罪の在り処

橘 弥久莉

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第二章:僕たちの罪

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 「川に落ちた女性を男性が飛び込んで救助。
『無我夢中だった』と事故発生時を振り返る
団体職員、卜部吾都うらべあさとさん(二十八)に目黒北
消防署は近く、表彰状を贈るとしている……
って、すっかり有名人ですね。卜部さん」

 点滴を差し替えながら僕の見ているネット
ニュースを覗き込んだ看護婦さんが、うふふ、
と声を漏らす。まさかこんな風に、自分が
ニュースに載る日が来るとは想像もしていな
かった僕は、どう返していいかわからずに、
「しっかり名前にルビ振ってありますね」と、
ややズレた答えを口にした。

 そして、各メディアが打ち出したニュース
をあらかた確認し終えた僕は、彼女の名前と
落ちた理由が伏せられていることに安堵する。

 あのあと、僕たちは護岸にしがみついてい
るところを通行人に発見され、まもなく救助
されたのだ。駆け付けた救助隊員に引き上げ
られた僕たちは、そのまま救急車に乗せられ、
別々の病院に搬送された。

 だから、あれから彼女には会えていない。
 彼女がどうしているのか、それすらわから
ないまま、僕は運び込まれた病院に入院して
いた。

 意図せず寒中水泳をしてしまったからか、
はたまた決して水質が良いとは言えない川の
水を飲んだからか。原因はわからないが、僕
はあれから肺炎を起こしてしまい現在に至る。

 四十度近い熱が数日続き、いつ擦り剝いた
かわからない、腕や顔の傷は化膿。感染症を
抑える抗生物質を点滴しながら一週間を過ご
し、ようやく明日、退院することが決まった
のだった。

 「じゃあ、点滴が終わったらナースコール
を押してくださいね。入浴は九時までだから、
その前に外せると思います」

 「ありがとうございます」

 腕時計を見ながら滴が落ちる速度を調整し
終えると、看護婦さんが病室を出てゆく。

 僕は隣にある空っぽのベッドを見やると、
「やっと退院か」と呟き、本でも読もうかと
電動ベッドの背もたれを起こした。

 その時、看護婦さんが出て行ったばかりの
戸を誰かがノックした。はい、と返事をする
と、そろりそろりと扉が開かれる。

 誰だろうか?と首を傾げ、目隠しに引かれ
た入り口のカーテンを見ていると、花束を手
にした藤治さんが顔を覗かせた。

 「あ!」

 僕は彼女を見た瞬間、思わず声を上げてし
まった。そんな僕の反応に気後れしてしまっ
たのだろうか。彼女はそこで立ち止まったま
ま、固まってしまう。

 「ごめんなさい。入ってもいいですか?」

 消え入りそうな声でそう尋ねる彼女に、僕
は、もちろん、と、何度も大きく頷いた。
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