罪の在り処

橘 弥久莉

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第一章:瞳に宿る影

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 「相談者からのようだ。悪いが、私は
これで」

 「お疲れさまです」

 電話を取りながら理事長が足早にこの場を
離れてゆく。その背中を見送ると、僕は徐に
ひび割れた自分の手を見つめた。潤いを失く
し、ところどころ指のシワに沿って走る赤い
線が、痛々しい。その手がまるで自分の心の
ように思えて、僕は乾いたその手を、ぐっ、
と握り締めた。

 不意に、去り際の彼女の顔が目に浮かんで
くる。感情を押し殺したような、暗い眼差し。

 けれどあの瞬間、確かに彼女は救いを求め
ていた。

 「……助けなきゃ」

 僕は擦れた声でひとり呟くと、誓いを立て
るように血の滲む拳を口元に寄せた。


◇◇◇


 黄色い規制線が張られた街の一角を、青い
鑑識服や制服姿の警官が忙しなく動き回って
いる。弥次馬の視界を遮るように道路に停め
られた警察車両の赤色灯が、暮色に染まり始
めた住宅街を不気味に照らしていた。

 ブルーシートで覆われた築古ちくこアパートの二
階、事件現場となったその部屋の玄関を出る
と、先に通路に出ていた津山克利つやまかつとしがこちらを
向く。

 「どうだ、母親から何か訊けそうか?」

 その問い掛けに思いきり顔を顰めると、俺
は、無理ですね、と吐き出すように言った。

 「そうか。まあ、あれだけ錯乱してりゃな。
止むに止まれず殺っちまったんだろうが……
長男を犯罪者にしちまったのが余程ショック
だったんだろうよ。母親は泣きながら『自分
が一人でやった』と言い張ってるが、この事
件は明らかに共同正犯だ。扼殺やくさつされた父親に
は手首を押さえつけられた跡がある。どっち
が首を絞めて、どっちが手首を押さえたのか。
あとは、息子から自白を引き出すしかねぇな」

 言いながら、克さんは白い手袋をしたまま
ペタペタと自分の頭頂部を叩く。やや寂しく
なり始めたそこを叩くのが彼の癖で、どうに
も遣る瀬無い思いを紛らわすときにそうする
のだと、コンビを組んでいる俺は知っていた。

 俺は黒い革張りのメモ帳を懐から取り出す
と、初動捜査で得た情報を告げた。
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