。

 彼女からは、随分とひどい扱いを受けてきた。
 だがどうしてなのだろう。彼女のことを思うと、可哀想だという感想が出てくるのだ。

「その涙は……私のために、流しているというの?」

 エルミナ様は、家族からも婚約者からも冷たい扱いを受けていた。
 その日々を私は知っている。だから、こんなにも悲しいのだろうか。

「どうして、私のために……」
「エルミナ嬢……あなたは、わかっているはずです。彼女が、優しい人だということを……あなたにどれだけひどいことをされても、彼女はその優しさを失わなかった……あなたの苦しみや悲しみを理解しようとしていたんです」
「黙れ……黙れ!」

 エルミナ様は、叫びをあげながら天を仰いだ。
 その目からは、涙が溢れている。彼女も泣いているのだ。

「私は、お前達のそういう所が大嫌いだった! そうやっていい子ぶるお前達が、私は気に入らなかった……」
「……」
「なのに、なのに……私は!」

 エルミナ様の体には、ひびが入っていた。
 そこから、彼女の体は崩れていく。

「あなたがこんな姿になってしまう前に、止められたら良かったのに……もっと早く、出会っていれば……」

 その様子を見ながら、私は理解した。彼女の体は既に限界なのだと。
 闇の魔法に手を染めた者は、その代償を支払わなければならない。度重なる力の使用によって、彼女の体は限界を迎えていたのだ。

 やっと彼女と分かり合うことができたのに、私には目の前の彼女を助ける力がない。
 崩れ落ちていく体を、ただ眺めているしかないのだ。

「……相変わらず愚かね、あなたは」
「エルミナ様……」
「私が、あなたにどれだけのことをしてきたか……それなのに、そんなことをいうあなたは、見下げ果てた馬鹿よ」

 私に対して、エルミナ様はいつも通りの罵倒をしてきた。
 だが、その口調にはまるで覇気がない。消え入りそうな声でそんなことを言われても、ちっとも怖くはない。

「……私は、あなたのことが大嫌いなのよ。憎くて仕方ないの……だから、あなたが私なんかのためにそんな涙を流す必要なんてないのよ」
「そんなことはありません……」
「これは報いなのよ。わかっていたわ。いつかこうなるということは……結局、私はなんのために……」
「エルミナ様……エルミナ様!」

 私の目の前にで、エルミナ様は霧散していく。
 それに向かって、私は必死に手を伸ばそうとする。

「次に生まれてくる時は……誰か、私を……」

 私の手は、ゆっくりと宙を切る。
 そこにエルミナ様はもういない。私が掴んだのは、彼女の残した灰だけだ。
 私は、ゆっくりとそれを握り締める。どうしてこうなってしまったのか。そんなことを思いながら。

「メリーナさん……」
「セリオル様……」
「あなたのせいではありません。何もかも遅かったのです……あなたと出会った時には既に、彼女の心は壊れてしまっていた」

 セリオル様は、私の体をそっと抱きしめてくれた。
 その温もりが伝わって来て、私は震える。

 彼の言っていることは、私も理解している。
 だが、それでももう少し違う結末があったのではないかと、そう思ってしまうのだ。



◇◇◇



 セリオルルートのエルミナの結末を見ながら、私は微妙な気持ちになっていた。
 正直言って、それはあまりスッキリする結末ではない。読了感としては、どちらかというと悪いといえるだろう。

「まあ、エルミナの結末としては、当然の報いといえるのかもしれないけど……」

 エルミナの末路としては、本人の言っている通り当然の報いかもしれない。
 彼女の悪行は、今まで散々見てきた。共通ルートでの振る舞いもさることながら、セリオルルートの彼女は明らかに一線を越えていた。
 その結果として消え去る。それは、そこまでおかしいものではないのだろう。

「ただ、あんな過去とこんなやり取りを見せられると、この結末はどうなのかなと思ってしまうかな……」

 しかし、ここに至るまでに、私はエルミナの悲しい過去とそれに同情するメリーナを見てきた。
 その過程から考えると、これは少し救いがない。そう思ってしまうのだ。

「しかも、これで終わりなんだよね……」

 さらにいえば、このゲームはこれ以上広がらない。
 私は既に全てのルートを終えている。最後に残ったこのルートがこういう結末である以上、エルミナはとことん救われないということになる。

「まあ、悪役だから仕方ないのかな……」

 ただ、彼女はこのゲームの悪役だ。
 そんな彼女が救われる。それはゲームの趣旨から、少しずれているのかもしれない。

 ともあれ、これでエルミナの問題は終わったということになる。
 後は、メリーナとセリオルがどうなるかを見届けて、このゲームを終えるとしよう。
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